話し相手
侍女達はさやに早く闇祓いをして貰いたいのだろう、熱心に掃除をしまくっていた。
ただ掃除に熱中するあまり、ヴァランティーヌとさやにお茶も出さないのは流石にさやも呆れた。この様子だと、彼女らはろくにヴァランティーヌの世話もしていないのだろう。
「ごめんなさいね。私は謹慎処分を受けているので、あの者達も最低限の世話しかしないよう申し付けられているの」
ヴァランティーヌは侍女達の非礼を庇ったが、さやには侍女達がその命令をもっけの幸いとしてヴァランティーヌに近づかない口実にしているようにしか思えなかった。
仕方がないので水でも飲むかと考えていると、ヴァランティーヌが勉強部屋に置いてある水差しを取り上げようとしたのでさやは慌てて止めた。
「どうかお構いなく! 侯爵令嬢殿にそんな真似をさせる訳には……」
自分が水を入れると言い立てるさやに、ヴァランティーヌは笑いながら首を振った。
「これぐらいはさせてちょうだい。客人をおもてなしするのは、女主人の役目ですもの」
そう言われてさやも仕方なく勉強部屋にあったもう一つの椅子に座り、ヴァランティーヌに差し出されたコップを受け取った。コップはこの世界では高価なガラス製だが、中身はただの水だ。
ここまでにさやが目の当たりにしたヴァランティーヌの生活は、どう考えても王太子の側妃に対する扱いでは無かった。そしてヴァランティーヌが普段過ごしているというこの部屋は、どっぷり浸かるように闇に覆われている。
そんな惨めな境遇にいて、しかも自分が徹頭徹尾苦手な泥沼恋愛関係の最底辺にいる女性にどう声を掛けるべきかなんて、さやには皆目見当がつかなかった。
何を言っても地雷になりそうな気がする。
とにかく身分の高い者から低い者に声を掛けるのがこの国の貴族社会のセオリーだそうだから、話しかけられたことに受け答えするだけに終始しようとさやは決めていた。
あとはヴァランティーヌがさやに恋愛相談を持ち掛けてこないのを祈るばかりだ。
「あなたの闇祓いはとても綺麗なのね。聖女様は風のように闇を飛ばされておしまいになるけど」
いきなりこれだけは言うまいとしていた地雷単語を令嬢の方から言われたさやは、思わず水を吹きそうになった。
「あんな綺麗な光が舞う闇祓いは初めて見たわ。あなたの様な闇祓いをなさるヒーラー殿は、他にもいらっしゃるのかしら?」
「——私には分かりかねます。何しろ私自身、他のヒーラーと会った事はほとんどありませんので」
さやは何とかむせるのを抑え込み、ヴァランティーヌの問いに答えた。自分の能力が浄化能力であるといった情報は伏せた上でだ。
何故ならシリルからヒーラーに関する情報は一般の者にはなるべく教えないで欲しいと、特にヒーラーには浄化能力者と闇操作能力者がいて、浄化能力者の数は非常に少ない事は決して話さないようにと言い含められているからだ。
〝協会に関わりの無い者は普通、ヒーラー殿についてそこまで詳しくは知りません。協会がヒーラーに関する情報を極力出さないようにしているからです。そうでなくともヒーラー不足が深刻な問題になっている現在、闇祓いには操作と浄化があり、しかも浄化能力者が少ない事が世間で大っぴらに知られれば、浄化能力者をめぐって争いが起こるのは必定です。ですから絶対に言わないで下さい〟
契約魔法で縛るほどの秘匿情報ではないそうだが、奪い合いの対象になるのはドラド王国だけでもうたくさんだった。
だからさやは知らないという言葉で極力押し通す事にした。
「そうなの? ヒーラー殿は、あまり他のヒーラー殿とは関わらないものなの?」
「——申し訳ありませんが、それも私には分からない事なのです。何故なら——」
さやはヴァランティーヌをひたと見据えて言った。
「私は、この世界に関する記憶のほとんどを失っているからです」
ヴァランティーヌが目を見張った。
よし、興味を持ったね、それじゃこっちの話題へGO!とばかりにさやは自分の〝設定〟を話すことにした。この話題なら、シリルが止めているヒーラーの情報とは関わりが無い。その上令嬢から恋愛相談を受けずに済むならまさに一石二鳥だった。
「三か月前、私はある村で助けられました。その際、私はそれまで私が持っていたであろうこの世界の記憶のほとんどを、私自身に関する物も含めて失くしていたのです」
「…………」
「私に闇祓いの能力が発現して私がヒーラーだと分かったのは、助けられてしばらく経ってからのことです。その後様々ないざこざはありましたが何とかヒーラー協会への登録が叶い、私は今のガーディアンと契約を交わしました。以来私はこの世界の事もヒーラーの仕事も、そのガーディアンや仲間の助けを借りながら学び憶えているところです。ですから申し訳ありませんが私がご令嬢にお教え出来る事など、ほとんど何も無いのです。むしろ私よりもご令嬢の方が、世界やヒーラーの事をお分かりかもしれませんね」
話しながらさやは(要は得体の知れない奴だって言ってるようなもんだよな)と思った。
もっともさやにそういう事情があると知った上で依頼人は自分にヴァランティーヌの話し相手を任せたのだ。それにどうせ彼女とは今後関わることも無いだろうからまあいいか、とぶん投げる。
さやはとにかく今は道化に徹しようと方針を固めた。それならヴァランティーヌも笑いで気が晴れるだろう。
さやが自分は如何に物を知らないか、どんなとんでもない勘違いや変な記憶を持っているかを面白おかしく話そうとした時、ヴァランティーヌはこう言った。
「つまりあなたは、己が持っていた全てを失くしたのだけれども、望まれたから此処にいるという訳なのですね ——いいですね。誰かの役に立てるというのは」
寂しそうな眼差しでそう呟くヴァランティーヌは、まるでそのまま消えてしまいそうな程儚げだった。
そんな彼女を見てさやは思った。これが彼女の闇なのかもしれないと。
要らない者、邪魔な者として王室から排除された悲しみと鬱屈が、今彼女を取り囲んでいる闇を生み出してしまったのではないか。
さやがそう考えていた時、勉強部屋のドアが少しだけ開いた。そして侍女が顔半分を出して応接室の掃除が済んだ事を告げたが、ヴァランティーヌがうなずくとすぐに顔を引っ込めてしまった。
どうでもこの部屋には入りたくないらしい。
ヴァランティーヌはそんな侍女の態度など毛ほども気にしていない様子で、微笑みながらさやに言った。
「ではサヤ殿、応接室の闇祓いを頼みます。でもあなたのお話しはとても興味深いわ。後でぜひ続きを聞かせてちょうだい」
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