厄介な闇
例の王室発表において、ヴァランティーヌは公衆の面前でその〝罪〟を糾弾された。
それは王太子と聖女の婚約を正当化する為に行ったセレモニーなのだろうが、もう一つ、ヴァランティーヌを謹慎処分にするのはその罪の為だと王都の民に思わせる目的もあったのだろうとシリルは指摘した。
彼女を閉じ込める本当の理由が、闇の浸蝕を抑え込む為の行動制限であることを隠す為だと。
〝令嬢の処分が行動制限だとしてもそれは聖女殿の報告によるものではなく、王家が独断で行った処置です。もちろん協会支部による正式な汚染度検査も受けていません。王家は聖女殿が侯爵令嬢への嫌がらせで闇を放置しているのだろうと素人判断し、しかしこのまま放置しておくのはまずいと思い令嬢をとりあええず閉じ込めたのでしょう。ですから聖女殿の報告と依頼人から提供された情報だけでは、令嬢を閉じ込めねばならない程の闇であるかどうかは判断出来ません。サヤさんが実際に行って確かめてから決める必要があります〟
王都アリアでは三か月後に協会支部主導による大掛かりな汚染度検査が行われる。もちろん王宮も検査の対象だ。
王宮としてはその検査の前に出来るだけ〝懸念材料〟を払拭しておきたい為に今回侯爵令嬢居住区の闇祓いをさやに依頼したのだろう、とシリルは言った。
〝現在アリアには聖女殿がいるからと、他のヒーラー殿はまず訪れません。それでも万が一ヒーラー殿が訪れる可能性に賭けて、今回のような形で依頼したようです。仮にヒーラー殿が闇祓いをしようとしても、この依頼以外は受けられないような状況に仕立てたのでしょう。そこへ私達がやって来た。彼らにはうってつけだった訳です。何しろサヤさんにはまだ数少ないながらも、核を解放した実績がありますから〟
協会支部にあの依頼しか無かった理由がこれで分かった。ただ、さやにはシリルが今回は慎重に闇祓いをするようにと指示する理由が解せない。
〝どうして今までのように完全に闇を祓っちゃいけないの? 侯爵令嬢が核になりかかっているんだったら、あたしの能力で解放すれば良いだけの話だと思うけど。今までとは何が違うの? むしろ核を解放出来るんだから核になりかかっているだけの人ぐらい……〟
さやの疑問にシリルは顔をしかめて首を振った。
〝実のところ核になりかかっている者がいる闇は、核そのものがいる闇よりも祓うのが厄介なんです〟
〝どうして?〟
〝完全な核であれば、あなたがその能力で解放すればそれで終わりです。核は魂として転生に向かえば良いのだから。しかし核になりかかっている場合、その人自身の経験による記憶や人格は当然強く残ったままなのです。そういう者を解放するには、その人に対する深い理解と共感が必要不可欠です。令嬢に会うのが初めてのあなたには、恐らく不可能かと〟
〝…………〟
〝サヤさん、人が核になるには相応の原因があるのはお分かりでしょう。その場合その人が発した闇を祓っても、闇を発した原因が消えない限りはまた闇は生じます。いや、むしろ闇が無くなった反動で、一気に闇が増殖する可能性が高いのです。だから核になりかかった者を落ち着かせるため、核の場合と同様にその者の周りにある程度の闇を残さざるを得ないのです。その者が人生を全うするまで〟
そこまで説明すると、シリルはさやにヴァランティーヌが核になりかかっているかどうかを判断する基準、核になりかかっていた場合は居住区の闇をどこまで祓うか等、細かいところまで指示した。
ただ、シリルは指示の最後にこう言った。
〝今お話しした事が、通常の闇祓いで守るべき基準です。ただ、サヤさんの場合はこの基準以外の判断力をお持ちかもしれません〟
〝別の判断力?〟
〝ええ。あなたは、とにかく闇の気配に敏感な方ですから〟
シリルはその判断力がどういう感覚であるかを話すと、真剣な口調で言った。
〝人一人が一生閉じ込められるかどうかの瀬戸際です。あなたが持てる全ての能力を総動員して闇祓いにあたって下さい〟
それらの指示をもう一度頭の中で確かめると、さやは侍女に居住区の全容を改めて確認した。
ヴァランティーヌ・ダンマルタン公爵令嬢が暮らすこの居住区は現在さやがいる応接間の他に居間、食堂、寝室、勉強室に衣裳部屋、洗面所と侍女の控室から成る。
決して狭くはないが、将来の王太子妃として宮殿まで与えられていると聞くパトリシアと比較すれば、かなり質素だと思わざるを得ない。
しかも謹慎処分と側妃への降格が決まる前からこちらに移されたのだ。王太子の婚約者としての扱いは、お世辞にも良いとは言えないだろう。
「ダンマルタン侯爵令嬢はどちらにいらっしゃいますか? まずご挨拶に伺いたいのですが」
ひと通り応接間の闇を確かめたさやが侍女にそう申し出ると、二人の侍女はどちらも恐怖の色を浮かべた。
「……ほら、ご案内して」
「あなたが行きなさいよ」
互いに案内役を押し付け合う二人にさやは流石にうんざりしたが、未来の側妃である侯爵令嬢に直接会いに行くなどという失礼は犯したくない。相手が現在芳しくない立場にあるなら猶更だ。
だから案内役が決まるのを辛抱強く待っていると、ようやく若い方の侍女が嫌々ながらもさやを勉強室へ案内した。
「——お嬢様、只今ヒーラー殿がおいでになりました」
侍女がドアに向かって声を掛けると、中から鈴を振るような声がした。
「分かりました。お入り下さいな」
侍女は震える手でドアを開ける。しかしさやが入ると侍女は即座にドアを閉めた。もちろん自分は入らないで。
入った瞬間にこれは酷いとさやは気を引き締めた。
侍女が入りたがらないのも無理は無い。それ程勉強室は闇に浸食されているのだ。壁や床、家具に元の状態が分からなくなる程闇が広がっている。
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