シナ村の闇祓い
一軒ごとに書いた計画書を確かめながら、さやは決められた闇だけを祓っていった。
村人は闇が一つ祓われる度に狂喜し、時にはさやに手を合わせてまで感謝した。家族が抱き合って涙を流す者もいた。本当に家の闇が嫌だったのだろう。
もっとも不満を口にする村人もいた。村人の中にはもっと闇を祓ってくれと要求したり、祓うと決めたもの以外の闇を祓って欲しいとねだる者も少なくは無かったのだ。その度に彼らを説得するのは結構骨が折れた。
その日はイザベラの家だった。順番が回ってきたイザベラは嬉しそうにさやが闇を祓うのを見守っていた。しかししばらくしてさやが棚の後ろにある闇を祓おうとすると、そこは祓わなくていいと、口を出してきた。
「見えない場所の闇なんざそのままでいいよ。その代わりこいつを祓ってくれないかね」
そう言って、台所の壁に広がっている闇を指差す。
さやが手を止めて計画通りにせねばならないのだとイザベラに説明しようとすると、同行した村長が押し止めた。
「時間を無駄にしたくはありませんからサヤ様は闇祓いに専念なさって下さい。説明は私がします」
そう言うと、村長は有無を言わさぬ強い口調でイザベラに言い聞かせた。
「イザベラ、私は三年前の闇祓いの時にはヒーラー様に付き添って村の闇祓いがどう行われたかを見届けた。その後の汚染度検査も全て立ち会って、行動制限が決定される際にはその根拠についても説明を受けたよ。だからヒーラー様がご自身の限られた御力で闇の浸食を抑える為に、どういった闇を祓われるのか、そして汚染度検査ではどういう闇が問題になるのか私はよく知っているんだ。それを基に私とサヤ様は祓う闇を決めたんだよ」
村長はもう何度も説明したことをイザベラにも説いた。イザベルは唇をかんで俯いている。
「闇が何処にあるかは関係無い。そして大きな闇と色の濃い闇なら、濃い闇の方が問題視されるんだ。汚染度検査は色の濃い、深い闇がどれだけあるかで行動制限の度合いが決まるんだよ。よく見てごらん。この闇は台所の闇よりも色が濃いだろう? だからこっちを優先して祓わなければならないんだ。汚染度検査の期日は迫ってる。検査に間に合わせるには、より祓う必要がある闇に限って祓うしかないんだよ」
「——でも、こんな場所なら検査官だって見逃しますよ」
それでも反論するイザベラに、村長は厳しい口調で言った。
「汚染度検査を甘く見るんじゃない。来るのは国の検査官だけじゃ無いんだよ。協会だってこの村の汚染度具合を考えたら、きっと生え抜きの人材を寄越すだろう ……あいつらは容赦ない。どれだけ隠そうが、家中をひっくり返してでも闇は必ず見つけ出す。あんたもこれまでの検査で思い知っているだろう? いいか、一生村に閉じ込められたくなければ、私が決めた事に従うんだ」
村長の剣幕にイザベラは口を閉じた。それでも少しして、絞り出すように言った。
「……だって、多分この闇を使ってあの子は話しかけてくるんだよ。こんなに目立つんだ。きっと、そうに違い|ないよ」
村長は今度は優しい口調でイザベラに言い聞かせた。
「イザベラ、それは勘違いだよ。あいつらは目立つ場所の闇を使う訳じゃない。濃く深い闇を利用するそうだ。三年前に闇祓いを為さったヒーラー様が教えて下さったよ。大丈夫、私の決めた場所の闇を祓えば、あんたは〝解放〟されるよ」
村長の言葉に今度こそイザベラは引き下がった。
村長が説得している間もさやは黙々と闇祓いを続けていた。それでも二人の話は嫌でも耳に入って来る。
(〝あの子〟とか、〝あいつら〟とか一体何の事だ? 解放って?)
さやは拳骨で頭を叩いて〝余計な考え〟を追い出した。今は何も考えるな。村長に言われた通り、祓うべき闇を祓う事だけに集中しろ。下手な物思いに気を取られたら、せっかく村長が説明を代わった意味が無いではないか。
さやはイザベラから借りた懐中時計を確認した。予定より三分遅れている。急ごう。今回の仕事は期間内に払える限りの闇を祓うことだった。この村の闇は多過ぎる。祓ってくれと頼まれた闇だけでも悠長にやっていれば、予定期日までには祓えないだろう。文字通り一分でも無駄には出来ないのだ。
さやはどれだけ妙な事や気になる事を見聞きしても、全ては検査が終わってから考えようと己に言い聞かせていた。
出来ればヒルダやイザベラ達村人が何を恐れ、嫌がっているのかを知りたいという思いも後回し。ヒーラー協会に登録するかどうかといった今後の自分の身の振り方を考えるのも、後回しだ。
今は闇祓いという、自分が任された仕事をきちんとこなす事こそ全てに優先させるべきなのだ。
知りたい事、知るべき事については〝容赦ない汚染度検査〟を切り抜けてからゆっくり考えればいい。
棚の奥の方のある闇にモップは届かない。しかし棚をどけようとすれば一分も無駄に出来ない時間を費やすことになる。
さやは用意してあるモップの棒の先に雑巾を巻き付けると棚の奥に差し入れて闇に接触させ、早く祓えるよう思い切り念を込めた。




