十三
「旦那・・勘弁してください。もう、何も言えません・・」
「締め付けが厳しくなったのか」
「あ、いや、その・・」
「市松の件が落ち着くまで、おとなしくしていろと言われているのだな」
「・・・」
神宮が、又、房吉を呼び出していた。房吉は出てくる事を拒んだが、神宮が強引に呼び出していた。
「安心しろ、お前に、何か聞くために呼び出したのではない」
神宮が房吉に小銭を渡した。房吉は、恐る恐る受け取る。
「では・・何故・・」
神宮が周囲を見回した。いつもの寺の境内だ。静寂の中、遠くに鳥の鳴き声が聞こえる。
「いつも、お前に助けてもらっているのでな。俺としても、少し、お前の役に立つ事を伝えようと思って」
「はあ・・」
神宮がウンと頷いた。
「実は、幕府から指示があった」
房吉がドキッとしたように身を引いた。
「まだ、奉行所でも、一部の者しか知らない。奉行と、数名の幹部だけだ。たまたま、俺は担当なので、耳に入ったのだ」
房吉がゴクンとつばを飲み込む。神宮が頷く。
「今度は、本気で、女衒を取り締まれということだ」
房吉の顔が青ざめる。
「おそらく、奉行も徹底的にやるはずだ。容赦はしない。幕府がそう言っているのだ。当然だろう」
「はい・・」
「従って、捕まった奴は、タダでは済まされないだろう。まあ、何をしたかにもよるが」
「・・・」
「だから、お前も、しばらく江戸を離れた方が良いかも知れないのでは、と思ったのさ。もちろん、心当たりがあるのならば、だが」
神宮が意味ありげな表情でジッと見詰めると、房吉が神妙な顔で頷く。
何処かで猫が鳴いている。
その数日後、頼方が久蔵を訪ねた。
屋敷の前に立ち中を伺うと、久蔵が庭の手入れをしていた。頼方は、腕を組みながらそれをしばらく眺めていたが、久蔵が気付いて、手を止めて近付いてきた。
「これは、御奉行様、如何いたしましたか・・」
頼方が敷居を跨いで庭に入った。
「見事な庭だな」
「庭を見に来た訳ではないでしょう」
「それが、見に来たのだ」
「本当ですか」
頼方がゆっくりと久蔵に顔を向けた。
「役人は、嘘はつかないだろう。違うか、久蔵」
「はあ・・」
「そのついでに、一つ、頼みもあってなぁ」
「そちらが本筋ではありませんか」
「どちらかと言えば、そうだろうなぁ」
久蔵が苦笑いをしながら頼方を縁側に座るよう促し、自分も隣に座った。
二人はしばらく無言で庭を眺めていた。
頼方が軽く頷いた。
「幕府は、昨年から今年と続いた悪天候による凶作の影響に、大いに危機感を抱いている。それで、なんとかしないといけないと、様々な施策を打ち出している」
「それが、どうかしましたか」
久蔵がやや突き放すような言い方をした。頼方は表情を変えずに前を見ている。
「その一つとして、女衒を徹底的に取り締まれという指示があった」
「ほう」
久蔵は関心がないというように軽く首を振りながらややぞんざいな態度を取ったが、チラリと頼方を見る目には、明らかに警戒の色が出ていた。
「厳しい状況になった農家の弱みに付け込んで、悪どく稼ごうとする連中が出てはいけない、ということよ。分かるだろう」
「まあ、それは、確かに・・」
頼方が久蔵に顔を向けて、軽く頷く。
「だから、俺は、今度は容赦をしないつもりだ。徹底的にやる」
久蔵が怯むように身を引いた。
「それは、その・・、奉行の立場であれば、そうなのでしょうが・・」
頼方がニヤリとして身を乗り出す。
「だからその前に、お前が、俺に貸しを作っておいてはどうだ、と思ってなぁ」
「奉行に、あっしが貸しを・・」
「そうだ。そのほうがお前の身のためだろう」
「どういう意味ですか」
頼方が上体を起こしながら、ゆっくりと庭を見回した。
「今度ばかりは、幕府に厳命されているからなぁ。だから、奉行所で掴んでいる女衒に関わる悪人どもを徹底的にとっ捕まえて、何がなんでも、実情を吐かせるつもりだ。その中で、仮に・・、仮にだが、お前の名前が出てきたら、奉行所としても見逃すという訳にはいかない」
久蔵が顔を強張らせた。それを見据えて、頼方が頷きながら、声を落とした。
「その女衒の誰かが、お前に奉行所の動きを教えてもらったとか、その謝礼に金を払ったとか言ったら、俺は、お前にも話を聞かなければならなくなる」
一瞬だが久蔵の顔が青ざめたのを、頼方は見逃さなかった。
「その時に、お前から俺が借りを作っていれば、多少、手心を加えることもできるだろう。そういう意味だ」
久蔵がしばらく神妙な表情で頼方を見詰めたが、やがて、ゆっくりと頷いた。
「わかりぁした」
久蔵が肩を落としながら、力無くフウと息を吐く。
「・・で、あっしは何をすれば良いのでしょう」
頼方がやや顔を下げ、上目使いに久蔵を見た。
「五十両ばかり、貸してくれ」
久蔵がポカンと口を開けた。
「はあ?」
何処かで猫が鳴いている。




