壁の闇
今日はあと2話投稿します。
次の家に向いながら、ベイルは上機嫌で言った。
「どの家も此処と同様のレベルで闇が祓われているのであれば、現状維持どころかもう少し行動制限を緩める事も考えて良いでしょう。シリル殿、どう思われます?」
まさかの行動制限緩和の可能性が出てきたことに、村長の目が輝いた。だがシリルはベイルの楽観的な言葉をにこりともせずに切り捨てる。
「まずは全ての家を点検する事が先だ。いたずらに希望を与えるのは、それが叶わなかった時に却って酷だろう」
「確かに今の段階で断言するのは拙速です」
アデラもシリルの言葉に同意すると、じろりと村長を睨んだ。
「何しろこの村には完全封鎖地域があるのですからね。それを抱えている限り、安易な緩和は断じて許すべきではありません。村長、教会はあの時のままなのですよね?」
「は、はい…… いや、しかし大丈夫です! 中の闇はきちんと抑えられておりますから、問題ありません」
期待から一転、冷や汗を流しながら村長は何とか抗弁したが、アデラは眉一つ動かさない。
「問題無いかどうかはこちらが判断します。さ、点検を続けましょう」
冷然と言うとアデラは他の二人を促し、次の点検に向かった。
村長はさやに駆け寄りまた耳打ちした。
「サヤ様、こうなったら我が家が先祖代々受け継いできた次元収納袋をお譲りします! かなりの大物でも入れてポケットに仕舞って運べる優れものです。どうか検査前の家に先回りして、まずそうな所には手を入れて下さい!」
それだけ言うと、村長はアタフタと検査官達を追って行った。
「……まずい闇って、そういう闇は村長さんに言われて全部祓ったんですけど」
村長の背を見ながらさやはぼやいた。
この二カ月村の闇を祓い続けたことで、さやの闇を感じ取る能力も大分増した。濃く深い闇は、特によく分かる。だから言える。
教会以外、村のまずい闇は全て祓った。見落としは無いはずだ。
とはいえ村長の気持ちも分からないではない。何しろ行動制限が緩和されるかどうかの瀬戸際なのだ。気が気ではないのだろう。
(ま、薄い闇でも祓えば村長さんも安心するか。次元収納袋とやらがあれば作業中の道具の持ち運びにも苦労しなくて済むだろうし ……でもそんないい加減な仕事で先祖代々受け継いできたお宝を貰うのもなあ)
三年前の闇祓いでも手放さなかったのだから、次元収納袋は村長にとって余程大事な物なのだろう。村長がくれるからといって、大した仕事もせずにホイホイ貰うのはちょっと気が引ける。
(……教会の闇を祓えたら、大威張りで貰えるんだけど)
頭に浮かんだ詮無い思いを拳骨でこつんと叩いて追い出すと、さやは掃除道具を取りにヒルダの家に向った。
肉の塊に塩と香草をすり込みながら、ヒルダは口元に笑みを浮かべていた。またこうして手の込んだ料理を作る気力が戻ったことは、素直に嬉しい。
今夜はイザベラを招き、さやを囲んでささやかな食事会をするつもりだった。村の行動制限が最悪でも現状維持にこぎ着けるだろうことを見込んだお祝いだ。
(みんな、あの子のおかげだ)
下ごしらえの済んだ肉を涼しい場所に置きながら、ヒルダは自分に言ってみる。
自分が助けたさやが村を救ったのなら、自分も村の救済に貢献したと思って良いのではないかと。
自分の罪も―― これで帳消しになるのではないか。
その時ヒルダの頭の中で、声が響いた。
〝そんな訳ねえだろ!〟
ビクン、とヒルダは身体を震わせた。心臓が早鐘の様に鳴り響く。
久しぶりに聞くジョゼフの呪いの言葉だった。それが心の奥底に沈んでいた澱みをかきたて、ヒルダを以前の様に責めにかかる。
ヒルダは必死に首を振って澱みを振り払おうとした。
ジョゼフの恨み言が聞こえるはずが無い。家の闇はもう無くなったじゃないか。
今のはきっと気のせいだ。自分はもうジョゼフから解放され、前を向いて生きるのだ。
ヒルダは勇気を振り絞って居間に向かった。自分を常に責め苛んだあの闇が消えているのを確かめ、安心する為に。
だが、居間に入ったヒルダは壁を見て凍り付いた。
あの黒い闇が、べったりこびり付いていた。
次の更新は20時頃です。




