忘れたい
「とんでもありません! 教会の闇に手を出すなど、絶対に駄目です!」
さやが残りの六日間で教会内部の闇祓いをしたいと申し出ると、当然だが村長は血相を変えて反対した。
反対は覚悟の上だ。さやは村長に食い下がる。
「ヒルダの話では、完全封鎖の闇を祓えるヒーラーもいるそうじゃないですか。ですからやってみるだけでも——」
「無理です! そんな途方もない能力をお持ちなのは、余程の高ランクヒーラー様だけです! 試してみるまでもありません!」
村長は取り付く島もなかった。確かに教会内部の闇は、外から見ただけでも他の家のそれとは段違いにヤバいことぐらいはさやにだって分かる。
しかしさやだって勝算も無しに無茶を言っている訳ではない。
女神は最初さやを大聖女と呼ばれる程の〝偉業〟を為す予定の王女に転生させようとした。この世界の状況から考えれば、恐らく高い闇祓い能力の持主だ。
それをヨルンに変更したのである。ならこの身体が使える能力も、相応の筈だ。
試してみる価値はあると思う。
問題は、今それを村長に告げられないことだった。さすがに女神から使命を仰せつかりましたなんて、どんな影響があるか分からない段階で告白など出来ないし、そもそもいきなりそんな事を聞かされても、村長が信じるとはあまり思えない。
だからさやはその情報を伝えられないなりに、何とか村長を説得しようとした。
「村長さん、あたしはこの二カ月近く村の闇祓いをしてきましたが、今まで祓えなかった闇は一つもありません。村長さんだって驚いていたじゃないですか。能力の程度によって、祓おうとしても祓えない闇があるのが普通なんでしょう? それを闇祓いの能力を自覚したばかりなのにやってのけるのは凄い事だって、仰ってましたよね」
「…………」
「あたし自身、闇祓いをすればする程自分の能力が上がっている感覚は間違いなくあるんです。だから、祓える可能性はあると思うんですよ。村長さん、試してみるだけでもさせて貰えませんか? それで駄目だったら諦めますから……」
すると村長はさやの目を見て真剣な口調で言った。
「いいですか、あそこだけは絶対に手を付けてはいけません。私が、私達があなたに教会の闇の事を黙っていたのは、完全封鎖地域の事情を知らぬあなたが無理に教会の闇祓いをなさろうとするのを避ける為だったんですよ。とにかくあなたが教会の闇祓いをなさろうとする前に私に話して下さって良かった。サヤ様、完全封鎖地域の闇は下手に祓おうとしようものなら却って外に増殖するのだと、以前に村の闇を祓って下さったヒーラー様が言っておられました」
「!!」
あの教会の闇は決して祓ってはならないし、祓おうとしてもならないと。ですからどうか冗談にでも、祓おうなどとは仰らないで下さい」
「…………」
祓おうとするだけで増殖する可能性がある。その情報に言葉を失うさやに、村長は微笑んでこう言った。
「サヤ様、あなたにはどれだけ感謝しても足りません。あなたのお陰で我等シナ村の者は、教会内部にいる奴らが闇を通して四六時中投げつけてきた呪いの言葉から解放されたのです。私だってそうだ。あいつらの恨み言をもう聞かずに済むと思うと、心の底からホッとする。本当に、あなたは我が村の、私の救い主です」
〝あいつら〟と言った時、村長の顔が一瞬だけ泣きそうに歪んだ。しかし、すぐに村長はまた微笑むと静かな、しかし断固たる口調で言葉を続けた。
「サヤ様はもうこれ以上わしらの為に思い煩われる必要は微塵もございません。ですからもう二度と、あの教会のことは仰らないで下さい。やっとあの教会に残された者の事を考えずに済むようになったのです。我々は、あの教会のことは忘れたいんですよ」
さやはそれ以上主張することは出来なかった。
結局、さやは当初の予定通り、各家に残っていた闇を祓うだけに止めた。
今の自分は能力が発現したばかりなのだ。ポテンシャルはあるにしろ、現段階であれだけ濃く深い上に悪霊まで潜んでいるという闇を、間違いなく祓えると断言は出来ない。
下手に手を出せば闇が増殖するとまで言われれば、さすがに闇祓いを強行する気にはなれなかった。
(別に焦る必要は無いじゃないか。教会の闇は、完全に祓える自信がつく程能力が増してから手を付ければ良いだけだ)
そう自分に言い聞かせ、さやは簡単に祓える闇を祓っていった。
村人達が喜ぶ顔を見るのは嬉しい。誰もが家の闇が一つ消える度に、明るい表情になっていく。
イザベラも壁の大きな闇が消えた時は、本当に嬉しそうだった。その裏にヒルダや村長が抱えているような深い闇が隠れているとしても。
さやもこうなれば出来るだけの事はしようと、体力が許す限り闇祓いに没頭した。
その結果オーガのモップの効果もあり、汚染度検査が行われる日までに教会の闇を除く村の闇は大方祓われた。
そして、遂に検査当日になった。
明日は2話投稿します。
20時と22時更新の予定です。
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