清掃開始
扉を開けた途端大量の黒い靄がさやに向かって押し寄せてきたが、さやは怯まずオーガのモップで床を覆う闇を掃除した。濃く深い闇こそ問題で、靄程度なら無視してもさして害は無いと判断したからだ。
これでも二か月以上この村で闇を祓ってきたのだ。優先して祓うべき闇がどんなものかは心得ている。
実際床を覆う闇は、今まで祓った闇とは比較にならない程濃く深かった。通常のモップ掛けでは祓えないと悟ったさやはモップの房糸の部分を足で踏んづけ、そのまま足で房糸を床面に擦り付けた。清掃作業でよくやる掃除方法だ。
モップを闇に密着させる為でもあるが、こうするとより清掃をしている気分になれるから気合も入れ易い。
さやは房糸を床に擦り付けながら、汚れよ落ちろと強く念を込めた。するとオーガの髪に絡め取られた闇が光の粒を巻き散らしながら消えていく。
靄が充満した教会内部は、どうなっているのか全く判別出来なかった。さやはまず床の闇を祓い、足場を確保してから懐中時計を確認する。七分経過。
教会の中に入ろうとするだけで時間がかかってしまった。馬力をかけねばと自分を叱咤する。さやは内部に入るとドアを閉めた。
侵入者を排除するように床を覆う闇がこちらに押し寄せてくる。
それをモップで祓いながらさやは内部の状況を確かめた。最初は何も見えなかったが、次第に気配で闇がどうなっているのかが分かってくる。
充満した靄はただの目くらまし。靄に隠れるようにして、何よりも祓うべき怨念に凝り固まった闇があちこちにいた。
目も暗闇に慣れてきた。闇に覆われた窓から僅かに差し込む光で教会内部の状況がある程度見える。
床、天井、祭壇に至るまで、どこもかしこも漆黒の闇にべっとり覆われていた。
そして信徒が座る作り付けの椅子には、どれもどす黒い塊が載っている。どうやら百はいそうだ。三年前闇に呑まれた村人、そしてその後命を絶った者の数と一致する。
間違いなくシリルの言っていた〝核〟が潜んでいる本体だ。
祭壇の前に立っている本体があった。他の本体がただの塊だったのに対して、それだけは人の影のような形をしている。
人形からは黒い靄が絶えず湧き出ており、それが教会を更に黒く染めていた。その光景を見たさやの目が鋭く光る。
(あいつが一番ヤバそうだな)
さやが人型の闇を睨みつけると、不意にさやの頭の中で哄笑が鳴り響いた。
〝ヨク来タナ 待ッテイタゾ!〟
その言葉と同時に壁と床の闇がさやにむかって押し寄せた。さやはモップを振り回して応戦する。
闇は絶えず波の様に向かってくるが、さやのモップに触れると金粉と化して霧散した。
闇に立ちはだかるようにさやの周りを光が囲むのを見て、人型が笑った。
〝ソウ簡単ニハ屈セヌカ 面白イ 従エレバ実ニ良キ家臣ニナルダロウテ〟
そう言うと、人形の闇からブワッと闇が噴き出て周りに散った。すると今まで大人しかった塊の闇が騒ぎ立てる。
さやの耳にも塊が発する怨念の声が聞こえた。
〝俺ヲ忘レルノカ〟
〝許サナイ オ前ラダケ幸セニ生キルナンテ〟
〝逃ガサナイ〟
〝お前ラモココデ苦シメ〟
閉じ込められた魂達の呪いの言葉を聞いたさやは、教会の闇が突然増殖している原因を理解した。自分が村の闇をきれいに祓ったからだ。
今まで教会の闇に吞まれた村人達―― 核は、生き残った村人が後悔と絶望にまみれて暮らす事でかろうじて憎悪を抑え込んでいたのだ。
なのに村の闇が祓われたせいで、闇に吞まれた者は生き残った村人に呪いの言葉をぶつける事が出来なくなった。更に村人が希望を抱いたことで均衡が一気に崩れたのだ。
闇に吞まれた村人は、生き残った自分の家族や仲間を同じ目に遭わせようとしている。
「させてたまるか! 村人はお前達には渡さない!」
呪いの言葉に対抗するようにさやが声を荒げた瞬間、人型の闇から再び闇が吹き出し塊の一体に降り注いだ。するとその塊がさやに襲い掛かる。
さやは構えたモップで塊を薙ぎ払った。モップに触れた塊は金粉をまき散らし縮んでいくが、人型が吹き出す闇が触れるとまた元に戻ってしまう。
さやは舌打ちして人形を睨んだ。どうやら教会の闇を祓うには、あれをどうにかするしか無さそうだ。
恐らく塊の核だけなら、さやが村の闇を祓っても暴走まではしなかったのだろう。
塊を〝家臣〟と呼び、さやも従えてやるとうそぶくあの人型の闇が、教会の闇に力を与えているのだ。
今まで祓った闇とはまるで格が違う状況の深刻さを理解したさやを、強い不安が襲った。
自分などに本当にここの闇が祓えるのか。こんな悪霊が跋扈するような闇は初めてだろうに。自分の手に負えないんじゃないか。
そんなネガティブな思いが次々に浮かんでくる。更にアデラの言葉が頭をよぎった。
〝あれ程の闇は、高ランクヒーラー様でもなかなか祓えるものではありません〟
不安が恐怖に変わりそうな時、不意にシリルの言葉が浮かんだ。
〝半べそかいて逃げ出さないことを祈りますよ〟
(分かってるよ、くそったれ!)
心の中でシリルを怒鳴りつけると、怒りで不安が吹き飛ばされた。
やるなら今だとさやはこめかみをガンガン拳で叩いて雑念を排除、頭の中で〝清掃手順〟を組み立てていった。
いきなりあの人形に立ち向かうのは悪手だろう。まずは黒い塊で〝練習〟する。
ある程度肩慣らししたところであの人形への導線を確保、一気に叩く。
問題は祓い方だ。塊をただモップで拭くだけではすぐに元に戻ってしまうだろう。
さやは塊とモップを見比べ、不意にニヤリと笑った。
(〝掃除〟とは言えないけど道具を接触させることには変わりないし、やってみるか。何か思い切り念が込められそうだし。それに一回やってみたかったんだよね、〝あれ〟)
時間配分まで決めるとさやは懐中時計の時刻を確認、掃除にかかった。
さやは先ず自分に向かってきた塊に向かってモップを振り上げると、渾身の力を込めて叩きつけた。もはや掃除とは言えたものじゃないが、気合いと念は十分だ。
するとさやの狙い通り塊は叩き潰され、金粉と化す。潰された塊からはヨルンの魂に似た、しかし真っ黒い小さな玉が転がり落ちた。恐らくあれが核となった村人の魂なのだろう。
露出した核は他の塊に逃げ込んだがさやは気にせず、モップを振り上げては塊を叩き潰しにかかった。隠れる塊が無くなった時に、まとめて核を片付ければいいという判断だ。
さやが更に二体を叩き潰した時、突然人型がゴオーと凄まじい唸り声を上げた。同時に人型から大量の闇が噴出し、黒い塊へ一斉に降り注ぐ。
すると塊が一斉に椅子から降りてさやへ向かってきた。さやは沸き起こった恐怖を抑え込むと、強いて威勢よく叫んだ。
「いいね! 練習にもってこいだよ!」
次は22時頃更新の予定です。




