協会への登録と見解の違い
さやによるシナ村の闇祓いは順調に進んだ。
不平不満を言う者はいたが、行動制限をこれ以上厳しくさせない為だと村長が言い含めれば、大抵の者は主張を引っ込めた。自分の家だけをきれいに祓っても、村から一歩も出られなければどうしようもないというのは皆分かっていたからだ。
それにさやの闇祓い能力も、闇祓いの経験を重ねることで大分向上していった。闇祓いの効率も上がり、当初の予定よりも早く指定した闇を祓える見込みがついたのだ。
その時点で村長は余った日数で多少の要望には応えると明言し、それも村人の不満を抑えるのに一役買っていた。
おかげで村人に余計な口出しをされることがなくなったさやも、闇祓いをスムーズに進められた。この好循環の結果、検査が行われる日より六日早く問題のある闇は全て祓うことが出来たのだ。
最後の闇祓いは村長の屋敷だった。屋敷の闇祓いが終わった時、村長は目に涙を浮かべて言った。
「——本当に何とお礼を申し上げたら良いか。これで私もゆっくり寝られます」
それまでどの村人に対しても冷静で公平な態度を貫き通し、村人の不満を抑える為に自分の所の闇祓いを最後にした村長が初めて感情を露わにした姿に、さやも闇祓いをして本当に良かったとしみじみ思った。
この世界の人にとって、いつ自分を呑むか分からない闇が傍にあるのはとても不安で怖いことなのだろう。
ふとさやは思った。闇に呑まれると、一体どうなるのだろうかと。
あれだけイザベラが闇に怯え、ヒルダやまだ少年のケビンが無残な死を選んでまで闇に憑かれたこの村から逃れようとしたところを見ると、余程恐ろしい目に遭うのは間違いない。
ただ実際にどんな状態になるのかまではヒルダも村長もまだ教えてくれなかった。さやもはっきり尋ねることが出来ずにいる。
何しろ聞けるような雰囲気ではないのだ、ヒルダも村長も。
さやがその疑問を口に出そうとすると、二人ともさりげなく話題を逸らす。どうやら口にするのも嫌なようだ。
まあ今のところ村の闇祓いにその情報は必要無いので、さやもその疑問は封印するようになった。闇祓いと汚染度検査を無事乗り越えて村長やヒルダの心が落ち着いたら、尋ねる機会もあろうかと思っている。
目を拭った村長はさやに、今日はもう闇祓いをしなくとも良いと告げた。
「本当にご苦労様でした。村人の要望を受け入れた闇祓いは明日からということで、今日はどうかごゆっくりお休み下さい」
さやは思わずガッツポーズをしてしまった。シナ村の闇祓いを始めてから、休みなど全く取れていなかったのだ。半日も休めるのは有難い。
自分の家の闇祓いが済んだ村長の顔は穏やかだった。このところの鬼気迫る雰囲気はすっかり抜け落ちている。目的を果たしたことで、張り詰めていた神経が一気に緩んだのだろう。
至極上機嫌でさやにこう言った。
「私も今度の汚染度検査はどうなることかと生きた心地もしなかったのですが、サヤ様のおかげで少なくとも現状維持は保つことが出来そうです。それをあんな安い礼金でやって頂いて、本当に申し訳ない限りですよ」
「そこは行き倒れていたところを助けて頂いた恩返しの意味も込めてますから。それに——」
サヤは後ろの壁に立てかけてあるモップを見て言った。
「あれも頂きましたしね」
それは村長がさやの闇祓いに少しでも協力し、更に少なすぎる礼金のささやかな足しにしたいとさやに贈ったモップだった。
村長宅にあるモップとは段違いに〝性能〟が良い。何しろ房糸の部分が獰猛な魔獣として名高い、オーガの獣毛で誂えてあるのだ。その毛は太く強靭で、しかもしなやかだ。
更に獣毛が発する魔力がさやの能力を増幅させ、闇祓いの効果を上げるのに一役買っていた。
魔石などの魔獣の素材は、ヒーラーによってはその闇祓い能力を高める効果を発することがあるそうだ。
さやが掃除道具を使って闇祓いをするので村長が村にいた魔道具職人に相談し、その職人が所持していた魔獣の素材を用いてモップに仕立てたのだ。
さやの言葉に村長はとんでもない、と強く首を振った。
「その程度ではとてもサヤ様から受けた御恩には足りません。もっとサヤ様の御為になるような事をさせて下さい。それでなんですが」
村長はさやにずいッと顔を近づけるとこう言った。
「サヤ様はヒーラー協会については全くご存知無い訳で、協会に登録する為の手続きなどはお分かりになりますまい」
「——ええ、まあそうですが」
「大丈夫、全て私にお任せください」
そう言って村長は胸を張った。
「サヤ様にもお話したように、六日後の汚染度検査にはヒーラー協会からも調査員が派遣されます。その調査員殿に今回サヤ様が成した功績を十分報告した上で、あなたの協会への登録を要請しようと思っております。もちろん煩雑な手続きは全て私がやりますから、サヤ様はどうぞのんびり構えてらして下さい」
「…………」
久しぶりの半休に浮き立っていた心が冷めるのをサヤは感じた。
さやは自分の好意をさやが有難く受け取ると信じて疑っていない様子の村長に、きっぱりと言った。
「分かりました。その調査員の方からお話は聞いてみようと思います。協会にはあたしが同意しなければ、登録しなくても良いんですよね?」
「……は?」
村長は目を丸くしてさやを見た。さやはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「ヒーラーは、必ず協会に登録しなければいけないという訳ではないんですよね?」
村長はようやくサヤが何を言っているのか理解したようで、血相を変えて叫んだ。
「いや! 登録した方が良いです、絶対に!」
どうやら何としてもさやを協会に登録させたい様子の村長に、さやはむしろ不快になる。
「何故ですか?」
「は? 何故?」
「何故協会に登録した方が良いんですか? だって協会はヒーラーの自由意思を尊重してくれるんでしょう? だったら、登録しない自由もあるんじゃないですか?」
村長は絶句した。




