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アラサー女の異世界転生チート清掃業~どんなに泥沼の世界でもあたしは折れない  作者: 明烏
第3章

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近衛副隊長

 翌日さやは依頼人から支給された服を身に着けて王宮に向かった。

 服は上質だが飾り気のない地味な色味のワンピースに、これもごくシンプルなエプロンだ。


 王宮に入る際には失礼には当たらない服装であることは必須だが、加えてなるべく目立たないように、特にヒーラーだと周りに悟られないようにという依頼人の希望に即した衣服だった。

 更にシリルの提案で、さやは太い黒縁の伊達メガネをかけた上に口元を布で覆った。


「あなたが王宮に入る名目は掃除の手伝いです。ホコリ避けで口と鼻を覆っているのだと言えば、門番の兵も納得するでしょう。侯爵令嬢居住区に入るまでそのお顔は隠す方が賢明です。まだアリアに来て間もないあなたを知る者はいないでしょうが、それでもあなたを一目見ればヒーラーだと見当をつける者がいる恐れはありますから」


 そうシリルは言っていたが、ヒーラーだと分かる顔とは何だと聞いても答えてくれない。

 解せないながらもさやはとにかくシリルの言う通りにした。何しろ王宮の、それも周囲には秘密裏に行う闇祓いなど、当然さやは初めてなのだから。


 さやは国民に解放されている前庭を抜け、先日例の婚約破棄発表が行われた立派なバルコニーがある建物を横目に見ながら本殿へ向かった。

 こうして王宮を間近に見ると、広さでも建物の豪華さでも協会のアリア支部とさして変わらないことにさやは改めて驚いた。


 その国の王宮と協会の一支部が同程度。協会にはそれだけの力があるということなのだろう。


 さやが代理人から貰った通行許可証を門兵に見せると、兵は予め聞いていたのだろう、すぐに通してくれた。


「近衛副隊長殿の乳母の身内の方ですね。お話は伺っています。あちらの待合所でお待ち下さい」


 兵に言われた通りさやが門の横にある小さな建物の中で待っているとすぐに近衛兵がやって来て、さやを王宮近衛隊役所へ案内してくれた。

 そして副隊長控室でさやは、近衛副隊長のジークムント・ウィンダムに面会した。


 ジークムントはさやが見上げる程長身で、がっしりとした身体はみるからに強靭そうだった。

 首下で切り揃えた真っ直ぐな黒髪が彩る顔は近衛兵らしくかなり端正だが、太い眉を従えた鋭い眼差しと強い意志を感じさせる引き締められた口元、そして敏捷な身のこなしはネコ科の猛獣を思わせる迫力がある。


「ご足労痛み入る、ヒーラー殿」


 さやを見るとジークムントはそう言って軽く頭を下げた。さやもマスクを取ると、シリルから教わったばかりのカーテシーでぎこちないながらも挨拶する。


 さやは男爵相当なので、目上の者に挨拶するならカーテシーが妥当だとシリルは言っていた。ジークムントは侯爵令息の子爵、さやは今のところは男爵相当だから、お互いにこれが妥当な挨拶なのだろう。


 ジークムントはさやの顔を一瞥すると、すぐにこう言った。


「顔の覆いは着けたままにしてくれ。それからあなたがヒーラーだと知られる訳にはいかないので、この部屋を出たら言葉を交わす事は出来ない。何かお聞きになりたいことがあるなら今おっしゃって頂きたい」

「特にこれ以上お尋ねしたい事はありません。御令嬢に関して必要な情報は、昨日代理人の方から伺いましたので」


 さやがそう答えると、猛獣の顔に笑みが浮かんだ。そうするとびっくりする程優しい表情になる。

 これなら貴婦人方が結構騒ぎそうだ。


「ヘルマン…… いや、代理人から聞いている。この依頼を受けて下さったあなたがヴァランテ…… ダンマルタン侯爵令嬢殿の身の上をきちんと知ろうとなさる方で良かった。きっとあの方の良い慰めになって下さるだろう」


 そう語るジークムントからは、ヴァランティーヌを深く想いやる心が感じられる。

 そんな彼をみてさやは少しホッとした。


 代理人の話では今のヴァランティーヌはこれ以上無いくらい孤立しているようだが、少なくともここに一人は彼女を案じる人間がいるようだから。


 しかしだからこそ不思議に思ったさやは疑問を口にした。


「すみません、やはりお尋ねします。話し相手を務めるヒーラーは老若男女問わないという条件でした。ヒーラーが様々な地で見聞きした風物文化でご令嬢をお慰めしたいという趣旨でしたらまだ分かりますが、ご承知の様に私はこの世界の事をほとんど知りません」

「…………」

「そんな私でも構わないのであれば…… ただ話し相手が欲しいということであれば、それこそあ(・)な(・)た(・)が(・)ご令嬢とお話なされば良いのではないですか? こうしてご令嬢の話し相手まで手配なさろうというお気遣いがあるのならなお更……」


 さやがそう言うと、ジークムントの顔が急に険しくなった。そうなるとやはり猛獣だ。

 さやはまずい事を言ったらしいと悟り、慌てて口を閉じる。


「自由に振舞うのが常のヒーラー殿にはご理解いただけないのだろうが、この国で男が未婚の貴婦人、しかも王太子殿下の側妃となられる方にみだりに接する事は許されぬ振舞いなのだ。私はあの方が王太子殿下の婚約者と定められてからは、それこそ必要な時以外は決して近づかぬようにしている」

「…………」

「しかしヒーラー殿であれば、あの方と言葉を交わしても闇祓いに必要だという大義名分が立つ上に、身分も問題無い。それ故話し相手を頼んだのだ」


〝自由に振舞うのが常のヒーラー〟


 その言葉を発した時のジークムントからは、ヒーラーに対する怒りを感じた。


 彼の言葉の端々にはヴァランティーヌへの気遣いが滲(にじ)む。

 何より勝手に王宮の闇祓いをしたと聖女が怒れば一身に責めを負うだろう立場を引き受けてまで、彼女の為に尽力したのだ。ヴァランティーヌに対して特別な思いがあるに違いない。


 ならヴァランティーヌをこんな状況に追い込んだ聖女(ヒーラー)に反感を抱くのも当然だった。そして同じヒーラーであるさやも、彼にとっては同類なのだろう。

 そんなヒーラーに彼女の話し相手を頼まねばならないのだ。内心はかなり穏やかでは無いのではないか。


「……余計な詮索をしました。お許しください」


 さやが神妙に謝罪すると、ジークムントは幾らか表情を和らげた。


「こちらこそ失礼した」


 自らも謝罪すると、ジークムントは己に言い聞かせるような口調でこう続けた。


「聖女様には私も感謝しているのだ。あの方のお陰で、王都の者が闇に対する恐怖から解放されたのは間違いないのだから」

「…………」

「この依頼を引き受けて下さったあなたにも感謝している。あなたにお住いの闇を祓って頂ければ、あの方も謹慎処分は解けないまでも、少しはお心が晴れるだろう。それにあの方は今お住まいから一歩も外へ出られない状態だ。宮廷のしがらみとは一切関わりの無いあなたと言葉を交わす事は、きっと良いお慰みになるに違いない」


〝闇を祓えば心が晴れるだろう〟

〝誰かと言葉を交わせばきっと心が慰められる〟


 ジークムントの物言いは侯爵令嬢居住区の状況を聞かされているさやにしてみれば、随分悠長だった。やはりこの男は何(・)も(・)知(・)ら(・)な(・)い(・)のだな、とさやは思った。近(・)頃(・)の(・)ヴァランティーヌに近づいていないのなら無理もない。


明日も20時頃更新の予定です。


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