約束は守られた
ヒルダは話を続けた。この村も闇が増殖した三年前にヒーラーを頼んで闇を祓って貰ったのだという。しかし。
「村中で出せるだけの金を出しても、引き受けて下さるヒーラー様がなかなか見つからなくてね。たまたま砂漠見物に通りかかったヒーラー様がようやく引き受けて下さったんだけど、ほんの少ししか祓って頂けなかったのさ。それでもあたし達は運が良かったよ。今のご時世じゃ一番ランクの低いヒーラー様だって、それこそ何年も順番待ちらしいからね」
「そんな状況なんだ……」
「あのまま放っておけば、間違いなく今頃村は闇に吞まれてただろうよ。そのヒーラー様のおかげで行動制限も何とかレナ街へ行くことだけは許して貰えたんだ。もっとも毎年検査される度に、行ける回数が減ってるんだけどね」
闇の広がりに対して世界に存在するヒーラーの数はあまりにも少なく、ヒーラーはどこの国でも引っ張りだこなのだとヒルダは言った。どれだけ能力の低いヒーラーでも、捉まえられれば幸運なのだそうだ。
当然闇祓いの礼金は跳ね上がる一方だった。
その話を聞いたさやは、イザベラが自分に闇の事を隠して〝掃除〟を頼もうとした理由が分かった。本来の礼金など、とてもじゃないが支払えないと思ったのだろう。
「この村の闇をすっかり祓うには、高い能力をお持ちのヒーラー様にお願いするしかない。ま、そんな夢みたいな事は願っちゃいないけど、せめて今の生活を続けられるぐらいは闇を祓って貰えたらって思わない村の奴はいないだろうよ。あたしだってこの村に閉じ込められるにしたって、家でこのデカい闇を見て過ごすのだけは勘弁して欲しいと思ってたら—— あんたが祓ってくれた」
ヒルダはさやを見て微笑んだ。
「こいつが半分も消える時が来るなんて、思ってもいなかったよ。ありがとう、サヤ」
ヒルダのこんな嬉しそうな顔を見るのは初めてで。
だからさやは思ったのだ。ヒルダがこんなに喜んでくれるなら、これからも闇祓いを続けたいと。
しかもこの闇祓い、さやにしてみればまさに清掃の一種だと思うのだ。
今回さやはそれと知らずに闇祓いをした。何故なら闇が自分の〝作業〟で消えていく感覚は、前世で自分が清掃をした時のそれと殆ど同じだったからだ。
だから迷いなく思える。闇祓いなら自分の生業にしても良いと。
しかも闇祓いはどうやら高報酬らしいから、この仕事なら間違いなく食うには困らない。
自分が転生してからも続けたいと思っていたものに通ずる仕事に就ける。しかもそうすることで、ヨルンの役割を代わりに果たすという約束も守ることが出来る。
何より穏やかになったヒルダの顔を見てさやは決めた。
自分の〝清掃〟でこれだけ人に喜んで貰えるのだ。やらなくてどうする。
さやは心の中で女神に言った。
(多分これが、あんたがあたしにやらせたかった事なんだろう? 分かったよ。あんたの思惑に乗ってやる。あたしはこの世界で、闇の掃除屋をやってやるよ)
「……それでね、サヤ。出来たら、イザベラの家の闇を少しでも良いから祓って貰えないかい? ただ言いにくいんだけど…… とても相場の礼金は払えそうにないんだよ。だからね、サヤがあたしの家でやるはずだったお試し掃除っていうのの残りをイザベラの家でやって貰うという事で、どうだい? あたしはこの闇がここまで小さくなったんだから、もう満足してるよ。勿論、礼は出来る限りするよ。この掛け時計を売れば幾らかにはなるだろうし、イザベラにも出せるだけの礼金は用立てさせるよ ……まあそれでも足りないだろうけど」
言い辛そうにさやに闇祓いを頼むヒルダに、さやは言った。
「そういう事ならヒルダ、ちょっと村長さんとお話したいんだけど」
「村長さんと?」
怪訝な顔をするヒルダにさやは自分の思惑を話した。
「だってさ、あたしの能力を知ったら、イザベラさん以外にもあたしに〝掃除〟を頼みたいと思う村人は、他にも出てくるよね?」
「…………ああ」
闇祓いではなくあえて〝掃除〟という言葉を使ったさやに、ヒルダは眉を寄せる。さやは話を続けた。
「だとしたら、イザベラさんのとこも含めてこの村の掃除をどう進めるかについては、村長さんと相談して決めた方が良いと思うんだよ。かなり大掛かりな掃除になりそうだからね」
さやの言葉にヒルダは目を見張った。
「サヤ! それじゃ、まさか村全部を……」
「あ、もちろん、礼金は貰うよ。だから余計に村長さんと話したいんだ。村の人達がどのくらいなら払えるのかも確かめないと。まあ、とりあえずその〝汚れ〟をキレイに片づけてからになるけどね」
そう言ってさやは壁に残った闇を指差す。
「……いいのかい、あんたはそれで。この村の闇祓いなんて、それこそ一財産でも稼げるだろうに」
納得しかねる様子のヒルダにサヤは微笑んだ。
「ヒルダは良い人だね」
「え?」
「だって、ヒルダはあたしにこう言えば良いだけなんだよ。あんたの命を助けてやった代わりに、村を助けてくれって。さっきだってあたしはただの清掃作業だと思ってたんだから、そのまま掃除の礼金だけでイザベラさんの家の闇祓いをさせれば良かったのに、それをしないであたしにきちんと事情を教えてくれた上で、イザベラさんの家の闇祓いを頼んでくる。ヒルダはあたしの事も、ちゃんと考えてくれてるんだね。嬉しいよ」
さやがそう言うと、ヒルダは少し不服そうな顔になった。
「何言ってるんだい。あんたにそんな事を言おうものなら、あたしとあんたは損得勘定だけの仲ってことになっちまうだろうが。そんなのは御免だよ。あんたはあたしにとって大事な友人なんだよ。ちゃんと考えるのは、当たり前だろう?」
強い口調で言い切るヒルダに、さやは胸が暖かくなった。誰も知り合いのいないこの世界で、自分の事を大事だと言ってくれる者がいるのは本当に嬉しい。
「——うん。そうだよね。友達だもんね」
そう呟くと、さやはニッコリ笑った。
「それじゃ、その友達が困ってるんだから、村の闇祓いぐらいさせてよ。無料って訳じゃ無いんだし。ね、そういう事で、村長さんと相談したいんだ」
さやの主張にヒルダもやっと笑いながらうなずいた。
「分かった。有難くお受けするよ」
そう答えたところで、ヒルダは何かを思い出したような顔をした。
「そうそう、サヤにもう一つ教えておく事があるんだった」
「何?」
「あんたはこれで、どこへでも行けるよ」
「え?」
「ヒーラー様はどの国も拒まない。だから行動制限が一切無いんだ。良かったね、あんたはこの世界の何処へでも行けて、何でも見る事が出来るよ。そのうちあたしなんかよりずっと、この世界について詳しくなるだろうね」
(!!)
サヤは唸った。女神が約束を守った事を知ったからだ。
〝この子に転生すれば、あなたは望んだ通りの人生が送れるわ〟
さやは苦笑し、心の中で女神に言った。
(確かにあんたは約束を守る女だね)
明日から1日1話、22時頃更新の予定です。
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