闇だらけの世界
オーガキングの獣毛はシリルから貰った金貨で買える値段だった。
だがモップに仕立てる工賃や他に必要なモップの素材を賄うには足りず、さやがシナ村で稼いだ金を足してどうにか支払うことが出来た。
「いやあ、オーガキングを使った魔道具を発注するのは私も初めてです! ディックさんもが然やる気になるでしょう。最高の魔道具が出来ますよ」
老店員も興奮気味だった。この店員は店を他の者に任せると、紡糸以外でモップを仕立てるのに必要な素材選びに付き合ってくれたのだ。
おかげで思ったよりもずっと短時間でオーガキングに併せるのに適した素材を得ることが出来た。しかもオーガキングも含めて値段を結構割り引いて貰えたので、何とか有り金で支払うことが出来たのだ。
「何だかすみません。色々お世話になっちゃって」
「とんでもない。ヒーラー様がSランク魔獣の素材を使ってまで闇祓いにお使いになる道具です。これぐらいの協力はさせて下さい。ハンターギルドとしては、ヒーラー様方にはぜひとも闇祓いを頑張って頂きたいんですよ。これ以上闇が増えたら死活問題ですからねえ」
「死活問題って…… シナ村みたいに行動制限が厳しくなる地域が増えて、ハンターのなり手がいなくなるという事ですか?」
さやが尋ねると店員の顔が曇った。
「——それもありますがね」
「まだ何かあるんですか?」
さやが首をかしげると、店員は少し迷った素振りを見せた。しかしすぐに目配せしてさやを誰もいない物置場に連れて行くと、そこで声を潜めてこう言った。
「ヒーラー様だから打ち明けますがね。ハンター達から聞いた話だと、実は最近闇に吞まれる狩猟場が増えているそうなんですよ」
(え?)
さやは驚いた。闇は人が暮らす場所に生じるものではないのか。何故魔獣が棲息するような人里離れた場所が、闇に吞まれるのか。
「行動制限が厳しい場所が増えたおかげで、そういう街や村から逃げ出した奴が森に潜むケースが増えていまして」
村や町の検問は封鎖でない限りは出ることだけなら何とか可能なので、少数だが逃げる者もいるそうだ。
「当然ですが逃げ出しても結局どの街や村にも潜り込めないんで、仕方ないから隠れやすくて多少は食える物が手に入る森や山に入るんですよ。ですが当然ハンターの様に魔獣や猛獣から身を守る術なんか無いですからそのうちやられちまうんですがね。行動制限が厳しい処から来る奴だから、かなりの闇を引き連れている場合が多くて」
「…………」
「それも以前ならハンター以外に来る者もいないから、そいつ自身が核にならずにくたばればそれ以上は増殖せずに済んでたんですがね。この頃じゃあどういう訳か、そんな奴が遺した闇が増殖しているところが結構あるんですよ」
「そんなことがあるんですか…………」
「ええ。そいつ自身が核になっちまったら、それこそその場所は死の森になっちまうぐらいの勢いでしてねえ。ヒーラー協会は人里の闇を祓うので手いっぱいで、とてもじゃないが山中の闇祓いなんかしちゃくれません。ハンターギルドも定期的に山狩りを仕掛けたりはするんですが、とても追いつかない状況で ——多分山中の闇が増殖する程世に闇が増えているんじゃないかという、専らの噂なんですよ」
さやは平穏なアリアですっかり安心してくつろいでいた心が、急速に冷えていくのを感じた。
シナ村のような処から逃げ出して行き倒れる人、そんな気の毒な者が遺した闇に、森すら脅かされている。
そして、そんなとんでもない情報を店員がさやに教える理由は。
「——ヒーラー様、あなたはあのどん底だったシナ村を救った方なんでしょう? 山の闇を祓ってくれとまでは申しません。ですがどうかお願いします。少しでもいいのでこの世から闇を消して下さい。そうすりゃ山の闇だって少しは増殖が収まるでしょう」
さやはどうして店員がこれだけ親身に自分の世話をしてくれるのか、理由を察した。
店員はさやがこれまでに嫌というほど見てきた、ヒーラーに縋る者の目をしていたから。
その目がさやに嫌でも思い知らせた。
聖女のお陰で闇が無いこの王都を出れば、世界は闇だらけという現実が待っているのだということを。
明日も20時頃更新の予定です。
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