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アラサー女の異世界転生チート清掃業~どんなに泥沼の世界でもあたしは折れない  作者: 明烏
第3章

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さやは見なかった

「ご主人、これ……」

「え⁉ そんな所にもあったんですか⁉」


 さやが机を少し動かして宿の主に後ろに隠れた闇を見せると、主は仰天した。


 さやは嘆息した。

 素人の主は仕方ないとしても、Aランクヒーラーとそのガーディアンなのだ。依頼人に頼まれなくとも気付いて祓ってやれよと思わずにはいられない。


 どうやら聖女様とガーディアンは闇を見つけるのは得意では無いようだ。


 まあ、自分がヒーラーとしては闇の気配に敏感なのかもしれない。

 それに闇を見つけ出す事を生業とする調査員を良くも悪くもかなり長く勤めていたシリルと、他のガーディアンを比べるべきでは無いのだろう。


 とにかくこれでこの宿の闇祓いを終えるわけにはいかなくなった。

 何しろ主の依頼内容は直径が十五センチ以上の闇を全て祓って欲しいというものだ。

 この闇はそれに該当する。しかも此処に残っていたということは、他にもある可能性が高い。


 さやはげんなりしたが、主に言った。


「ここにあるなら他にもあるかもしれませんね。この闇を祓ったら一応建物全てを見回りましょう。私は闇の気配を感じ取るのは得意な方らしいですから」


 主は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を取り繕うとさやにこう言った。


「まことにすみません。よろしくお願い致します」


 そそくさとその場を立ち去っていく主の背を見ながらさやはぼやいた。


(大仕事だ)




 ひどく恐縮しながらも宿の主はホッとしていた。


 実は闇祓いでどの闇を祓うかについては、依頼人の申告通りに行うのが通例なのだ。余程危険な闇が放置されていたならともかく、多少の闇なら闇に気付かなかった依頼人の落ち度で済まされる。


 だから本来なら主が気付かずさやに祓うのを頼みもしなかった闇を、さやが全て見つけ出して祓う必要など全く無いのだ。

 余程親切なヒーラーなら気付かない闇を見つけたら祓ってくれることもあるが、昨今は依頼も立て込んでいるのでそんな親切心を見せるヒーラーは滅多にいない。


 しかしさやはそれを知らなかった。

 シナ村の汚染度検査で調査員のシリルや検査官がどんな小さい闇でも見逃さずに調べ上げたのを見て、闇祓いでもヒーラーはそうしなければならないのだと思ってしまっていたのだ。


 その勘違いはまだシリルに訂正されていなかった。そしてもちろん宿の主はさやの勘違いを訂正するつもりは毛頭無かった。




 さやは台所や食堂、トイレや倉庫まで調べて見つけた闇を祓った。それが終わると今度は部屋を一つ一つ確かめていった。

 その際ノックはしなかった。この日は闇祓いの為に宿は休業にしたと主が言っていたからだ。


 当然、その部屋もノックせずに入った。

 すると隅のベッドで絡み合っている男女が目に飛び込んだ。さやに気付いた二人がこちらを見る。


 男は二十歳前後で金髪中背の細身。

 女は、何とあの聖女様だ。

 そして男は一瞬王太子かと思ったが、よく見たら似ているだけの別人だ。


(オイオイオイオイ‼)


 さやは即座にドアを閉めた。そしてフッと笑いながらずいぶん庶民的な聖女だと思った。何しろ王宮のバルコニーから繁華街の宿のベッドに飛び込んでくるのだから。


(——じゃなくって‼)


 さやはゴンゴン頭を叩いて正気を取り戻した。

 現実逃避なんかしてる場合では無い。今自分がすべき事を考えねば。


 自分がすべき事。それは、全てを見なかった事にするのだ。


 大体聖女とさやは知り合いでも何でも無い赤の他人だ。サンクアロー王国の王太子にだって、何の義理も無い。関わりの無い奴が何をしようと、さやの知ったことでは無いはずだ。


——いや、自分に課せられた依頼を考えれば、関りが全く無い訳でもなかった。それでもちょっとか(・)す(・)る(・)ぐらいの縁だ。この際無視しよう。


 さやは「見なかった、私は何も見なかった」と自分に言い聞かせながら隣の部屋に向った。

 すると今出たばかりの部屋で聖女様が怒鳴っているのが聞こえた。


「ちょっと! 今日は誰も来ないんじゃなかったの⁉」

「……いや、親父がヒーラー様に闇祓いを頼んだんですよ。でもこの部屋は闇祓いの必要は無かったはずなんですが」

「敬語は止めてって言ってるでしょ! ……今何て言った? ヒーラーなの、あれ?」

「……多分」


 するとドタドタ音がしたかと思うと、聖女様はさやがいる部屋に乗り込んで来た。

 足元が大分ふらついている。目元も充血しているところを見ると、かなり酔っているのだろう。


 聖女様はさやをにらみつけて言った。


「あんた、ヒーラーなの?」

「——ええ」


 挨拶もせずにいきなり詰問してくる態度にムッとしながらも、さやは答えた。

 一方聖女はさやの不機嫌さなど髪の毛程も気に留めてはいないようだ。


「——だったらこの国の王室に関わる可能性はあるわね」


 そうつぶやく聖女にさやはドキリとしたが、何とか平静さを保つ。

 聖女は人差し指をさやに付きつけると、有無を言わさぬ勢いでこう要求してきた。


「いい? 例えフランツに会ったとしても、今見たことを言うんじゃ無いわよ、絶対に!」


 この言い草にはさやもカチンときた。


 今日は休業にして客は入れないと明言された宿で、宿泊客用の部屋にノック無しで入るのは当然だ。

 つまり何の落ち度も無い自分に濡れ場を見せつけた挙句にこの態度。

 当然さやもぶっきらぼうになる。


「仕事先で得た秘密を口外するような真似はしませんよ! 馬鹿にしないで下さい!」


 叩きつけるように言ったところで、聖女は依頼人の、多分大事な客なのだということに気づいた。だからもう少し丁寧な言い方で付け加えた。


「そういう訳で、安心して下さい。決して誰にも話しません」

「あ、そ」


 聖女—— パトシリアは指を引っ込めると、さやに尋ねた。


「あんた、あたし達がいた部屋の闇祓いをしに来たんでしょう?」

「残った闇が無いかどうかを一応確認しに行っただけです」

「あ、そ。じゃ、すぐ確認して」

「大丈夫ですよ。他の部屋を回りますから」

「いつ来るか分からない奴がいるんじゃ、あたしが嫌なの! さっさと済ませてちょうだい!」


 さやはげんなりしながら再び隣の部屋に入った。宿のドラ息子が気まずそうに目を反らしたが、すぐにおずおずとしながらもさやに頼んできた。


「……あの、後生ですから親父には内緒にして下さい」

「…………」


 勘弁して欲しい状況だ。


明日も20時頃更新の予定です。


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