ヒーラーの事情
村長の提示した闇祓いの礼金はドーラ金貨二十枚。さやは驚いた。ヒルダから聞いていたこの世界の物価によれば、四ドーラあれば大人一人が一カ月は暮らせる。たった二カ月の闇祓いで五カ月分の生活費に近い礼金が貰えることになるのだ。
安くて良いと言ったのに、金など殆ど無いだろう村からそんな大金を貰ったら恩返しにならないのでは、とさやはかなり気が引けた。だが村長の方ではさやが本当にこの金額で闇祓いを引き受けてくれるのかどうか、まだ疑っているようだった。
「——サヤ様の御言葉に甘えまして、村の者が何とか暮らしていけるだけの余力を残すとなりますと、申し訳無いのですがこれが精一杯の礼金でございます ——本当にこんな僅かな礼金でよろしいでしょうか?」
そこまで言うのでさやも頷くしか無かった。
「あたしはそれで構いません。ではその額と作業内容、期間で契約書を作ってしまいましょう。それなら村長さんも安心するでしょう」
さやがそう言うと、村長もすぐさま紙とペンを取り出して契約書を作った。さやの気が変わらないうちにと思ったのだろう。
さやと村の代表である村長が契約書にサインし、村長が安堵の色をうかべたところでさやは言った。
「正式な契約も済んだことですし、幾つか質問をしたいんですけどいいですか?」
「ええ、どうぞ。私が知る事でしたら何でも…… いや、何としてでも調べ上げてお答えします」
「大した事では無いんです。以前にヒーラーに闇祓いを依頼した村長さんならお分かりかと思って」
せっかくの機会だと思ってさやは質問を並べ立てた。村長ならヒルダには分からない事も知っているだろうと思ったのだ。
「ヒーラーは世界にどのくらいいて、どんな風に働いているのか。ヒーラーの仕事に関係した組織のようなものはあるのか。普通、闇祓いの依頼はどうやって受けるのか、といった事です。あ、それから礼金の実際の相場も教えて下さい」
さやが最後の言葉を口にすると村長はジト目でさやを見つめ、念を押すように言った。
「——あの、もう礼金の額を変えることは出来ませんよ。ちゃんと契約書にもサインしましたからね?」
「勿論です。分かってますとも」
むしろそうする為に、さやは契約書を書いてから村長にこの質問を切り出したのだ。正式な契約を結ぶ前では、村長も礼金の本当の相場を言いたがらないと思ったから。今後ヒーラーとして生きていくに当たり、礼金の正確な相場は大事な情報だ。
さやが村の闇祓いを引き受けてくれたことが余程嬉しかったのだろう、村長はこの世界のヒーラーについて事細かに教えてくれた。
ヒルダも話していたが、ヒーラーには他の者には課されている行動制限は一切無かった。何処へ行こうが、基本的に自由なのだ。
移動ばかりではない。ヒーラーには犯罪以外、全ての自由が許されていた。本来様々な束縛があるだろう旧社会的な世界で、自分がどう行動するか自由に決められる。さやにとっては何より大事な利点だ。
ただ村長の話によると、そうしたほぼ無制限に近い自由は、ヒーラー協会という組織に所属してこそ得られる特権だという事だった。その為現在確認されているヒーラーの殆どが、その協会に所属しているそうだ。
協会に所属するヒーラーは闇祓いの能力によって、最高位のSからFまでにランク付けされている。ただヒーラーのの多くはDランク以下で、Aランク以上になると一国の王にも勝る権威を持つそうだ。
そこまで村長が説明すると、ヒルダが言った。
「それはあたしも知ってるよ。この世界の人間にとっちゃ、常識ばかりだね。でもサヤは忘れちまってるんだね。ひょっとしたら――」
ヒルダはさやを見ながら村長に尋ねた。
「サヤが実は協会に登録していたヒーラー様で、何かの事故で記憶を失っちまってこの村にたどり着いた、なんて事はないんですかね?」
「ハ、ハハ。どうなんだろうね……」
ヒルダの疑問に、さやは内心冷や汗をかきながらごまかし笑いをした。一方村長はそれはあり得ないと断言した。
「協会に登録されたヒーラー様が行方不明になろうものなら、全世界に捜索要請が出される筈だ。サヤ様がこの村に来られてもう一月以上経つが、未だに何の知らせも無いからね。サヤ様が協会に登録されている可能性はまず無いだろうよ。それよりこういう事までお尋ねになるのですから、サヤ様にはヒーラー様についてお教えする事がかなりありそうですな。そうなると時間がどれだけあっても足りなさそうだ。ではとりあえず今日はここまでにして、お願いした村の闇祓いについて話を進めることに致しましょうか」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
村長が話を切り上げようとしたので、さやは慌てて追いすがった。村長からはまだ重要な事を教えて貰っていないのだ。
「村長さん、礼金の実際の相場ってお幾らなんですか? まだ教えて頂いてないですよね?」
すると村長は明かに狼狽した。そしてかなり言い辛そうにしているので、さやはヒルダを見た。だがヒルダは首を振る。
「礼金の相場までは、あたしも分からないな。あたしは闇祓いを頼んだことなんか無いし、三年前の闇祓いの時は村長さんが全部取り仕切っていたからねえ。あ、でもとにかく礼金が高いから、金目の物を全部売ってでも出せる金は出してくれって言われたな」
さやは再び村長を見て言った。
「村長さん、決して礼金に不満は言わないと約束します。大体契約はもう交わしたんだから、変えられっこ無いでしょう。本当の相場を教えて下さい」
村長はため息をついたが、村の闇祓いを依頼したヒーラーに村長が払った礼金の額を告げた。
その額にヒルダは口笛を吹き、さやは苦笑した。自分が貰う礼金とは桁自体が違っていたのだ。
明日も22時頃更新の予定です。
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