安住の地
さやは〝自分の家〟に向った。久しぶりの休みはやはり嬉しい。
一分の時間も惜しんで村の闇を祓うばかりの日々だったのだ。こうしてのんびり歩くだけでも心がゆったりした。
今はもう夏真っ盛りで、外に出ている村人が目につく。
歩いていると、連れ立って走って行く子供達とすれ違った。道端では女達がお喋りしている。さやを見ると皆お辞儀をし、またお喋りを始めた。
さやがこの村に来た時に比べれば、見違えるほど賑やかになったものだと思う。
ヒルダもそうだ。会ったばかりの頃よりも格段に笑顔が増えている。それらが自分の〝清掃作業〟のおかげなら、こんな嬉しいことは無いと思う。その笑顔が本物なら。
「よお!」
誰かが後ろから声をかけた。振り向くと、林で会ったあのケビンだ。ケビンは顔を曇らせたさやを見て苦笑した。
「そんな顔すんなよ。今はもう死にたいなんて、思ってねえから。姉ちゃん—— サヤ様のおかげだよ」
「……それは良かったね」
口ではそう言いながらも、さやはついケビンの様子を確かめてしまう。憑かれたように砂漠へ向かおうとした姿はまだサヤの脳裏に生々しく残っているのだ。
ケビンはあの時ほど絶望してはいないように見えた。それでも疲れたような目は相変わらずだ。
その目で空を見上げながらケビンはこう言った。
「村から一歩も出られなくなって、周りの村や町のお恵みに縋って生きるしかない身の上になるくらいなら、いっそ〝最悪〟になる覚悟でハンターになれるような人間に転生出来る可能性に賭けてみようとも思ったよ。でも何とか今のままで暮らせるなら我慢するよ。俺だって望み通りの奴に生まれ変われる可能性なんか、奇跡が起こるより低いんだってぐらいは分かってるもの。それに生まれ変わった俺が、またハンターになりたいと思うとは限らないしさ」
笑うケビンにさやはやっと安心した。心配事が無くなると、ケビンに言いたい事があったのを思い出す。
「ディック…… お父さんに伝えてくれる? モップ、とても役に立ってるって」
さやのモップを仕立てた魔道具職人はケビンの父親だった。さやが自分の家に闇祓いに来た時にさやがモップで闇祓いする様子を見て、自分ならもっと効果的に闇を祓える道具を作れると申し出てきたのだ。
「私がこれだけは思い出にと売らずに手元に残しておいた、オーガの獣毛を使って仕立てましょう。この村を、私共を救って下さるヒーラー様のお役に立てるよう、精魂込めて最上の品を出来得る限り早く作り上げてみせます」
そう断言したディックは、林で見た時の憔悴しきっていた姿とは打って変わって力強い意気と職人の気概を感じさせた。そしてその言葉度通り、それから僅か四日でモップを仕立てたのだ。しかもそれだけの短期間で仕上げたとは思えぬほどモップは丈夫で使いやすかった。
「父ちゃんは腕利きの魔道具職人なんだよ」
ケビンは得意そうに言うと、遠い目をしてフッと笑った。
「俺は父ちゃんについて修行して、魔獣の素材を扱う魔道具師になるんだ。それならハンターと関わりのある生業って言えるだろう?」
「…………」
「ありがとう、サヤ様のおかげで父ちゃんを泣かせずに済みそうだよ。父ちゃんも汚染度検査が終わったら、改めてお礼に伺いたいって言ってたよ」
そう言って頭を下げるとケビンは去って行った。その背を見ながらさやはため息をついた。
「〝我慢出来る〟か……」
自分に言い聞かせるように将来の展望を話していたケビンに、さやは複雑な気持ちだった。
あの少年は、ハンターになる為に死のうとまでしたのだ。例え現状に絶望し、なおかつ転生出来る事が分かっていたとしても、尋常でない決意であることは間違いない。
しかも下手をすると何やら恐ろしい状況に陥る可能性すらあるのにだ。
さやだって、皆が自分のやりたい事を仕事に出来る訳ではないぐらい分かっている。
まして行動が厳しく制限されているらしいこの世界では、自分のやりたい事と出来る事に折り合いをつけることが可能になったことすら幸運なのかもしれない。
そうだとしても、さやはどうしても納得出来ないのだ。だって人生に折り合いをつけたと語るケビンは、明らかに無理をしていると感じたから。
さやは広場に亡霊のように佇んでいる教会を見た。
一応外側の闇はキレイにしたが、それでも内部には尋常でない量の闇が残っている気配はひしひしと感じる。
(どうしてあの闇を祓っちゃいけないんだろう?)
村の行動制限が厳しいのは、間違いなくこの教会に残る闇のせいだ。あれを祓えば、シナ村は現状維持どころではない行動の自由を得られるだろう。
ケビンだって、より自分の希望に近い仕事に就けるかもしれない。
他の村人だって、ヒルダも村長も、本当に心から笑えるのではないか。
以前に比べれば、村人達が格段に明るくなったのは確かだ。しかしそれでも彼らはケビンと同様に、無理して笑っているような気がする。
祓ってはいけない教会の闇はどんなものなのか。一体村人達は何を抱えているのか。
村人の過去に何の関係も無い自分には、どこまで踏み込んでよいのか分からない。
それでもさやは村人の心にまだ感じる陰りを消してやりたかった。自分の闇祓いでそれが出来るなら。
さやは教会を見やった。これが村人たちを縛り付けているのだ。
思わず怒りを込めて睨みつけた瞬間、さやはぞわっと背筋に寒気が走った。
どういうわけか、強い敵意を感じたような気がしたのだ。
思わず周りを見回すが、自分を見ているような者はいない。
(気のせいだよね、恨まれる覚えなんか無いのに。疲れてるのかな)
さやは首を振って変な感覚を追い払うと、帰途についた。
〝コワイノガキタ〟
〝ココカラオイダサレル〟
〝イヤダ〟〝イヤダ〟〝コワイ〟〝コワイ〟
〝落チ着ケ!〟
強い敵意が向けられたことに激しく怯える〝家臣共〟を主はしかりつけた。
主は苛立っていた。今までここは主が支配する安住の地だったのだ。
家臣は従順で〝領土〟は至極居心地が良い。しかも気晴らしに恰好な生贄も揃っている。
そいつらが家臣の責め苛む言葉に怯え憔悴する様は小気味よかった。だから生贄はすぐに自分の家臣にするのではなく、時間をかけてたっぷり楽しもうと思っていたのだ。
なのにこざかしい輩がやって来て、家臣が生贄に繋がる〝道〟を断ってしまった。そのせいで今は生贄をいたぶる事が出来なくなっている。
〝道〟は小娘がいなくなればいずれ元に戻るだろうが、家臣共があの小癪な小娘に怯え動揺している様を見るのは実に忌々しい。
ここは皆の主として威厳を示さねば。
〝アンナ小娘ナド恐レルコトハナイ 案ズルナ オ前達ニハ私ガツイテイル〟
主の言葉に家臣共は鎮まる。主は続けた。
安心するが良い、あの小娘は自分が成敗する。そうして安住の地を更に広げてやる。
あの小娘も、お前たちを見捨てた憎むべき輩も全て支配してやると。
更に主は家臣を煽り立てた。お前達は憎くはないのか。お前達を見捨てた奴らは、今やお前達の声すら無視してのうのうと暮らしている。
憎いだろう。目にもの見せてやりたいとは思わぬか。
家臣共は安堵し、次々に主の煽りに同調して怒りと憎しみの声を上げた。
〝ソレハイイ〟
〝アイツラニメニモノミセテヤッテクダサイ〟
〝アイツラダケ〟〝ニゲルナンテユルサナイ〟 〝コノアイダマデオレタチノコトバニオビエテイタクセニ〟 〝ココニヒキズリコンデヤル〟
嫉妬と憎しみが安住の地を満たそうとしていた。
今日はあと3話投稿します。次の更新は18時頃です。




