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アラサー女の異世界転生チート清掃業(180話以上完成済)  作者: 明烏
第1章

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夢の世界――ヒルダside

 サヤを助けて本当に良かった。

 サヤに出会ったおかげで、自分はギリギリ自殺ではない死を得るという無謀な賭けを止める事が出来た。サヤの何としても生きようという姿が、ヒルダの生きる意志まで蘇らせてくれたのだ。


 一緒に暮らすようになって、なお更ヒルダは思う。サヤを助けて良かったと。

 まず気持ちの良い少女だ。その明るく呑気な言動を聞いていると、こちらまで心が照らされる。

 何よりも記憶を失った後遺症なのか、彼女の頭に詰まっているらしい奇妙な考えがたまらなく面白いのだ。


 大地を鉄の馬車が馬もつけずに走り回り、鳥の様に空を飛ぶ乗り物まである。

 人はそれらの乗り物を使い、世界を好きなだけ移動出来るのだという。仕事をするのも旅をするのも、住む場所を変えるのだって全て自由。まさに夢の世界だ。

 ヒルダはサヤにせがんで何度もその話をして貰う。その話を聞いている時だけは忘れられるからだ。


 自分がもうじきこの村から出られなくなる未来を。


 サヤの頭の中にだけ存在する夢の世界を壊したくない為に、ヒルダはサヤにこの世界の〝事情〟を一切話していない。サヤの目にまで絶望が宿ってしまったら、自分は耐えられないと思うからだ。

 サヤの何も知らないが故の呑気で明るい目が、今のヒルダには何物にも替えがたい救いになっていた。


 身勝手な願望だということはさすがにヒルダも分かっている。記憶が無い少女に村を出る直前までこの世界の〝事情〟を一切知らせないなど、酷い話だ。

 本当なら前もって〝事情〟を出来る限り把握し覚悟した上で、村の外に出るべきなのだから。


 それでも思ってしまうのだ。彼女がこの村を出るまでは、彼女の何も知らない無邪気さと呑気さを失いたくないと。


「――わかったよ、仕方ないね」


 サヤは村を出る直前までは事情を教えたくないというヒルダの身勝手な希望を、苦笑一つで受け入れてくれた。サヤだってこの村が真っ黒な絶望に取りつかれていることぐらいはもう分かっているだろうに、この状況に感じているあろう不安や焦りを一切見せない。

 本当に優しく、強い少女だ。


 ヒルダが安堵しつつもサヤに対してすまなく思っていると、サヤがヒルダの目を真っすぐ見つめてキッパリ言った。


「ヒルダ、約束するよ。もしもあたしがこの村を出られたとしたら、ヒルダや村の人達が自由にこの村を出ることが出来るように頑張るって。その為にあたしに出来る事があるなら何でもやる。絶対に」


 ヒルダは目を見張った。まさかこんな、何のためらいも迷いも無い言葉が返ってくるとは思わなかったからだ。

 ヒルダの言葉にも一切陰ることない明るい目で語られた救いの宣言が、ヒルダの暗い心まで照らしていく。

 そしてヒルダの心に〝この状況〟に置かれてから初めて希望が生まれた。思ってしまったのだ。サヤなら、何とかしてくれるのではないかと。


 そんな気分になったのは本当に久しぶりで。

 だからヒルダはサヤに心からのお礼を言った。


「ありがとう。あんたはやっぱりお日様だ」


 自分はサヤがいなくなりこの村に閉じ込められるようになっても、絶対にこの希望を忘れないだろうとヒルダは思った。

 いつかこの太陽の様に明るく力強い意志を持つ少女が助けてくれる。その希望がこれからの自分の救いになるだろうと。


 自分はサヤがいなくなっても夢の世界で暮らせる。ヒルダはそう思った。


「それじゃおやすみサヤ。明日は頑張りな」

「もう? あたしも大分元気になったからもう少し夜更かししたいけど……」

「ダメだよ。まだゆっくり休んだ方がいい。早く寝な」


 今日もヒルダは早めに寝るようサヤに促す。サヤは一瞬何か言いたげにヒルダを見るが、すぐに笑顔で答える。


「うんヒルダ。明日はしっかり査定してね。大目に見るとか絶対にダメだよ。あたしの掃除がちゃんと通用するか確かめたいんだから」

「分かったよ。でもねサヤ、あんたはひと月前には砂漠で遭難しかけていたんだよ。実のところ掃除が出来るってだけでもすごいんだからね。くれぐれも無理は禁物だよ」

「大丈夫だよヒルダ。もう体はすっかり回復したんだから。それじゃおやすみ」


 サヤはそう言いながら心配そうにヒルダを見やったが、やはりそれ以上は何も言わずに寝室へ行った。

 サヤが出て行くとヒルダは呟いた。


「やっぱり気づかれてたか。そりゃ仕方ないよね。ずっと一緒に暮らしてるんだから」


 今のヒルダはかなり元気だ。日中明るく呑気なサヤと過ごしてその元気をもらっているから。

 しかし翌朝にはまた陰鬱さに取り憑かれている。

 さやはそれに気づいてヒルダを案じているのだろう。最近は夜もヒルダの傍にいようとしているが、ヒルダはそれに気づかないふりをしてサヤを早めに寝室へ追い立てる。


 だってこれから起こる事だけは、サヤには絶対に共有させたくないから。


 ヒルダは壁に背を向けると固く目を閉じ、更に両耳を手で塞ぐ。それでも〝声〟は聞こえてくる。


〝ヒルダ〟


 拷問の合図だ。サヤに照らされた心は一気に奈落へ沈む。

 それでもヒルダはサヤが聞かせてくれた〝夢の世界〟を必死で思い浮かべ、奈落から這い上がろうとした。

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