ためらい
襲い掛かる黒い塊にモップで対抗しながら、さやはちらりと壁を見た。
まだ相当闇は残っているが、それでも外に染み出るのは大分抑えられたようだった。教会の闇を支配しているらしいあの人型も、さやを排除するだけで手いっぱいなのだろう。
ここまでの〝練習〟で、黒い塊を祓うのにどれだけ念を込める必要があるのかもある程度把握した。そして、深い闇を祓えば祓う程自分の闇祓いの威力が急速に増しているのも感じる。
準備は整っている。
(勝負に出よう!)
八方から襲い掛かってきた塊を、さやは渾身の気合を込めて祓った。数体が金粉と化し、塊の動きが止まる。
その隙に時計を見た。あと一時間二十分。ここで決着をつけるしか無い。
〝家臣〟の動きが鈍くなった隙をついてさやはオーガのモップで床に導線を作りながら、一気に壇上にいる人型に近づいていった。
さやが人型に向けてモップを振り上げたその時、
人型が凄まじい咆哮を上げた。
すると家臣の塊全てから黒い玉―― 核の本体が抜けて人型に集まった。すると人型はどんどん膨れ上がり、巨人になる。さやは唖然とした。
(ちょっと、そりゃないだろう! やっと塊を潰すコツを掴んだのに反則だよ!)
思わずぼやきがでるがどうしようもない。とにかくこの状況に対応しなければ。
巨人はさやを圧し潰す気なのか両手を伸ばしてきた。
さやは背中にどっと冷や汗が流れる。それでも心の中でシリルの顔面を踏みつけて恐怖を抑えると、再びニヤリと笑って見せた。
「丁度いい! 一々潰す手間が省けるよ!」
そして雄たけびを上げながら自分を襲わんとする黒い手に、渾身の力を込めてモップを叩きつけた。巨人の手が潰れ、大量の金粉が舞い散る。
「スッキリするよ! ストレス解消にぴったりだ! どうだシリル! 思い知れ!」
こうなればシリルへの怒りで恐怖を入れる隙間をなくそうと、さやはシリルへ罵声を浴びせながら更に伸びてくる腕を何度もモップで叩いた。
叩く度に金粉が舞い散り、腕は再生してまたさやに向かう。さやは諦めずに腕を叩き続けた。
恐怖を跳ねのける最大の力は、強固な使命感だ。自分はここで闇に呑まれるわけにはいかない。何としてもヒルダを救うと決めたではないか!
さやの意気が人型の怨念を凌駕したようだった。徐々に巨人の腕が再生しなくなる。
巨人の腕があらかた潰れたのを見て取ると、さやは次に巨人の足に向かった。左足まで導線を延ばすとその〝脛〟を渾身の気合を込めてモップで打った。
すると片足が金粉と化し、巨人は大きくよろめいた。
ここでさやはガンガン頭をゲンコツで叩いた。図体がでかいだけで大した敵じゃない、と油断しそうになる己の心に活を入れたのだ。
(気を緩めるな! さもないとやられるぞ!)
深呼吸して心を落ち着けると、時計を確認する。残り時間五十分。そろそろ片を付けねばならない。
さやはついに力尽きたか膝をついた巨人にモップを振り上げた。
さやがモップを打ち下ろす度に巨人の身体から金粉が飛び散り、その身体が縮んでいく。やがて巨人はさやと同じぐらいの塊に過ぎなくなった。
ここで時計を確認。残り三十分だ。
(これで最後だ。残ったこの〝汚れ〟を片づけよう)
今一度気合を入れてさやがモップを振り上げた時、声が聞こえてきた。
〝苦しい…… 辛い…… 助けて〟
〝あなた…… 私を置いて行かないで…… そばにいて……〟
〝暗いよ…… 怖いよ…… お母さん助けて……〟
それは、今や闇の中に残った魂の悲鳴だった。残ったこの塊には、闇に吞まれた村人全てが集まっているのだ。
さやはモップを止めた。闇祓いに慣れたさやの感覚が訴えたからだ。
闇に吞まれた魂はほぼ闇と同化している。つまり、ここでさやが何のためらいも無く塊ごと叩けば、恐らく中の魂も砕け散るだろうと。
そこでさやはシリルの言葉を思い出した。
〝あなたの能力なら核を除去することは出来るでしょう〟
(……〝除去〟って、そういうことか)
つまりこの闇を祓うためには核―― 闇に呑まれた村人の魂を破壊せねばならないのだろう。
逡巡したさやにまた声が聞こえた。
〝ヒルダ…… 何故一緒に来てくれなかった…… どうして俺を見捨てた〟
(ジョゼフ……)
さやはモップを下ろした。先程まで漲っていた闘志が、全て消えてしまった。
さやがこの教会に入る決心がついたのは、ヒルダの笑顔を見たかったからだ。ヒルダが心から笑ってくれるなら、自分が命懸けで闇祓いをした甲斐は十分ある。
だが、今この闇を村人ごと―― ジョゼフごと祓った場合、果たしてヒルダは、村人は絶望から救われるのだろうか?
さやがためらっている時、人型の呟きが聞こえた。
〝許さない…… 私はこの地獄でこんな有様に堕ちたのに…… そんなに輝かないで…… 一緒に堕ちてよ……〟
十分恨みの籠った言葉と共に、黒い塊は少しずつだが復活していく。もはや一刻の猶予もならなかった。ここで仕留めねばならないのだ。しかし、どうしても迷いを捨てきれない。
(何とか出来ないのか! 今この闇の中で苦しむ村人は、助けられないのか!)
時間が迫る中、さやが必死に打開の道を求めたその時。
さやの胸がぼうっと光った。
(え……?)
戸惑うさやの胸からヨルンのペンダントが青く光りながら抜け出し、宙に浮かび上がったのだ。光は徐々に広がり、やがてさやの全身を包み込んだ。
その途端、さやの胸底から強い感情が溢れ出した。それは強い悲しみと許し、そしてどこまでも果てしない慈しみの情。
(……何これ。違う、あたしの感情じゃない)
明日も20時と22時頃に1話ずつ更新の予定です。
面白い、続きが読みたいと思って頂けたらブックマーク、評価等頂けると嬉しいです。




