さやがさやである限り
侯爵令嬢居住区闇祓い依頼の代理人は、さやにこう言ったのだ。
〝誰も御令嬢には近づかないんですよ〟
〝誰も?〟
〝皆、聖女様のお怒りを恐れておりますから。いや、聖女様がお怒りになって王宮を、アリアを離れることを死ぬほど恐れているんです〟
聖女を引き留める為に、王宮の者は皆聖女のご機嫌取りに必死なのだと代理人は打ち明けた。
少しでも彼女の気に障るような真似は絶対に出来ない。だから彼女を怒らせる最大の要因になるだろうヴァランティーヌが王宮でチヤホヤされているように見られる事は、極力やらない空気が出来上がっているのだという。
〝聖女様が王太子殿下に好意を寄せられていることが明るみになって以来、御令嬢はそんな状態が続いておられます。居室に謹慎の命が下ってからは、恐らく言葉を発することすらないのだと思いますよ。依頼人はその事を大変気の毒がられておりまして。その方自ら解決に乗り出す事は非常に難しいので、せめてご令嬢がほんのひと時でも誰かと談笑する機会を設けてやりたいと考えて、この様な形の依頼となったのですよ。アリア内で話し相手を探すのは難しくとも、アリアとは関わりの無いヒーラー様なら大丈夫だろうと〟
たった数時間のお喋りすら依頼しないと出来ない。
まるでヨルンみたいだとさやは思った。
ヴァランティーヌはヨルンの様に虐待されている訳ではない。しかしヨルンが受けた仕打ちで最もひどいのは、皆から無視されていたことだとさやは思っている。
そう考えるとヨルンの痛みを嫌というほど見せられたさやには、この仕事を投げ出すことは出来なくなっていた。
「——あなたは優しい人ですね」
シリルは微笑みながらそう言った。正面切ってそんな事を言われて照れ臭くなったさやは思い切り伸びをすると、おどけるようにぼやいた。
「あーあ、本当に自信無いよ。あんな状況にいるご令嬢の話し相手なんて、どうしたらいいんだか」
するとシリルが言った。
「サヤさんなら大丈夫ですよ」
「大丈夫?」
けげんな顔をするさやにシリルはうなずいた。
「私は、サヤさんならあの付帯条件も含めてこの依頼をきちんとこなせるだろうと判断しました。だからあなたにこの依頼をお勧めしたのです。あなたは、人の痛みが分かるひとだから」
「————」
目を見張るさやにシリルはやはり微笑みながら、迷いの無い口調で続けた。
「私はあなたとはまださして長い付き合いではありません。それでもあなたがクルーガー伯爵と対峙した時の姿勢、そしてあなたのヒルダさんや私への態度には、いつもきちんとした思いやりを感じます。だから侯爵令嬢と言葉を交わしても、大丈夫ですよ。きっと令嬢の心を思いやった接し方が出来るはずです」
それを聞いたさやはやっぱりため息をついたが、すぐに笑って言った。
「分かったよ。ガーディアンのあなたが太鼓判を押してくれるなら、信じてみるよ」
「ええ、信じて下さい。あなたの笑顔は人を元気にしてくれます。私なんかあなたの笑顔を見る度に思えるんですよ。世界は大丈夫だって。だから侯爵令嬢だって大丈夫です。サヤさんがサヤさんである限り、問題は全くありませんよ」
「————」
〝サヤさんがサヤさんである限り〟
シリルのこう言った時、一瞬さやは言葉に詰まった。すぐに頷くことが出来ないぐらい、このところのさやはヨルンの記憶への対処に苦労していたからだった。
「どうしました、サヤさん?」
いぶかしがるシリルにさやは慌ててごまかした。
「いや! 世界の闇の浄化が必要なら、それこそ明日の現場は頑張らないとなあ、と思って。最初に依頼内容を見た時も思ったけど、祓えるだけの闇を祓って欲しいってことは、結構ひどい闇なんでしょう?」
さやの問いにシリルは笑みを消して表情を引き締めた。
「——そうですね。確かに明日の現場はこれまでの場所とは段違いに深刻なようです。では改めて侯爵令嬢居住区の闇がどんな状況か、どう闇を祓うべきかについて説明します」
明日も20時頃更新の予定です。
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