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アラサー女の異世界転生チート清掃業~誰もが何か隠してる(180話以上完成済)  作者: 明烏
第1章

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遊びに行ける

 さやは激しく首を振って己に立ち戻ろうとするが、圧倒的な感情のうねりに吞みこまれていった。

 やがてさやの心がうねりと完全に一体となった時、さやはその心が促すままに残った核の塊に向かって話しかけた。


「可哀そうに。今まで辛かったよね。苦しかったよね」


 慈しみと悲しみ、そして込められた強烈な浄化の力に満ち溢れた言葉を掛けられた闇は増殖を止める。〝さや〟は闇の傍らに膝をつくと優しく撫でながら更に話しかけた。


「大丈夫。私が力を貸してあげる。さあ、愛する人たちに挨拶したら、行くべき処へお行きなさい」


 その言葉と共に〝さや〟は闇に口づけをした。すると〝さや〟を包む光が闇をも包み込み、闇は一気に金粉と化した。金粉は吹雪のように舞い踊る。

 吹雪が消えた時、そこには幾つもの色とりどりの小さな光の玉が残った。それはヨルンから抜け出たものと、全く同じだった。


 光の玉は教会の壁をすり抜け、行ってしまった。同時にさやを包んでいた光も、さやの心に満ちていたうねりも消え、さやは己に立ち戻った。

 さやは首を振ってみた。自分のものとはとても思えなかった感情は、跡形も無い。


 その時さやは光の玉が一つだけ残っていることに気づいた。他の魂よりも圧倒的に強い輝きを放っている。

 さやの頭に声が響いた。あの人形のものだが、声から恨みは消えていた。


〝ありがとう あなたのおかげでまた闇を祓うことが出来ます 闇を祓い人を救うべき私が多くの者をこの地獄に引きずり込んで…… 自分が情けなかった 早く転生して闇を祓いに行かなければ もう一刻の猶予も無いのだから〟


 それだけ告げると、その光の玉も教会の外へ出て行った。


(あの人型、ヒーラーだったのか)


 さやはアデラが言っていた事を思い出した。


〝ヒーラーが闇に呑まれるとその闇がどれだけ増殖するか〟


 かつては能力の高いヒーラーだったのだろうあの魂が、今回教会の闇が大増殖を起こした原因だったのだ。

 そして恐らく、三年前に教会の闇が増殖して村人を呑んだ事件自体が、この魂のせいだったのだろうとさやは思った。

 ヒーラー協会調査員のシリルに伝えれば、何かわかるだろうか。


 あの魂のこと、何より先程自分の身に起きた事、思う所は山程ある。しかし今はそんな事を考えている余裕は無い。〝掃除〟を仕上げなければ。


 さやは時計を確認すると、頭をゴンゴン殴って〝雑念〟を追い払った。そして急いで所々に残った闇を掃除していく。

 最後に残った目立つ闇を足で踏んづけたモップで擦り落とすようにして祓うと、さやは〝終了時刻〟を確認して微笑んだ。五分残っている。


 教会を出る前に御褒美タイムにしようとさやは思った。

 村での闇祓いの最中、さやは作業中の息抜きとしてイザベラお手製のクッキーをポケットに忍ばせていた。確かまだ残っている筈だ。

 さやはポケットに手を突っ込んで紙包みを取り出すと残っていたクッキーをまとめて口に放り込んだ。




 さやが教会に入った直後。


 村長は駆け出すと、各家の扉や窓を激しく叩いて叫んで回っていた。


「いいか、諦めるんじゃない! 今サヤ様が教会の闇祓いを為さっておられる! 私らはきっと助かるぞ! だから決して自棄を起こさず家でじっとしていろ! 逃げ出そうとしたら兵にやられる!」


 村長は何処の家でも同じ事を繰り返し叫んでいた。完全封鎖を知らせる笛が鳴ったことで村人がパニックや自暴自棄になって自殺したり、村から逃亡を図って兵の攻撃対象になることを防ごうとしているのだろう。


 今の村人達は皆闇に吞まれた身内が発する呪いの言葉に耐えるだけで、とても何かをする気力があるとは思えない。

 たださやの闇祓いの進み具合によっては、一時的にでも呪いが緩む可能性はあった。そんな時に変な勢いが出て村を逃げ出したり、自ら命を断とうとする者が出てもおかしくはないのだ。


 完全封鎖の指示が出された場合、村を囲む兵達は村人が村の外に出ようとした段階で、殺さぬ程度に仕留めるよう命じられている。

 ただ先程女の検査官が笛で兵達に待機を指示していたから、まだ厳戒態勢は取られていないだろう。

 それでも兵だって神経が張りつめている筈だ。取り乱した村人が外に出ようと図れば、どんな惨事が起こるかは分からない。


 イザベラも村長を手伝ってやりたいが、今はヒルダをなだめすかすので精いっぱいだった。


「ヒルダ、大丈夫だよ。あんたも聞いただろう? 今サヤが教会をキレイにしてくれるからね」


 ヒルダはその場に座り込みながら、教会を見て涙を流している。イザベラが話しかけるのを止めたらまた教会へ行ってしまいそうだ。

 今でもジョゼフの声が聞こえているのだろう。

 イザベラに娘のローラが話しかけてくるように。


〝ずるいよお母さん…… どうしてお母さんだけお外にいられるの? ローラちゃんがこんなにつらい思いをしてるのに…… ローラちゃんがつらいんだから、おかあさんもつらい思いをして…… お母さんもここに来てよ。ね、ローラちゃんがいるんだよ? だからお母さんも来るでしょ?〟


 頭に響く声から逃げる為に、イザベラは必死にヒルダに話しかけた。そうしないと教会に駆け込んでしまいそうだから。


 ヒルダがいるから、イザベラは今までも何とか教会の外に踏みとどまっていられた。三年前の惨事で生き残った村人は皆そうだ。

 誰かに、何かに縋りながら、愛していた者が発する呪いの言葉に辛うじて耐えてきた。


 今村人を救おうと走り回る村長も、〝村を救う事〟に縋っているのだろう。

 だって村長の家族は、息子夫婦も孫息子も、皆教会の中なのだ。今も頭に響いているのだろう彼らの声に耐える為に、村を走り回っている。


 そうやってイザベラが必死に娘の声に耐えていると、不意に声が聞こえなくなった。

 慌ててヒルダを見ると、ヒルダも怪訝な顔をしている。だが落ち着いてくれたようだ。


「……信じられん。あそこまで悪化した闇の増殖が止まるなど」


 男の検査官が呟いた。イザベラが教会を見ると、確かにあれ程協会から噴き出していた闇の煙が無くなっていた。そして、僅かだが扉や窓の隙間から金粉が飛散し始めている。


「何てこと…… あの闇に吞まれずに祓えているというの?」


 教会を凝視している女の検査官も愕然としている。


 もう一人、ヒーラー協会の調査員も教会を見ていた。相変らず冷静な表情だが、その様子は教会を見守っているかのようだ。


 やがて、何人かの村人が教会の周りに集まって来た。そして跪いて教会に向かって祈り始める。イザベラも祈った。最後の希望に祈っていた。


 だが、今度は扉から闇が荒波の様に噴き出した。まるで流れ出る金粉に対抗しているかのようだ。

 たまらずイザベラは目を閉じた。そしてうずくまると、必死に祈り続けた。周囲の音も一切耳に入らなくなる程。



 どれだけ経っただろう。

 頭に声が響いた。


〝お母さん〟


 イザベラはビクッと身体を震わせた。身体も心も、次に続くだろう呪いの言葉に身構えた。

 しかし、娘が発した次の言葉にイザベラの震えが止まった。


〝お母さん、怒っているの? 許してくれないの?〟


 恐怖がイザベラを引き止める。信じるな、お前を期待させてから絶望に叩き落とそうとしているだけだと。

 だけど。


(騙されてもいい。期待したい)


 イザベラは目と心を開いた。そうしたら目の前に、ローラがいた。三年前に逃げ惑う村人に押されて手を離してしまった時のままの姿で。

 娘に自分への憎しみは感じられない。ただ泣きべそをかいている。


〝ごめんなさい…… 意地悪言ってごめんなさい…… 仲直りしよ、ね、仲直り…… お母さん〟


 ただ泣きじゃくりながら仲直りを求める娘の姿に。


 イザベラの身体はまた震えた。恐怖ではない。まさか感動で震える日が来るなんて、思いもしなかった。

 やがて、イザベラの目から涙が溢れる。でもイザベラは必死で笑い、娘に応えた。


「……ああ、もちろん良いよ。仲直りしようね」


 するとローラは花が咲いたように笑い、自分に抱きついてきた。身体の感触は無いが、その姿が確かに自分に寄り添っているのが分かった。

 心で見えているのが有難かった。だって、あとからあとから涙が溢れてくる目では、何も見えなかっただろうから。


 ローラは嬉しそうに言った。


〝良かった! これで遊びに行ける!〟

「……遊びに?」

〝うん! あのね、ローラちゃん、ずうっと暗いところにいなきゃならなくて、ちっとも遊べなかったでしょう? だからお外に出て、いっぱい遊びたいの! 行ってもいい?〟


 こみ上げてくる思いをイザベラは吞み込んだ。引き留めてはいけない。娘がやっと()()()()()()のだ。見送ってやらねば。


 イザベラは泣きながらも精一杯の笑顔を作り、娘に言ってやった。


「いいよ。うんと楽しんでおいで」

〝うん! じゃ、行ってきまあす!〟


 イザベラは急いで涙を拭い、思い切り目を見開いた。だから何とか見えた。

 黄色い光の玉が自分から離れ、どこかへ飛んで行くのが。 


 見えなくなるまで見送ってから、やっとイザベラは感情の全てを解き放った。完全封鎖解除の笛の音が鳴り響く中、イザベラはこの三年間一度も出来なかった事を思う存分した。



次は22時頃に投稿します。

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