必死の笑顔
良い機会だと思い、さやは村長に自分の考えを説明した。
「村長さんがそこまで勧めるのだから、多分登録するメリットは大きいのだろうとは思います。ただ、やはり協会について何も知らないまま登録するのはかなり不安があるんですよ。あ、今日はヒーラー協会について教えて頂かなくても結構、というか勘弁して欲しいです。あたしも久しぶりの半休なので、もう何も考えずにのんびりしたいですから。だから闇祓いも検査も終わってひと段落したところで、まず村長さんからヒーラー協会について登録するメリットとデメリットなんかを詳しく教えて頂いて、それから協会に出向いてきちんと説明を聞いて、その上でよく考えてから登録するかどうかを決めたいんですよ」
さやは至極当然の事を言ったつもりだった。何しろさやはこの世界の事を何も知らないのだ。そんな世界でどこかの団体に所属するかどうかを決めるのに、まずその団体について時間をかけてでもじっくり調べるのは、真っ当な用心だと思う。
ところがさやがそう言った途端、村長は声を荒げた。
「そんな悠長な事をやってる余裕は無いんですよ! 登録するのを迷っているヒーラー様がこの国にいるなんて知られたら——」
そこまで言いかけて、村長は口をつぐんだ。そして苦渋の表情を浮かべて何やら考えている様子だったが、やがてさやに向かってニッコリ笑った。明らかに作った笑顔だ。
「確かに記憶が無い上に、いきなり身の上が変わるのでは戸惑われるのも無理はございませんな。分かりました。サヤ様もゆっくりお休みになりたいでしょう。今日はもうお帰り下さい。今は闇祓いに集中して頂かなければなりません。では検査が無事終わった段階で、何故登録した方が良いのかを改めてじっくり説明させて頂きます」
(どうあっても登録させたいのか)
さやはげんなりした。理由を教えた上で勧めるならまだしも、明らかに何かを隠した状態で何が何でも登録するべきだとせっつかれても、ハイそうですかなどと言える訳がない。
村長の事は嫌いじゃない。だからといって完全に信頼出来るかと言えば、うなずく事は出来なかった。村長の言葉の節々に、さやには隠している事が色々あるのを感じるのだ。それこそ村の闇祓いに関する事ですら。
ヒルダだってさやに隠し事をしていたし、今でもしているのは分かっている。
ただヒルダはどうしてさやに隠し事をするのをかちゃんと話してくれた。何も知らないさやと過ごしたいという言葉に、嘘は無いと信じられる。
ヒルダがまださやに打ち明けてくれない事があるのも、ヒルダにとって恐らく切実な、已むに已まれぬ思い故の事だとさやは感じている。
しかしたった今村長が何故ヒーラー協会への登録を今すぐにでも決断しなければならないのか、その理由を話そうとして明らかに言いよどんだのは自分―― 村の利益を慮ってのことだろうとさやは感じるのだ。
もしもさやに強く協会への登録を勧めるのがこの村の利益の為なら、得られている情報がまだあまりにも少ない状況でよく分からぬ組織に登録などしたくはなかった。
とはいえ村長も、ヒーラー協会については検査が終わった段階でさやに説明の場を設けると明言した。協会に登録するかの判断については、その説明がある程度は参考になるだろうとはさやも思う。
もっともここまでさやを協会に登録させたがっている人間なのだから、その説明は眉に唾を付けて聞くべきではあるだろうが。
方針を決めたさやはとりあえずヒルダの家に帰ることにした。
実際身も心も連日の闇祓いで疲れ切っているのだ。貴重な休みは家でゆっくり過ごしたい。
明日からまた闇祓いが始まるのだから。
今心の中で何のためらいもなくヒルダの家を〝家〟と呼んだことに気づいたさやは、微笑んだ。この全く未知の世界で、自分にも帰るべき家が出来たのだと実感したから。
ただ〝家に帰る〟前に村長にはもう一つ確かめたいことがあった。それは闇祓いに関する事であるにも関わらず、村長がはっきりと理由を教えてくれない事だ。
さやがその件について尋ねようとすると村長はいつも口を濁すのだが、さやも自分の仕事に関わる事項なので見過ごせないのだ。
だから今日もさやはその問いを口にした。
「ところで村長さん、残った六日間は本当に民家の闇祓いをするだけで良いんですか? あの教会の闇は手付かずですけど」
「…………」
「あそこは村長さんに言われた通り、外の壁をキレイにしただけです。でも、どう見ても内部の闇は、多分かなり濃く深いですよね? 汚染度検査では濃くて深い闇が問題視されるんでしょう? なのにあれを放置して構わないんですか?」
これはどうしても解せない事だった。村長はあれだけ村人の家の闇祓いにはこだわるのに、教会だけは放ったらかしだ。いや、教会について話す事すら避けているようなのだ。
自分に言いたくない事なのだったら客の事情は詮索すべきではない、というのが清掃員だったさやの考えだ。
ただ今回気になるのは間違いなく自分の仕事の範疇だ。だから村の闇祓いに余裕が出来た今、その余裕を教会の闇祓いに回すべきかどうかを今一度確かめようと思ったのだ。
さやが教会の事を口にしても村長は笑顔を、作り笑いを微塵も崩さなかった。そしてさやの目を見てきっぱり言った。
「大丈夫です。あの教会の中にはもう誰も入らないので、祓う必要は無いんですよ。闇は、外に出さなければ全く問題は無いので」
「…………」
さやは何故教会の闇を祓わなくて良いのか、いや祓ってはいけないのかという言葉を飲み込んだ。
村長の笑顔は、それ以上何も聞かないでくれと必死に訴えていたから。
それはヒルダがサヤから何かを隠そうとしているに感じる〝已むに已まれぬ思い〟と全く同じものだったのだ。
それ程の切羽詰まった感情で村長が守ろうとしているものに、詰問という〝土足〟で踏み入るような真似はさやには出来なかった。
まして村長は雇い主だ。ならその意向に従うべきだ。
「……分かりました。では今日はこれで帰ります」
さやは疑問を飲み込んだまま、村長宅を後にした。
明日も4話投稿します。16時、18時、20時、22時頃の予定です。




