行動制限
「——あの親子はこの村の者じゃないんだよ。父親―― ディックさんの母親に会いに他の街から来たから、余計にこの村を出たいんだろうね。それにケビンはハンターになりたがっているから」
夕食の時にさやが林であった事を話すと、ヒルダがケビンの事情を教えてくれた。その目は同情と悲しみ、そして虚無に沈んでいる。
「村を出たいなら出ればいいじゃない。ハンターになりたいなら、なれるように頑張ればいいじゃない。ケビンは身体に悪い所は無さそうだったし。それともあたしには分からない病気を抱えているの? ハンターになれない事情でもあるの? それにしたって、あんな子供が死にたいなんて!」
怒りと悲しみのままにそう吐き捨てると、さやははヒルダを見つめて言った。
「ケビンがそこまで思いつめるのは、あたしにはまだ話してくれない村の事情のせい? あたしにはケビンとケビンのお父さんが言っていた事が、何一つ分からないよ」
ヒルダは何も言わない。それが何より明らかな答えだった。
さやは塩だけで味付けしたスープを一口飲むと、下を向いて自嘲気味に言った。
「まあ、素性の知れない奴に大事なことなんか話せないよね」
実際、ヒルダが自分を警戒するのも無理はないとさやは思っていた。そもそも自分だって他に方法は無かったとは言え、本当の素性を隠しているのだ。ヒルダに文句を言う筋合いは無い。
ただそれにしても、ここまで情報を隠されるのはさすがに想定外だった。
ヒルダは嫌でも分かると言ったが、ヒルダの口ぶりだけでも明らかにヤバそうな世界にどう対処していくか、身体が回復した今でも全く策を練れないのは結構しんどい。
そしてもう一つ。
明らかに〝何か〟を抱えているヒルダに対して、事情を知らない自分は殆ど何もしてやれないのも実は辛かった。
この一カ月でかなり好きになっているヒルダに、自分は恩を受けるばかりで何一つ返せていないと思ってしまうから。
するとうつむくさやにヒルダが強い口調で言った。
「そうじゃ無いんだよ。あんたが胡散臭いから何も教えないんじゃない。逆なんだよ。今のまっさらなあんたをこの村の、いや、この世界の〝空気〟で汚したくないんだ」
(汚す?)
不穏な言葉にさやは眉をひそめる。
ヒルダは少し干からびたパンを食いちぎると、スープで流し込んだ。そして少し考える素振りをしていたが、やがて呟いた。
「まあ、そろそろ少しは話さなきゃならないんだろうね」
そしてヒルダはさやに説明してくれた。
「ハンターになるには、ある程度の範囲を行動出来る事が最低条件なんだよ。お金になる獲物は限られた場所にしかいないし、逃げる獲物を追っかけ回さなけりゃならないだろう? それは、あんたも分かるよね?」
「——うん」
「だけどこの世界はね、人によって行動出来る範囲―― 行動制限があるんだよ」
「行動制限?」
「ああ。ほんの僅かしかいないけど、それこそ国中回れる奴もいれば、殆ど自分のいる場所から出られない奴もいる。行動制限は大体住んでる村や街によって決まるんだけど。で——」
ヒルダは暗い笑みを浮かべた。
「このシナ村は、最悪の一歩手前なのさ」
「最悪?」
眉を上げるさやにヒルダはうなずいた。
「——まあ、今のところはまだそこまで酷くはないけどね。門はどこも鍵を掛けられている訳じゃないし、見張りもまだ付けられていない。それに週に一度はレナ街へ日帰りで行ける。ただ——」
そこでヒルダは言いよどんだ。固いパンを手で引きちぎって口の中に放り込むと、またスープで流し込む。
ヒルダは話を中断したままパンとスープを食べ続けた。
さやはヒルダが再び話を始めるのをじっと待った。だが動揺は隠せない。
今までの話だけでも状況は深刻だった。週に一度しか近くの街に、それも日帰りでしか行くことを許されていないのに、最悪ではないのか。
パンを半分程食べたところでヒルダはフン、と気合を入れる様に大きく息を吐くと、話を再開した。
「村の者は皆分かってるんだよ。次に村を〝検査〟されたら、間違いなくその一歩手前の行動制限に追いやられるだろうってね。ケビンが死にたいって思うのも、あたしは無理もないと思うよ。まだあれだけ若いのに、ずっとこの村に閉じ込められるかと思えばね。今死んで別の場所に生まれ変わって、あの子の望むハンターになれる可能性に賭けたんだろうさ」
「生まれ変わって?」
「死んだら別の誰かに生まれ変わる。そんな常識も忘れちまったかい」
「いや、それはまあ分かってはいるけど…… ただ転生があることぐらいしか記憶が無いかな」
さやの世界では本当にあるのか曖昧な転生は、この世界では常識なのはちょっと驚いた。実際女神もヨルンを転生させているのだからまあ、そういうことなのだろう。
「なるほど、転生がどんなものか分かってないなら、何でケビンが砂漠で野垂れ死のうとしたのか分からないのも当然だね。サヤ、人は死ねば新しく別の人間に生まれ変わる。それは分かるね?」
「…………うん」
生まれ変わるのが確定しているから、ケビンもただハンターになりたいという理由だけで死のうとしたという訳なのか。
だとしてもさやにはとてもじゃないが、肯定出来るやり方だとは思えない。
「死んでどんな人間に生まれ変わるかは、誰にも分からない。ただ自殺した場合は殆どの奴が転生出来ずに〝最悪の状況〟になっちまうんだ」
「最悪の状況?」
「ああ」
最悪な状況が何なのかかなり気になるが、どうやらヒルダはそれを教えるつもりは無さそうだ。
それにしてもヒルダの話を聞いたさやは、なお更ケビンの行動が納得出来ない。
「最悪の状況になるならどうしてケビンは自殺しようとしたの? それこそハンターには絶対になれないんでしょう?」
「あたしは大概の奴がって言っただろ? ほんのちょっぴりだけど、例外はあるんだよ。しかも自殺かどうかが曖昧だったりすれば、転生出来る可能性は更に跳ね上がるからね」
「曖昧な場合?」
「死ぬと分かって砂漠に行って、そこで野垂死ぬのはギリギリ遭難だろうってことになれば、転生出来るって寸法さ。ケビンは転生出来た上に、ハンターになれそうな身の上の子に生まれ変われる可能性に賭けたんだろうさ ……あんたの言いたいことは分かるよ。そんなもん砂漠でほんの一粒の金を見つけ出すような奇跡だろうって。でもさ」
ヒルダは笑みを消して言った。
「サヤ、あたし達はもうすぐ、死ななけりゃこの村を出られなくなるんだ。ケビンはそれを早めようとしただけさ」
その場に沈黙が流れた。さやは呆然と、ヒルダは暗い淀んだ目で互いを見つめている。
明日は16時頃から4話投稿の予定です。
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