不穏な空気
村長は調査員の下に駆け寄った。そして調査員に対して今度こそ、さやがいかに優れたヒーラーであるかを滔々と捲し立てた。
ベイルが愕然とした顔でさやを見やり、アデラは鋭い目で村長を睨みつけるが村長は無視している。
それでもアデラがこれみよがしに大きな咳ばらいをすると、ようやく村長は検査官達の方を向いた。
「——三年前の闇祓いもやっと手配したのでしょうに、よくそんな資金がありましたね。借金する当てでもあったのですか?」
さやは事情を話そうと立ち上がったが、村長が目で止めるように訴えた。
さやは一応従って黙ったが、村長の態度には驚いていた。どうして検査官と調査員でこうも態度を変えるのだろう。
そして何故さやの事情を村長は話さないのだろうか。
その時村長とアデラの不穏な空気にベイルが割って入った。
「まあまあ、ヒーラー様を確保した事情など、私達には関係無い話ではありませんか。今日はこの村の闇の侵食度合いを検査しに来ただけでしょう。そちらのヒーラー様がシナ村の闇をきちんと祓って下さったのなら、我々はこの村に問題無しとのお墨付きを与えて引き上げる。それで良いじゃないですか」
「良くはありませんよ、ベイル」
ベイルのとりなしにもアデラは引き下がらなかった。
「資金が枯渇している筈のシナ村にそれ程能力の高いヒーラー様を確保出来る術があるというのなら、是非知りたいものです。我がドラド王国の為にも」
そう言うと促す様に村長を見る。だが村長は意固地なまでに態度を変えなかった。
「どうやってこのヒーラー様にお願いしたかなんて、あなた達に話す義務は無いでしょう。この方はヒーラー様で、村の闇を祓って下さった。それは検査して頂ければ分かる事です。そちらの検査官殿の言うように、早く検査を済ませて下さい」
村長のアデラを睨む目には怒りが籠っていた。
さやは驚いた。どんないきさつがあるにせよ、村の生殺与奪を握るはずの検査官にはもう少し愛想良くしたほうが良いのではないか。
その時アデラが何かに気付いた顔をした。そしてさやを見て目を細め、村長に尋ねた。
「ところでこちらのヒーラー様のガーディアン殿は、どちらにおられます? シナ村の闇祓いをどのように行ったのか、概要を聞いてから検査したいのですが?」
すると村長は黙り込んだ。そんな村長を見て、アデラは冷笑する。
「さすがにヒーラー様の事で嘘までついたら、罰する理由になりますからねえ」
一方調査員は先程からさやをじっと見つめていた。アデラはそんな調査員に話しかけた。
「シリル調査員殿、先程シナ村の村長はあなたにこちらのヒーラー様のことを喋り立てていました。あれはまさに〝紹介〟でしたね。しかしヒーラー協会の調査員であれば、協会に登録されている全てのヒーラー様は、把握している筈です」
村長の顔が青ざめる。アデラが目を細めた。
「シリル殿、こちらのヒーラー様は、協会に登録されておられる方ですか?」
シリル調査員は答えた。
「いや、登録されてはいない」
アデラは我が意を得たりというように微笑む。
「——なる程。しかも見たところ、どこかの国に属しておられるなら当然付けられている筈の護衛もいないようだ」
ベイルが驚きの声を上げた。
「何と! では、新たなヒーラー様でいらっしゃいますか! それはめでたい!」
アデラは苦虫を嚙み潰したような村長を顧みずにさやに近づくと、頭を下げて恭しく挨拶した。
「新たなヒーラー様が発見された事は非常に喜ばしい限りです。どれ程の才能をお持ちなのか、是非拝見させて頂きましょう」
態度は慇懃だったが、アデラのさやを見る目はまるで獲物を見つけた肉食獣のようだった。
アデラがさやから離れると、すぐに村長が駆け寄りさやに耳打ちした。
「さぞ混乱なさっていることでしょう。検査が済みましたら事情をお話します。それまではあの検査官達に何と言われようと、絶対に承知しないで下さい!」
さやは何と言って良いか分からなかった。
検査団は検査を開始した。村長も今は緊張の面持ちで検査の様子を伺っている。
三人は村の出入り口に近い家から一軒一軒、内と外を念入りに調べていった。道具が詰まった納屋は道具を全て取り出した上で、ベッドや棚の後ろも見逃さず、かつて調査した闇の状態と付き合わせながら点検していく。村長が言っていた通り、容赦ない調べぶりだ。
三人の検査の様子を見ているうちに、さやは村長が国の検査官にあんな態度を取れた理由が分かった。
検査官は闇の検査はするが、最終確認は必ずシリルが行っている。
つまりシリルの機嫌さえ損ねなければどれだけ国の検査官を怒らせようと、とりあえずは検査結果に影響は無いのだろう。
検査が進むにつれ、ベイル検査官が驚きの声を上げた。
「これはすごい! 此処も、あそこも闇が消えている! 前回の検査結果に比べれば驚異的に改善されているじゃないか!」
この言葉を聞いた途端、村長が大きく息を吐いてその場に膝をついた。ガチガチに緊張していた顔が、今は安堵に緩んでいる。さやが支えなければその場に倒れ込んでいただろう。
無理もない。例え最終決定権が無いとはいえ、検査官が改善していると発言したのだ。行動制限が大きく改善される可能性は高い。
「なる程、確かにあなたは素晴らしいヒーラー様のようだ」
ベイルはさやに対してこぼれんばかりの笑顔を見せると、低く頭を下げて言った。
「我が国の闇をお祓い頂きまことに有難うございます。この上はぜひごゆるりと滞在なさって下さい。当国はあなた様を大歓迎致します」
「……恐縮です」
村長を支えながらさやはそれだけ答えた。
ともあれさやも胸をなでおろした。まだ結果は分からないが、第一関門は突破したのだ。村長の指示で行った自分の闇祓いは成功したらしい。
だとしたら他の家も村長の指示通りに祓っているのだ。見通しは明るかった。
明日は3話投稿します。
18時、20時、22時頃の予定です。




