お日様
今日はあと3話を順次投稿します。
しばらくしてさやは喘ぐように、やっとこれだけ言った。
「——どうして? どうしてこの村の人達は、そんな目に遭わなければならないの? 一体この村の人達は、何をしたの?」
ヒルダはフッと笑い、首を振った。
「悪いが、そいつはまだ話せないよ。サヤがこの村を出て行く日が決まったら、教えるよ。あんたもちゃんと足腰が立つようになったから、そろそろ村長さんがレナ町への訪問日にあんたを連れて行く筈だ。そこで調べて貰えば、多分あんたはこの村を出ることは出来るだろう」
「——ここを出ないといけないの?」
出来れば誰一人知人のいないこの世界で唯一人親しくなったヒルダとは、離れたくない。
悲しむさやにヒルダはきっぱり言った。
「出られるなら、出た方がいい。三年この村にい続けたら、あんたもこの村の者だとみなされる。そうしたらあたしらと同じ行動制限が課されるからね。この村を出るならさすがにこの世界がどうなっているのかは分かっておかないといけないから、その時には何もかも話すよ。済まないがそれまで待っておくれ。あたしは―― 何も知らないあんたと過ごしたいんだ」
「——分かったよ。仕方ないね」
さやはそう言ったが、すぐに持っていたパンを置き、真剣な口調でヒルダに言った。
「ヒルダ、約束するよ。もしもあたしがこの村を出られたとしたら、ヒルダや村の人達が自由にこの村を出ることが出来るように頑張るって。その為にあたしに出来る事があるなら何でもやる。絶対に」
ヒルダの為に出来る事を何でもやる。それはさやがこの世界に転生して初めて、前世とは関係なくやりたいと思った事だった。
そしてさやが強い決意を込めて発した言葉に、ヒルダの表情が変わった。その顔から少しだが暗さが消えていく。
ヒルダは呟いた。
「――今の話を聞いて、まだそんな目が出来るのかい。あんたはやっぱりお日様だ」
そして嬉しそうに笑った。
「ありがとうサヤ。あたしは今のお日様みたいなあんたを絶対に忘れないよ。あんたを拾って…… 本当に良かった」
ヒルダは千切ったパンを、今度はスープに浸して食べた。ほんの少しだが美味しく食べようという気になったようだ。
それからヒルダは意を決した面持ちでさやにこう言った。
「サヤ、あんたを助けた時にあたしが何で砂漠にいたのか、分かるかい?」
さやは答えなかったが、その目で自分にも察しはついていることをヒルダに伝える。
ヒルダの言動、普段の鬱屈した態度を見ていると、あんな所にいた理由は大体分かる。ケビンと同じ理由だったのだろう。
ヒルダは口元を吊り上げて笑った。
「ああ、そういう事さ。あの砂漠は人間がいられる所じゃないだろう? 昼は暑いし夜は凍えるぐらい寒いし。もちろん水だって一滴も無い。死のうと思ってさ迷い歩いてるうちに、喉の渇きや寒さで辛くなって、やっぱり死ぬのが嫌になったけどもうどうしようもなくって、それでそのままくたばるのを期待してたのさ。酷い死に方だけど、それなら何とか自殺じゃなくて済むだろう?」
さやは顔をしかめた。嫌でも無残な最期を遂げたヨルンの姿が思い浮かぶ。
「その死に方が自殺よりもマシなの?」
「百万倍はマシさ。実際にそうしようと砂漠に入った村の奴は何人もいるよ。まあ殆どがその辛さに耐えられなくなって自害しちまうようだけど ……何で自殺したかが分かるのかって? 分かるんだよ。嫌でもね。まあそれはともかく」
ヒルダは手を振って話題を変えた。
「あたしはケビンと同じように砂漠へ行ったわけさ。で、ひょっと遠くを見たらあんたが倒れているのが目に入ってね。そのまま何となく見てた。最初は〝お仲間〟かとも思ったし」
「…………」
「そうしたらさ、いきなりあんたが動き出したんだよ。それで歩こうとして、出来なかったら今度は腕を使って進もうとしてさ。驚いたよ。砂漠で遭難しようとした奴があそこまで生きようともがくなんて、思いもしなかったからさ。そして分かったんだ。少なくともあんたは死にたくないんじゃない。生きようとしているって」
砂漠でのさやを語るヒルダの目には、明るさがあった。その時の光景がヒルダを照らしているように。
「あんたのもがく姿は眩しくてね。どうにも目が離せなくなって、気付いたら応援してた。頑張れ、負けるなって。で、遂に力尽きそうだったから、慌てて助けに行ったのさ。その時にはもう出来るかどうかも分からない遭難を目指す気なんか吹き飛んでた。あんたを助ける事しか頭に無かったよ。つまり—— あんたはあたしに生きる力をくれたんだ。その後もだよ。とんでもない目に遭っているのにめげずにしっかり生きていこうとするあんたといる事で、どれだけ救われたか」
ヒルダはパンをスープに浸しながら言った。
「この世界の記憶なんていうロクでも無いものとは無縁で、いつも明るく前向きなあんたを見ていると、心の底からホッとするよ。だからせめてあんたがこの村にいる間は、そのままでいておくれ」
ヒルダがどこまで追い詰められているのか、さやはようやく理解した。
彼女はもう何の希望も持ってはいない。さやだってこの世界の状況を知れば、同じ絶望に吞まれると確信している。
その事実にさやは胸が塞がる思いだった。
ただヒルダの話で嬉しく思う事はあった。それはヨルンの頑張りが報われたのを知れた事だ。
あの時さやはヨルンと約束した事と、ヨルンがあそこまで必死に歩いた記憶に奮起して足掻いた。それがヒルダの心を掴み、自分もヒルダも救われたのだ。
自分はまだヨルンの役目を把握出来ていないが、少なくともヨルンの最後の尽力は引き継げたのだと考えて良いのではないだろうか。
さやは心から思った。自分が果たすべき役割が、どうかヒルダの状況を少しでも救うことに繋がって欲しいと。
だってさやはヒルダがとても好きだったから。ヒルダは鬱屈していても、その負の感情をさやにぶつけるような真似は極力しまいと努めている。
そしてさやの明るさと前向きな考えを愛おしみながらも自分に縛り付けようとせず、広い世界に送り出そうとしている。そういう強さと優しさを持った女なのだ。
さやはにっと笑うと、茶化す様に言った。たった今聞いた話の重さなど無いかのように。
「あたしのお陰で元気になってくれたなら結構。その元気でこの家をもう少し綺麗にしてくれると、更にいいけどね」
ヒルダも笑いながら頭を掻いた。
「やっぱり汚いか。あんたが片付けてくれたから、大分マシになったんだけどね。何とかしなけりゃならないとは思ってるんだけどね」
「まあ仕方ないよ。気が滅入っている時ってどうしても掃除なんかやる気になれないもの」
そう慰めたさやは思った。これは自分の計画を進める、うってつけの機会だと。それに今の暗い話からヒルダを引き離したくもあった。
「ヒルダ、話は変わるけどちょっと相談があるんだ」
「何だい?」
「あたしがこの家の大掃除をしようと思うんだけど、いいかな?」
「おや、有難いね。もちろん良いに決まってるさ」
「良かった。それで、この間あたしが掃除の仕事をしたいって言った話に繋がるんだけど、あたしのやり方で掃除させてもらってもいいかな?」
「やり方? あたしがあんたに教えた掃除のやり方以外でかい?」
「いや、掃除方法はヒルダに教えて貰った方法をむしろ試すつもりだよ。ただ掃除の進め方で、ちょっと考えていることがあるんでやってみたいんだ」
「進め方ねえ……」
ヒルダは首をひねったが、すぐに笑って言った。
「いいよ。どんなやり方でも家をキレイにしてくれるなら大歓迎だよ」




