最高の素材
「ディックさんのお知り合いのヒーラー様とあっては、これは良い品を見繕わねばなりませんね」
店員はそう言うと、さやを売り場の奥に案内した。そして鍵付きの戸棚を開けると魔獣の毛がずらりと並べられた引き出しを取り出して、さやの前に並べた。
さやは目を見張った。どの獣毛も、店頭に並べられていたものとは色艶が段違いに鮮やかだ。
「全てAランク魔獣の特上品ばかりです。オーガの獣毛、アイオーンのたてがみ、ブラッディシープ、アイスバブーンの毛辺りならモップの紡糸に出来るだけの長さがあるでしょう。どうぞご覧下さい」
さやはが然興奮した。
ヒーラーであるさやは魔力も感じ取ることが出来るが、どの獣毛も明らかに強い魔力を発していた。色も黒や褐色に鮮やかな赤や青まで、様々だ。
とはいえさやが手に取ったのは、やはりオーガの獣毛だった。
「やっぱり使い慣れたものの方が良いよなあ。うわあ、あたしのモップのより断然質が良いや! さすが王都のギルドだなあ」
そういういわけでオーガの獣毛に限って物色することにしたものの、それでも目移りはした。
「どうしよう。レッドオーガも良いけど、ブルーオーガの毛も捨てがたいなあ…… 魔力はこっちの方がありそうだし」
どれにしようかさやが悩んでいると、後ろで店員が言うのが聞こえた。
「……ディックに魔道具を頼んだヒーラー様 ……能力が高いヒーラー様はお顔立ちも並外れて整ってらっしゃると聞きます。そうですか。〝シナ村を救った凄いヒーラー様〟は、あなたですか」
ハッとしたさやが振り返ると、老店員がさやを凝視している。
その顔にあるのは笑顔ではなく、畏敬だ。
さやはしまったと思った。シリルには自分がシナ村の闇を祓った事は出来るだけ他人に知られない方が良いと言われているのだ。
ドラド王国であれだけ追いかけ回された事を考えれば、さやだって自分の能力を無闇に吹聴したくはない。誰に何を仕掛けられるか分かったものじゃないからだ。
だが今回は誤魔化しようが無かった。店員がディックの知り合いだったのが運の尽きだ。
せめてと思いさやは店員に頼んだ。
「……あの、その事は内密に願います。出来れば他人には知られたくないので」
店員は眉を上げたが、すぐに神妙な口調で分かりましたと言った。
「何かご事情がおありのようだ。大丈夫、お客様の秘密は守ります。全て私の胸に留めましょう。とにかくヒーラー様、あなたがそれ程の方なのでしたら、お見せしたいものがあります」
店員はそう言うと、一級品が入っていた棚の下の観音扉を開けた。すると中には頑丈な金庫があった。
さやは驚いた。その金庫から尋常でない魔力を感じるのだ。
店員は金庫に刻んである紋に手をかざしてロックを解除した。それから身体に繋いでいる鎖を引っ張ると懐から鍵を取り出し、金庫の鍵を開ける。
そして中に入っている箱を取り出した。
「ご覧ください。オーガキング一頭分から選り分けた、特上の獣毛です」
一目見た瞬間にさやは息を呑んだ。他のオーガとは明らかに違う、金色に輝く毛だ。
「サンクアロー王国で偶然討伐されたもので、今ではもう滅多に出ない極上品です。ヒーラー協会本部のあるナーセルのハンターギルドに送るつもりでおりましたが……」
店員はさやをじっと見つめて言った。
「あなたさえ良ければお譲りします。いかがですか?」
「売ってくれるんですか⁉」
驚くさやに店員は迷いなくうなずいた。
「あなたこそお譲りするに相応しい方です ——もちろん目の玉が飛び出る程高いです。月賦や後払いは出来ません。それでよろしければですが」
「あの、触らせて頂いてもいいですか?」
「どうぞ。よくお確かめ下さい」
店員は箱をさやに渡した。さやは恐る恐る獣毛に手を伸ばす。
「いかがですか。美しさはご覧の通り。更に頑丈さとコシの強さ、魔力、どれを取っても他のオーガとは比べ物になりません。この毛を衣服や身に着ける物に縫い込めば刃物はもちろん、かなり濃い闇も防げるでしょう。だからヒーラー様が多数いらっしゃるナーセルに送る事になっていたんですよ」
店員の言葉をさやは聞いちゃいなかった。
金色の毛に触れた瞬間、すっかり心を奪われてしまったのだ。
見るからに強靭だと分かる毛。金庫の中からすら感じた魔力もハンパではない。
ついでに言うと、金色に輝いているが決して下品では無い色合いも非常に気に入った。
前世のさやはそれ程金遣いが荒い訳では無かったが、仕事のスキルを高めるのにかかる費用には金を惜しまない傾向があった。
それこそこれはと思う道具や洗剤を買ってきては自宅のアパートの部屋や友達の部屋の掃除に使い、スピードアップを図ったり仕事で使えるような掃除方法の工夫を考えるのは日常茶飯事だったのだ。
当時さやの収入に対する毎月の支出はトータルではまあ常識の範囲内に収まっていたが、それは栄養を考慮した以外の食費やその他の生活費を度々極限までケチることで収まっていただけのことだ。
ちょうど死ぬ前には資格取得も考えていたので、あのまま生きていればさやの部屋は資格関係の教本で埋まっていただろう。
そんなさやにとって、もはやオーガキングの獣毛を買わない選択肢は無かった。
非常に強靭なのに柔らかい触り心地。この毛以外を自分のモップに仕立てるなど考えられない。
しかも現在結構な金を持っているのだ。
「これ買います! 幾らですか?」
「——かなり値が張りますよ。先程も言いましたように、後払いや月賦という訳には——」
即決したさやにさすがに驚く店員に、さやは次元収納袋から金袋を取り出して店員に中を見せた。店員は更に目を丸くしたが、すぐに値段を言った。
明日も20時頃更新の予定です。
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