ペンダントと死に場所
さやは通用口の一つを出ると林の中に入って行った。誰もいない所で落ち着いて、ヨルンの記憶をさらってみようと思ったからだ。
林は静かだった。鳥の声すら聞こえない。春が過ぎようとしている時期だった。なら鳥や動物だって活発に動くものだろうに、気配を感じないのだ。
村同様に森も生気が無いと、さやは思った。
(確かこの林を越えた所に砂漠があるってヒルダは言ってたっけ)
さやがヒルダに砂漠から救出された時は気を失っていたので、実際にその目で見た訳ではない。ヒルダの話では村と砂漠はこの林で隔てられているそうだ。
さやは胸元に手を差し入れて、首に掛けていたペンダントを引っ張り出した。
これはヨルンが最期まで身に着けていたものだ。ヨルンの母である王女が幼い頃のヨルンに渡し、決して失くしてはならない、肌身離さず持っているようにと言いつけた。
その言いつけの通り、ヨルンはペンダントを誰にも見せず、大事に守っていた。
さやは今回このペンダントをじっくり見てみることにした。
鎖は銀か。くすんだ緑色の石が一つ付いているだけの、アクセサリーとも呼べないような地味な代物だ。
少なくともヨルンの記憶では、このペンダントに変った点は無かった。何か力があるようにも感じられない。
ただヨルンがペンダントが何か力を発するのを感じていたかどうかまでは、分からないが。
ヨルンの母はこのペンダントをヨルンに渡して言った。お前の役目は人間の世界にある、行けば分かると。
(分かんないよ!)
ヨルンが自分の生涯で見聞きし感じた心でこの人間世界に対峙すれば、ひょっとしたら分かったのかもしれない。だがヨルンの視覚と聴覚だけの記憶しか持たないさやには、お手上げだった。
それでもヨルンとの約束を違えるつもりは無かった。生前ヨルンがどれだけの目に遭ったのか、さやは嫌という程知っている。彼女は死の間際、人間の世界で果たす筈だった自分の役目を果たせずに儚くなることを嘆いていた。だから彼女の代わりに叶えてやりたい。
その辺、さやは律儀だった。
しばらくペンダントを調べたところでさやは引き上げることにした。今日はこれ以上記憶をおさらいすることもしないつもりだ。
こうなったら気長に探すしかないと思ったのだ。自分はまだこの世界がどうなっているのか全く分からない。それが分かれば、ヨルンの役目も見つかるかもしれないではないか。
さやはペンダントを仕舞い、村に戻ろうとした。
その時、誰かが声を掛けた。
「死ぬのをためらってるならさっさと帰れよ。連れ立って行くのなんかまっぴらだ」
振り向くと少年がいた。歳は十二、三歳か。背は中くらいで、癖のある赤毛に縁どられた顔はそばかすだらけだ。
見覚えのある顔だった。村を歩き回る際に見かけた事がある。
「馬鹿な事言わないでよ。憶えている事が無いか、思い出そうとしてただけだ。静かな場所なら落ち着いて考えられると思って」
とんでもない思い違いにさやが嘘ではないが本当でもない弁解をすると、少年は冷笑を浮かべた。
「本当に? 砂漠へ行こうとしてたんじゃないのか?」
「は? 冗談じゃないよ! 何であんなところへ行かなきゃならないの! あんな酷い思いはもうたくさんだよ」
心底嫌そうに否定するさやに少年は肩をすくめて呟いた。
「ならいいや。邪魔したな」
そう言うと少年はもうさやには興味を無くしたようで、さやの横を通り過ぎるとスタスタと奥の方へ歩いていく。さやは少年の暗い、何かに憑かれたような目にハッとした。先程の言葉が頭をよぎる。
〝連れ立って行くのはまっぴらだ〟
少年が何をするつもりなのか悟ったさやは駆け出した。そして砂漠に向かおうとしている少年に追いすがった。
「ちょっとあんた! 何考えてるんだ⁉」
腕を掴むさやを、少年は苛立たし気に睨む。
「放せよ! せっかくやり直す決心がついたんだ。あんた俺を止めて〝ここ〟にまた居続けさせる責任が取れるのかよ!」
「責任?」
「……ああ、記憶が無いって村長さんが言ってたな。それじゃあ平気で〝転生〟を止められるわけだ」
怪訝な顔をするさやに少年はまた冷笑を浮かべた。
「あんた、サヤっていったけ。俺はこの村で暮らすのにはもううんざりしてるんだ。こうして一か八かの賭けにでるぐらいはな」
「村を出たいのは分かったけど、それでどうして自殺しなけりゃならないんだよ⁉ 普通に村を出ればいいでしょうが!」
「だから記憶の無い奴の寝言に付き合う気は無いんだよ! いいから離せ! 決心が鈍るだろうが!」
「ふざけんな! 自殺させろと言う奴を放っておける訳ないだろう!」
少年とさやが怒鳴りながらもみ合っていると、村の方から男が血相を変えて走って来た。
「ケビン!!」
ケビンと呼ばれた少年は男を見て顔色を変える。
「まさか…… 本当に砂漠に行くつもりなのか」
男の顔は青ざめその顔は恐れと不安で引きつっていた。その顔を見たケビンの身体から力が抜けるのを感じたさやは、ケビンの〝決心〟が挫けたのを悟った。
ケビンの目から暗い情熱は消え、代わりに張り付いたような笑顔になる。ケビンは笑顔のまま男の不安に答えた。
「何言ってるんだよ父ちゃん。あんなとこ行く訳ないだろう! 獲物になりそうなウサギやネズミを探してただけだよ!」
「……だが、もう捕らえる獲物がいなくなったから林には行かないって言ってたじゃないか」
ケビンの顔が一瞬歪むが、すぐにまた笑顔になる。
「気が変わったんだよ。もしかしたらまだ残ってる動物がいるんじゃないかと思ってさ。だって俺はハンターになるんだよ? だったら獲物を捕まえる練習はしないといけないだろ」
「……本当なんだな。本当に、砂漠には行かないんだな」
泣きそうな顔で、縋るように問う父親に、少年はやはり笑顔で答えた。その拳はどちらも固く握りしめられ、腕は震えている。
「行く訳無いだろ。ほら、馬鹿な事言ってないで帰ろうよ、父ちゃん」
「……頼むから俺をこんな所に置いていかないでくれ。お前にまで話しかけられるようになったら、俺はもう……」
「だから違うって言ってるだろ!」
何度も父親の望む言葉を繰り返すと、ケビンは震える父親の肩を抱いて今度は村の方へ戻って行った。




