さや財政危機
さて、ハンターギルドでさやがしでかした散財は、あまりにも当然の結果をもたらした。
「……これはガーディアン達の間で先輩から代々受け継がれてきた伝統でした。登録申請後に支度金が貰えたら、まずヒーラー殿に全額渡せ。そして一週間後にどこまで使ったか確かめることで、その後の闇祓いの礼金をどこまでヒーラー殿の自由にさせるか見極めろと」
下を向いてそう語るシリルの肩は震えていた。どんな顔をしているか分からないから余計にさやは怖い。
何を言っても地雷になりそうで、とにかく黙ってシリルの〝説明〟を聞いている。
さやに渡したあの金貨が一行の全財産だった。
ヒルダに渡した食費すらシリルのポケットマネーだったらしい。シナ村から着の身着のままで逃げ出したシリルは荷物をレナ町に置いたままで、更に貸家の家賃を祓ったら一文無しになったそうだ。
「大変しっかりした方だとお見受けしたからまず大丈夫だと安心していましたが…… そうですか。六人家族が半年遊んで暮らせるお金を一日、いや、三時間で全額使い切りましたか…………」
顔を上げたシリルは真っ白に燃え尽きていた。無気力な笑みを浮かべるその様に、やっぱりとりあえず謝っておこうとさやは上半身を直角に曲げて叫んだ。
「ごめんなさい! まさかあれがあたし達の所持金全部だとは思わなくて‼」
「——お大尽から一気に文無しか。ヒーラーってのは豪気なもんだねえ」
感心したように言うヒルダの横で、シリルは深い深い、海溝よりも深いため息をついた。
「ここの賃料は半額しか払っていないんです。食費はヒルダさんに渡したお金で一週間は何とかして頂くとして、残り一週間分の家賃と食費、それと次の街へ向かう為の費用だけでも工面しないといけません。普通なら闇祓いで簡単に都合出来るのですが、アリアには聖女殿がおられる。果たしてどれだけ依頼が残っているか」
そこまで聞いて疑問が浮かんださやは、恐る恐る尋ねた。
「シリル、クルーガー伯爵の礼金はどうしたの?」
「あの闇祓いでは本来伯爵から受けた依頼を直前で変え、核を解放しました。しかも我々がクルーガー伯爵に無断で解放したのであればともかく、伯爵が納得された上での依頼内容の変更ですから、依頼料も当然変更になりました。伯爵も喜んで増額分を支払うとおっしゃったそうですが、それにしても依頼料の変更に加え、本来なら依頼を受ける際に決まっていた協会の取り分とこちらの取り分を改めて計算するなど、様々な事務手続きが必要になったのです。しかもサヤさんが仮登録中に受けた依頼の為、更に通常とは計算方法が異なり、かなりややこしい状況になっています。実際に支払われるまでに、少なくともあと一カ月は掛かるでしょう」
「すみません!」
首を縮めて更に謝るさやにシリルはまたため息をついたが、まあ何とかなるでしょうと言った。
「サヤさんの能力測定に用いた闇が残っていたくらいです。多少の依頼はあるでしょう。とにかく支部へ行ってみます」
そう言うとシリルは上着を引っかけて出て行った。
それを見送ったさやはヒルダにも頭を下げた。
「——ヒルダごめん。高い食材を買わせてあげられなくなっちゃった」
「あたしはあるだけのお金でやり繰りするだけさ。まあ見ててご覧。これから一週間、ビックリするぐらい美味いものを食べさせてやるから」
片目をつぶって笑うヒルダにさやも少し立ち直った。しかしやはりため息は出てしまう。さやはぼやいた。
(大都会での豪華な骨休みもこれで終わりか。短い有給休暇だったなあ)
二時間後にシリルは明るい顔で帰って来た。受けられる依頼があったのだという。
シリルが持ち帰った依頼は秘密を伴うそうなので、依頼の説明はヒルダが買い物に行っている際に行われた。
シリルと二人きりになって渡された依頼の概要を見たさやは、見た瞬間にゲッとなった。
「……シリル、依頼ってこれしか無いの?」
「協会支部に掛け合って何とか貰えた依頼はこれ一件です。ヒーラー殿のランクが異なろうが同じ依頼の礼金は変わりませんから、他の依頼人は皆Aランクヒーラーの聖女殿をお望みだそうです」
「…………」
渋い顔で黙り込んださやに、シリルは一生懸命この依頼がどれだけ良いかをアピールした。
「ですがガーディアンの私から見てもこの依頼、悪い条件では無いと思いますよ。まあ最後の現場は少々厄介なようですが、最悪の場合は聖女殿が何とかして下さるでしょう。依頼人もヒーラー殿が祓える闇だけでも祓ってくれれば良いと申されているそうです。他はサヤさんの能力なら問題なく祓える闇ばかりですよ」
「うん…… それは良いんだけど……」
「一週間で回る場所は十カ所、最後の現場以外は出向く日時もこちらの希望通りに決められますし、サヤさんの能力なら一日五、六時間もかければ余裕で終えられるでしょう。闇祓いは一週間で終わりますから後はサヤさんのランクが決まるまで、アリアで十分休暇が取れますよ。しかも特殊な条件がある為に礼金は相場に比べてかなり割増されています。我々に必要な費用は充分過ぎる程賄えます。まさに願っても無い話じゃないですか」
にこやかにそう話すシリルの目は全く笑っていない。さやにも「断ったら後は無い」という状況なのは嫌というほど伝わった。
しかし、それでもさやは抵抗を試みた。だってその為に礼金が割り増しになっている特殊な条件というのが、とにかく勘弁して欲しい代物なのだ。
「あの、全部じゃなくて一部分だけやることは出来ないの? 一部といってもほら、例えばそう、この日時を決められている最後の現場はちょっと大変そうだから、そこを除いて他は全て引き受けるのはどう? 代わりにその分礼金を差し引いても大丈夫でしょう? だって〝そこ〟はあたしがやらなくても聖女様が何とかしてくれるんだよね。だからシリル、そんな風に話をまとめてくれるとあたしも仕事しやすいんだけど、な……」
さやは最後まで言えなかった。シリルの目にはっきりとブリザードが吹き荒れるのを見たからだ。
「――この依頼を引き受ける最大の条件は、最後の現場までその付帯条件も含めて完了させることです。途中で投げ出されると困るので礼金の前払いは一切受け付けず、きっかり一週間後に支払われます」
ここでさやが首を縦に振らなければシリルは凍り付くだろう。しかしそれでもさやは最後の抵抗をせずにはいられなかった。だってその付帯条件がある最後の現場というのが――
「でもやっぱり無理だよ! だって、侯爵令嬢だよ? しかも王太子様の婚約者だった人だよ? そんな方の話し相手なんか、平民のあたしに務まるはず無いでしょうが!」
そう、さやが嫌がる日時を決められている現場とは、王宮内ヴァランティーヌ・ダンマルタン侯爵令嬢居住区だった。しかも付帯条件とは、闇祓いの際に彼女の話し相手を務めるという代物なのだ。
(冗談じゃないよ! あんな状況の令嬢の相手なんか、あたしには絶対に無理だよ!)
明日も20時頃更新の予定です。
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