骨休みと研修
王宮でこんなやり取りがされている頃、さや達は泊まっていた宿を引き払った。
そしてやはり市場に近い所にあるこじんまりした貸家に移った。シリルの考えだ。
「貸家の方が何かと融通が利きますし、三人で泊まれば宿より安いぐらいなんですよ。これからは専属料理人のヒルダさんに食事をお願いします。宿でもヒルダさんがサヤさんの食事を取り仕切っていましたが、より自由に栄養やサヤさんの好みを反映出来るでしょう」
シリルがそう言うと、ヒルダはが然やる気を見せた。
何しろ貸家には大抵の料理器具が用意されていたのだ。シリルが手配して借りたそうだ。
「宿の厨房より充実してるねえ! これだけ道具が揃ってるなら腕の振るい甲斐があるよ。サヤ、任せておきな。毎日御馳走をこしらえてやるから」
目を輝かせて道具を検分するヒルダに、シリルはドーラ金貨を五枚渡した。
「当面の食費です。足りなくなったら言って下さい。それからサヤさんにはこちらをお渡ししておきます」
そう言うと、シリルは膨らんだ小袋をさやに渡した。袋を見るとドーラ金貨がギッシリ詰まっている。
覗き込んだヒルダが口笛を吹いた。
「やっぱりヒーラー様だねえ。シリルさん、ちょっと贅沢な食材を買ってもいいですか?」
「そこはサヤさんと相談して下さい ——そうだ、珍しい食材がお望みならハンターギルドに行くと良いですよ。市場よりも品物が揃っているし、安いですから」
ハンターギルドという言葉にさやは反応した。
「シリル、ハンターギルドってことは当然食品以外の素材も扱っているよね?」
「もちろんです。しかも街の店で買うよりも割安だ」
「買った素材で何か道具を仕立てて貰う事は出来る?」
「出来ますよ。ギルドは様々な職人と契約しているので、作れない道具は無いと言っても良いぐらいです」
「ホント⁉ じゃ、あたし行って来る。ヒルダも行く?」
「もちろんだよ。今日のご飯用にとびきりの珍味を買いたいよ。シリルさんはどうします?」
「私は支部に行きます。この一カ月はガーディアンとして研修を受けることになっていますので。お二人で行って下さい」
シリルの言葉に外出の支度をしていたサヤが支度の手を止め、真面目な顔でシリルに尋ねた。
「シリル、あたしは何かしなくても良いの? 研修とか、闇祓いの訓練とか。そういうカリキュラムがあるなら受けるよ」
シリルはさやに首を振って答えた。
「ヒーラー殿には特に訓練や研修を施してはいません。今はゆっくり骨休みをする事が、サヤさんの仕事ですよ」
「——それで良いの?」
「サヤさんは真面目ですね」
納得しかねる様子のサヤにシリルは苦笑した。やはりのん気そうに見えてもサヤは真面目だ。思いのままに行動して下さいと言った途端にこんな事を提案してくる。
「昨日も申し上げたように、ヒーラー殿の闇祓いは意欲に大きく左右されます。今はじっくり英気を養って、今後の闇祓いに備えて下さい。心配なさらなくとも私の研修が終わり、あなたのランク付けが決まった後は、嫌というほど闇祓いをして頂きますから。ヒーラー殿にとっては、闇祓い自体が訓練なのですよ」
「——分かったよ」
サヤも苦笑いすると、シリルから家の鍵を受け取った。
二人が出て行くとシリルはホッと息を吐いた。何とか自分が抱える緊張は隠しおおせたようだ。
これから一カ月はサヤにとって貴重な休息だ。出来るなら最後まで穏やかに過ごさせてやりたいとシリルは思っている。
アリアを出た後に待つのは、深刻な現実だから。
これから自分が受ける研修がどういうものか、シリルはある程度予想がついていた。
多くはガーディアン候補生時代に受けた教育がきちんと身についているかどうかの確認だろうが、一つ重要な研修がある。
それはガーディアンだけに与えられる情報の開示だ。
ヒーラー協会においてはその地位と立場によって、開示される情報量がまるで違う。ヒーラーと共に闇祓いに挑むガーディアンに開示される情報は、調査員のそれに比べれば天と地ほどの差があるのだ。
調査員になった時にもシリルは情報を開示された。現在Sランクヒーラーが特殊任務に掛かりきりで、他の現場に行ける状況では無いという事態に大きな衝撃を受けたものだ。
シリルはサヤに対して、ヒーラーは闇祓い自体が訓練だと言った。
確かに間違いではないが本当は、ヒーラーにヒーラーの指導まで任せられる余裕などこれっぽっちも無い、というのが実情だ。
かつては熟練した高ランクのヒーラーが年若いヒーラーに手ほどきをすることもあったそうだが、そうしたヒーラーは現在〝特殊任務〟に駆り出されて不在だ。
ガーディアンともなれば、更に世界がどれだけ危機に瀕しているかを思い知る事になるだろう。
こみ上げる不安を抑え、シリルは自分を励ました。
世界の危機を知らされるという事は、自分がその危機と闘える立場にあるとも言えるのだ。
今までの様に、手をこまねいているだけの立場とは違うのだ。
サヤは優れたヒーラーだ。彼女とならどんな深刻な情報を聞いてもそれを分かち合い、きっと立ち向えるはずだ。
Sランクヒーラーの不在だって、いずれサヤには話そうと思っているのだから。
今までシリルはサヤに対して無造作に情報をさらけ出しているように見せながら、本当に隠さねばならない情報については、そんな事実などどこにも存在しないかのように振舞っていた。
ヒーラーに開示する情報の取捨選択、それはガーディアンのとって重要な責務だから。
基本的にヒーラーに開示する情報は、そのヒーラーのランクによって決まっている。
ただ、その情報を実際にヒーラーに教えるかどうかの判断は、余程重要な情報を除けばある程度ガーディアンの裁量に任されるのだ。
それを知ればヒーラーの闇払いに対する意欲が間違いなく削がれるだろうと判断すれば、ガーディアンはヒーラーに対して情報を隠し通す場合もある。
これからは世界の現実をどこまでサヤに知らせるか、難しい判断を迫られる場面もあるだろう。
先程シリルはサヤに英気を養う事が彼女の責務だと言った。
ならば今後の自分の責務は、深刻な秘密を抱えるのを堪える事だ。
そうは思うのだが、それでもシリルは自分がこれから知る情報がサヤには知らせたくないと思うものではない事を、願わずにはいられなかった。
明日も20時頃更新の予定です。
面白い、続きが読みたいという方はブックマーク、評価等頂けると嬉しいです。




