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アラサー女の異世界転生チート清掃業(180話以上完成済)  作者: 明烏
第1章

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災難てんこ盛りと見知らぬ女

 さやは心が付いていけなかった。ほんの少し前まで自分は一生この仕事を続けるのだと疑っていなかったのに。

 しかし上司の話が本当なら、自分はこれ以上清掃の仕事を続ける訳にはいかない。清掃員は清潔感が特に大事だから、体臭は重大な欠陥だ。

 実は迷惑をかけていたのに自分は周りの役に立っていると自画自賛している奴になっていたなど、考えるだけで死にたくなる。


「……分かりました。本当に、申し訳ありませんでした」

「うん。長い間、ご苦労様」


 文句を言わずに処分を受け容れたさやに、上司はホッとした顔でクビ確定の者に対するねぎらいの言葉をかけた。

 残った仕事を済ませようとさやが背を向けると、上司は思い出したように言った。


「そうそう。うちを辞める場合だけど、支給した作業着は全部クリーニングに出してから返却してね。家で洗濯するだけじゃ駄目だよ。決まりだから」


(え……)


「全部、ですか」

「未使用のものはクリーニングしなくてもいいよ」


 さやは使用した作業着は毎日洗濯して使っているから、作業着はかなり多めに支給して貰っている。もちろん、全て使用済みだ。


(そうなると、クリーニング代だけで今日の分のお給料は飛んじゃうなあ……)


 クビになった上にタダ働きかと思うとゲッソリ力が抜けるが、どうしようも無い。さやは肩を落として道具洗いという、この現場で最後の仕事に戻った。




 モップを持ってノロノロと洗い場へ向かう自分の背中を観たところで、さやは傍らにいる女に尋ねた。


「で、どうして私はこんな所にいるんです? ここはどこですか? あなたは、誰ですか?」


 欧米系のキツイ顔立ちをした女は、控えめに言っても総毛だつ程美しかった。

 鼻はギリシャ彫刻の様に整い、透けるような白い肌がアーモンドのような紫の瞳と真っ赤な唇を引き立てている。ボディは出る所がしっかり出ており、しかもくるぶしまで伸びている緩くウエーブした髪は、虹の様に光っていた。


 だが着ている服はいただけなかった。真っ白でヒラヒラフリルだらけのロングドレスなど、自分の結婚式でしか着ないような代物だ。


 女はどう見ても二十八歳になるさやと同年代か、下手すりゃ上かなー、という感じで。

 さやが十代なら「きれいなドレスね」ぐらいにしか思わないのだろうが、同年代だと何かこう「ブルータスよ、お前もか」という感想しか出てこない。


「あなた、今失礼な事を考えなかった?」

「いえ、別に」


 動揺を悟られまいとさやは顔を画面に戻した。

 先程女に尋ねはしたが、この場所と女の正体については、さやも何となく想像がついている。


 目が覚めたら宇宙空間のような上下の感覚が無いこの場所にいた時は、前後の記憶を失っていたこともあってさやもかなり混乱した。

 しかし女に自分が生まれた時からの出来事をずっと動画で見せられているうちに、さやは思い出したのだ。


 自分の身に何があったのかを。

 歩道をトボトボ歩いて午後の現場に向かっている時に、車線をはみ出した大型トラックが自分に向かって突っ込んできた事まで。


 女がさやの想像する通りの存在なら、悪く思われるのは避けたかった。そういう奴ならお見通しなのかもしれないが、それでもやれる事はやっておくべきだろう。

 この女の采配一つで、自分は地獄に堕ちる可能性があるのだから。


「……まあいいわ。さっきの質問だけど、あなたももう見当が付いているんじゃないの? ここが何処で、私が誰か」

「…………」


 答えないさやに微笑みかけると、女は指を鳴らした。すると空間に浮かんでいた動画が消える。


「もう観なくていいんですか?」

「まだ観たい? この後あなたが最後の挨拶をしても事務所の人達が無視したとことか、べそかきながら歩いているとことか」


 さやは舌打ちした。この女、自分が何考えているか絶対分かっている。


「あなたの考えている事だけど、一つは多分正解よ。だからあなたの記憶を消したの。大型トラックに潰された瞬間の感覚なんて、思い出したくもないでしょ。あたしは優しいのよ」


(ああ、あたしはやっぱり死んだのか)


 改めて現実を突き付けられてガックリ項垂れるさやに、女は明るい口調で言った。


「まあ、そんなに落ち込まなくてもいいじゃない。どうせやりたい仕事も出来なくなって人生が行き詰っていたんでしょ? 終わって丁度良かったんじゃない」

丁度よかった(・・・・・・)?」


 聞き捨てならない言葉にさやは女を睨んだ。


「——行き詰ってなんかいませんでしたよ。解決すべき課題があっただけです」

「課題?」


 怪訝な顔をする女にさやは淡々と、しかしよどみ無く言った。


「病院に行こうと思ってたんです。体臭治療を扱うクリニックはあるだろうから、探して通うつもりでした」


 そりゃ上司に事実上のクビを言い渡された時は、ショックで何も考えられなかった。しかし少し経って冷静になったさやは、突き付けられた問題を解決しようと思ったのだ。


 もちろん治療するにしても、クリアすべき事は色々ある。

 まず治療費はどのくらいかかるか。更に治療が済むまでは当然清掃の仕事は出来ないだろうから、その間の生活費をどう稼ぐか。

 少し考えただけでも問題は山積みだ。


 それでもトラックに追突される直前まで、さやは何としてもこの障壁を乗り越えて清掃の仕事を続けるのだと決意していたのだ。


 さやの言葉に女は目を細めた。


「——なるほど。諦めるつもりは全く無かったのね」

「当たり前じゃないですか。解決する為に出来る限りの手を尽くして、それでも駄目だったら観念します。だけどあたしはまだ何もしてないんですよ」


(これしきの障壁では挫けるまでもないということね。まあ当然か。走馬灯によれば、呆れる程の不屈の闘志の持主だもの。さすがは選ばれた人材(・・・・・・)だわ)


 女が心の中でそんな事を呟いているなど知るべくも無いさやは、フッと自虐的な笑みを浮かべた。


「——ま、結局何も出来ないままであたしの人生は終わっちゃったんですけどね。あーあ、臭い女のままで死んじゃったんだなあ ……悔しいな、人生もうやり直せないなんて」


 さやが寂しそうにそう呟いた時。

 女がにっこり笑うと言った。


「あら大丈夫よ。あなたはこれからちゃんと人生をやり直せるから安心して」

「へ⁉ それじゃ、あたしは生き返られるんですか⁉ もしかして、今は仮死状態⁉」

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