消息
さやは目当ての獣毛を扱っているコーナーを見つけた。
店頭に置かれた平台には束ねられた様々な種類の獣毛が、魔獣とそうでないものに分かれてギッシリ並んでいる。
「すごいなあ。魔獣の毛だけでもこんなにあるのか」
さやはモップを新調しようと思っていた。村の教会の闇を祓ったことで、さすがのオーガの毛も大分傷んでしまったのだ。
クルーガー伯爵の依頼の時には騙し騙し使ったものの、出来ればまとまった金が入ったこの機会に買い替えたかった。
道具作成は一階の受付で扱うが、モップの要である紡糸の素材は自分で選んでから頼みたかったのだ。
さやが魔獣コーナーでモップに使えそうな毛を見繕っていると、店の奥から店員がニコニコ笑いながら近寄って来た。
「いらっしゃい、お嬢さん。魔獣の毛をお探しのようだね。防護服でも仕立てるのかな? どんな方がお使いになるのかね?」
店員の禿げ上がった頭に少しだけ残る髪は真っ白で、団子鼻に丸い老眼鏡を引っかけている。
その眼差しは孫娘を見るかのように優しかった。さやをお使いだと思っているようだ。
「使うのは私ですが、衣服を仕立てたいんじゃありません。モップの紡糸になる獣毛を探しているんですよ。だから紡糸に出来るだけの長さがあって、魔力が高い物が良いんですけど」
さやがそう言うと老店員は目を丸くした。
「モップ⁉ 獣毛を、それも魔力があるものを使うのかね⁉ ……一体何を掃除するんだい?」
店員の当然の疑問にさやは答えるのを少しためらった。
しかしもう協会への登録は済んだのだ。それにこの王都には〝聖女〟がいる。
自分がヒーラーだと分かっても狙う者はいないだろう。
「その、つまり—— 闇を掃除、というか、祓うんです」
「闇を⁉」
さやの答えに老いた店員は更に驚いた顔をしたが、さやの整った容姿を見て納得した顔になった。
「それじゃお嬢さん…… いや、あなたはヒーラー様でしたか! それは失礼しました」
「いえお構いなく。まだ登録したての駆け出しですから」
慌てて謝る店員にさやはそう言ったが、その後店員の応対は孫に対するようなものではなくなった。さすがヒーラーの威光は強い。
さやは次元収納袋から今使っているモップを取り出すと、見本として店員に見せた。
「これと同じ仕様にしたいんです。闇祓いの効率を高めたいので魔力が出来るだけ強く、柔軟性があるものが良いんですけど」
「——オーガの獣毛がここまで傷むとは、余程とんでもない使い方をしたんですね。柄は普通の木だから、闇の衝撃を全て毛が受け止めちまったんだな。闇に対抗する魔道具でしたら、本来は素材を全て魔獣のものにした方が良いんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。ランクの強い魔獣の持つ魔力は僅かですが闇を防ぐ効果があるので、紡糸以外の部分も魔獣の素材にすれば闇の衝撃を分散させる事が可能です。耐久性も数段上がりますよ」
店員の言葉を聞いたさやはモップを全て魔獣の素材で仕立てることにした。
値段は張るだろうが、闇祓いに使う大事な道具だ。
それにその方が長く使えるのならむしろ割安だろう。
「——しかしここまで酷使したのによく壊れなかったもんだ。柄が並の木製でも持ちこたえたのは、よほど職人の腕が良かったんだろうな」
毛先がボロボロになったモップを見ていた店員は感心したように呟いた。
「魔獣の素材を扱うには魔力が強い部分がどこなのかを見極める事が最も重要なんですよ。このモップの紡糸に使ったオーガの獣毛は、全て魔力が最も強い部分だけを用いていますね。それでいて紡糸の毛先がキレイに揃っているでしょう。だから闇の衝撃を持ちこたえられたんでしょうな。そして扱い辛いオーガの獣毛をゲタにしっかり接着してある。魔獣の素材の扱いを知り尽くしていなけりゃ、こんな離れ業は出来ませんよ」
さやに説明しながらモップを検分していた店員は、ゲタに刻まれた印に気づいて眉を上げた。
「こりゃひょっとして、ディックさんが仕立てたものか! 道理で良い出来だと思った!」
「ディックさんをご存知なんですか⁉」
思いがけない所で知人の名を聞いて驚くさやに、店員はよく知っておりますよと答えた。
「獣毛を扱う者でディックさんの名を知らぬ者はいませんよ。素材の扱いが本当に丁寧でねえ。ディックさんが故郷の村に里帰りした際に運悪くその村の行動制限が厳しくなってしまってからも、近くの町を通して名指しで仕事を頼むお客もいたぐらいなんですよ」
「——そうだったんですか」
ディックをべた褒めする店員に、さやは驚きながらもどこかで納得していた。
ディックにモップの制作を頼んだ際、かなりきちんとした職人だという印象はあったのだ。
「——ヒーラー様が闇祓いの能力を高める為に用いる魔道具は普通指輪や腕輪なので、モップを仕立てるのは初めてです。しかしヒーラー様の闇祓いにご必要とあればお作りしましょう」
シナ村には細工仕事を生計の足しにしている者が多かったが、ディックは唯一魔獣の素材を扱える職人だった。
さやがモップを闇祓いに用いているのを見たディックは、自分が所持していたオーガの獣毛を用いて紡糸に加工、モップのゲタにしっかり接着してくれたのだ。
柄の部分は他の村人が作ってくれたが、〝魔道具〟として最終的な手直しは全てディックがやった。使い心地がとても良く、ここまで傷まなければずっと使いたかったぐらいだ。
「よかったら新調なさる道具もディックさんに頼まれたらどうです? 魔獣の毛を扱わせたら、あの人の右に出る者はこのアリアにいませんからね。柄については骨や甲殻のエキスパートがおりますから、その二人に任せればとびきり使い易くて滅多な事では傷まない魔道具になるでしょうよ」
「え、でも……」
店員の提案にさやはためらった。
ディックに頼めるならそれに越したことはない。
確かにこのモップは使いやすいのだ。ギルドの店員が太鼓判を押すぐらい腕が良いなら、なお更だ。
だが隣国とは言えこの国の者ではない職人に頼んだら、出来上がるのにかなり日数が掛かるのではないか。
さやが心配を口にすると、老店員は笑って言った。
「実はディックさんは一昨日からアリアに住んでいるんですよ」
「え⁉ それは本当ですか⁉」
びっくりするさやに店員はうなずいた。
「何でも凄いヒーラー様に闇祓いして貰えたおかげで村の行動制限も無くなったそうで、良い機会だからとハンター志望の息子さんの弟子入り先を探すのも兼ねて、一緒にドラド王国を出たんですよ」
国内における行動制限が撤廃された者は、隣国であれば比較的容易く入国する事が可能だ。
ディックは職人としての高い技能を買われ、サンクアロー王国のハンターギルドの尽力によってアリアでの居住を認められたそうだ。
思いもかけずケビン親子の消息を知ったさやは嬉しかった。
しかもケビンが無事に夢を叶えられそうなのは何よりだ。その上ディックに再びモップの制作を頼めるなら、それに越したことは無い。
さやは二つ返事で店員の提案を承知した。
明日も20時頃更新の予定です。
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