さや、ごねる
「王族だって、基本的な生活は普通の人と変わらない。好きな事に興じたり、嫌なものは嫌だと言っても全然構わないわ。特にあなたが転生する王女様は国王夫妻が目に入れても痛くない程可愛がるでしょうから、大抵の望みは叶うと思うわよ。それこそ庶民の男と添い遂げたいと願っても、何とかなるでしょうね」
「…………」
「私もあなたがそういう可能性を残したいと望むなら、うまく調整してあげる。それに物心つく頃から少しずつ王族としての振舞いを教えられていくでしょうから、成人するまでにはその生活が当たり前になっているの。あなただって至る所で防犯カメラに囲まれていても、何とも思わないでしょう? 王族の生き方の窮屈さなんて実際に身についた人にとってみれば、街中の防犯カメラと大差無いわ」
さやを説得しようと女は必死に言葉を紡いだが、それは火に油を注いだだけだった。
さやはこう思った。なる程、王女様に転生したら最後、生まれた時から周囲に寄ってたかって〝調教〟される。そして自分は今までそれだけは嫌だと逆らい続けて来た生き方を、不満を持つ事すら出来ずに受け入れるしかないのだなと。
憤りを募らせていくさやに、女は両手を広げて言った。
「他に気がかりがあったとしても、今言ってくれればある程度の調整は可能よ。さあ、あなたは何を不安に思い、何を望むの? 言ってちょうだい!」
断わっておくが、さやは他者に対して無闇に敵意を抱く様な人間では無い。
だがこの時点でさやの女に対する印象は最悪だった。
宿敵がそれこそもろ手を挙げて歓迎するような人生こそ最高の恩恵だと、一ミリたりとも疑わぬ物言い。しかもその後の女の態度を見ていれば、女がさやの転生先について何かを隠しているのは明らかだ。
女の物言いからさやに何をさせたいのかは大体察しが付くが、それにしても上手く誤魔化そうとするのは気に入らない。
とはいえさやも女の申し出を断ろうとまでは思わなかった。その場合にさやの身がどうなるかは、全く分からないからだ。
さやだって王女様よりマシとはいえ、出来ればゾウリムシに転生したくはないのだ。それに実を言えば女が提示したさやの新たな人生も、全てが嫌だというわけでは無かった。
だとしたらここは女と交渉して、少しでもマシな転生先にするべきだとさやは結論した。
ここまでの女の言動を見ていると、女はあくまでさやの同意を求めている。どうやらさやの転生には、さやの同意が不可欠のようだ。
だったら女が望みを言えと勧める通り、出来る限りの要求をぶち込むのだ。
さやはよく考えた上で最初の要求を切り出した。
「そうですね。まず、その異世界を何時、何処であろうと自由に動ける自由が欲しい」
「え……」
女に動揺が走った。どうやら想定外の要求だったようだ。
まあ王女様に転生させるつもりなのだから当然かと思いながら、さやは構わずどんどん要求をぶち込んでいった。
「それから四六時中他人にあたしの世話をされるなんて、真っ平です。そりゃたまに色々やって貰うのはもちろん構わない、というかやって欲しい。でも何時、どれだけやって貰うかはあたしが決めます。OK?」
「…………」
「住む処も自分で決めたいなあ。たまに誰もいない、いい? 誰もいない森の中でテント張るとか、最高じゃないですか。スナフキンに憧れているんですよ、あたしは」
女の顔からどんどん血の気が引いていく。
「あ、そうそう。あたし、一度ホストクラブに行ってみたかったんだ!」
「それじゃもう王女様じゃないじゃない!」
たまりかねたのか、女が叫んだ。
(ここらが限界かな)
さやはそう思ったがおくびにも出さず、しれっと笑って言い返した。
「あら、希望は調整可能と仰ったのはあなたじゃないですか。だからあたしは自分の希望を言っただけですけど?」
「…………」
苦虫を嚙み潰したような顔になった女に、さやは平然とした口調で言った。
「これぐらいで狼狽えないで下さいよ。まだまだあるんだから」
「まだあるの⁉」
悲鳴を上げた女に、さやは心の中で自分に言い聞かせた。ここが勝負どころだと。
そして女に対して、何よりも通したい要求を口にした。
「一番重要な希望です。あたしはせっかくここまで積み上げてきたあたしという人間を手放して別の人間を赤ん坊からやり直すなんて、絶対嫌なんです。成長した後で前世を思い出すというパターンも駄目です。だから、転生するならある程度成長した人間に転生したい。転生した瞬間からあたしという人格を変えず、やりたい事を自由に出来る人間が良いんです」
この要求は絶対に譲れなかった。
自分が嫌い拒絶してきた生き方を、生まれた時から当たり前のものとして受け入れる。それはさやがこれまでの人生で必死に築き上げてきた生き方や価値観全てを、消し去ることを意味するのだ。
それだけは嫌だった。望まぬ人生を選ぶしかないのなら、さやはせめてその人生を嫌う心だけは持ち続けていたかった。それでどれ程辛い想いをする羽目になったとしてもだ。
何も知らぬまま生まれ変わるなら仕方ないが、こうして前もって転生先を提示されるなら、さやは断じて自分自身を捨てたくはなかった。
そこまで注文を付けたさやはもう一つ要望を思いつき、ダメ元で言ってみることにした。
「最後にもう一つ。あたしはこの五年間必死に食らいついて何とかモノにした仕事を、続けたいんです」
「へ⁉」
さやの要求に青ざめていた女の目が点になり、すぐに眦を吊り上げた。
「ちょっと待ってよ! 王女様よ⁉ しかも文化が全く違う世界なのよ⁉ 現代日本と同じ清掃業なんて、絶対無理よ!」
全力で拒否する女に、まあそりゃそうだろうなと思いながらもさやは食い下がった。
「全く同じにしろとはさすがに言いませんよ。でもその世界だって、掃除屋ぐらいあるんじゃないですか?」
「…………」
口を見事にへの字にしたまま無言でいる女を見て、さやは要求のレベルを下げることにした。
「掃除屋そのものでなくてもいいですよ。少しでも清掃に関わるか、それこそ清掃を彷彿とさせるような仕事でもいいです。せめて自分が生業にしようと思った仕事に少しでも関わっていると感じる事が出来るなら、文化が全く違う世界に放り出されても心強いと思うんです。まあそういう訳で王女様の改造、よろしくお願いします!」
さやがニッコリ笑ってそう言うと、女はうつむいた。長い髪が垂れ下がり、どんな顔をしているかは分からない。だが小刻みに震えている身体から十分に察せられる。
そりゃそうだろう。さやの要求を全て満たす為には、王女様を村人Aに改造するしか無い。
「……まさかここまで拗らせた女だったとは」
しばらくして女が呟いた。




