十一
奉行所の詮議の間では、奉行の頼方を中心に話が進んでいる。
神宮により、住吉が自白した内容と市松を知る者の話が報告され、間部瀬により若菜が述べた事が語られた。
頼方が大きく頷いた。
「なるほど、これで、どうやら話が繋がったな。皆、ご苦労だった」
「住吉の供述と若菜の話は、ほぼ一致しますので、間違いないと見て良いでしょう。それに、市松の悪評からすると、有り得る話ですね。念の為、下総の方にも確認をとりますか」
筆頭与力の成瀬が顔を向けると、頼方が首を振った。
「いや、もう良いだろう」
頼方が煙草盆に手を伸ばす。
「一応、今夜、酢天狗から検死の結果を聞くが、大きく影響するような変わった事がなければ、これで終了だな。そうなると、結論としては、市松に騙された若菜とその父親の恨みを、代わりに、若菜を思う住吉が晴らしたという構図だな」
成瀬が頷きながらも、渋い顔をした。
「そういう事ですが、住吉が市松を殺す理由として、それは通りますかねぇ」
神宮が怪訝な顔で成瀬を見た。
「あの、むしろ、自然な感情ではないでしょうか。住吉の気持ちからは、惚れた女の為にどんな事でもする、という覚悟が感じられました」
成瀬が神宮を睨んだ。
「それを、奉行所が納得して良いのか、ということだ。気持ちが分かるのと、人を殺すまでの因果は別だ」
神宮が肩を落として下を向くと、間部瀬が口を挟む。
「あのう・・、そうすると、他の理由で殺したと・・」
成瀬が、力が抜けるようにガクッとなった。
「いや・・、だから、実際そうであったとしても、そんな事は、殺しの理由にはならないだろう。住吉が、市松に何かされた訳ではない」
間部瀬がポカンとする。
頼方が右手をあげて会話を遮った。
「もう良い。要するに、これは理不尽な理由による殺しとなる。住吉自身は、市松とは何の関係も無く、従って恨みもない。単に、惚れた女が恨んでいたというだけだ。その思いを受けついで、殺しに至ったことになる」
成瀬が頷く。
「その女が、住吉に、殺しを唆したということにもなりますな」
頼方が煙管に煙草を詰めながら成瀬を見た。
「実際のところ、そうだろう」
「であるなら、女も、何のお咎めもなし、という訳には行かなくなります」
「まあ・・、そうなるか・・」
頼方が煙草に火をつけると、その香りが部屋に広がった。
間部瀬が戸惑ったように上目遣いに神宮を見て小声で聞いた。
「あのう、そうすると、結局は、どうなるのでしょうか・・」
神宮が力無くフウと息を吐いた。
「同情の余地が無くなる。つまり、厳しい沙汰にならざるを得ない。両名ともに」
頼方が吸い込んだ煙草の煙を鼻からゆっくりと吐き出した。
「そりゃあ、その女の気持ちも、住吉の気持ちも分かる。市松を殺そうと思う気持ちも当然だろう。だがな、そうした「気持ち」だけでは世の中は治まらない。むしろ、感情が対立して、揉め事が大きくなるだけだ」
成瀬が頷いた。
「感情だけの理屈は脆い。結局は、あいつがそう言っても俺はそうは思わない、という水掛け論になる。だから、奉行所としては誰もが納得する理屈が必要となる。皆が、なるほど最もだという道理だ。役人が、感情に流されてはいけない」
頼方が煙管をポンと灰落としの淵に当て、灰を落とした。
「酢天狗の話の内容はまだわからないが、どういう検死結果にせよ、事件の構図が変わるとも思えないな。おい、あるる、そういう結論となれば、こりゃあ、久蔵は追及出来そうにないなぁ」
「はあ、今回は、そっち界隈の揉め事ではありませんので・・」
神宮が難しい顔をして頷くと、成瀬が口を挟む。
「まあ、仮にそうであったとしても、簡単に捕まるような相手ではありませんからね。何しろ、こちらの手の内を、全て知り尽くしていますので」
頼方が腕を組んで、口を真一文字に結んだ。
「気に食わないな」
成瀬が顔を向ける。
「久蔵が、ですか」
頼方が成瀬を見ながら頷く。
「そうだよ。あの野郎だ。引退した岡引が余生を静かに過ごすような温和な顔をしながら、裏ではあの界隈を束ねている。しかも、決して表に出ないで、甘い汁を吸いやがって」
成瀬が上体を起こして頷いた。
「まあ、甘い汁と言えばそうなのでしょうが、あいつは、束ねる連中からそれほど高額な金は取っていないようです。何かを教えた際の、ほんの謝礼程度らしいです」
「そのやり方が、巧妙さが、憎たらしいのだ。仲間の不満も、揉め事も起こらないようないやらしい方法を考えるずる賢さが、何とも癪に触る」
頼方がイライラするように、又、煙管に煙草を詰めた。それを成瀬が覚めた目で見る。
「まあ、少額とはいえ、束ねれば、それなりに結構な額になりますからねぇ」
「額が多いか少ないかではない。聞かれたら教えるという体裁だが、実質は指示をして、役人の裏をかき、その界隈を支配しているだろう」
頼方が火鉢を引き寄せた。成瀬が頷く。
「確かに、そういう見方も出来ます。まあ、実態はそうなのでしょう。とはいえ、ご禁制の事をしていていなければ、流石に咎められませんよ」
「だから、それが頭にくる。今度何かあったら、ただじゃおかんぞ、あの野郎」
頼方が煙草に火をつけると、成瀬が頼方を宥めるように右手を挙げた。
「奉行、役人が感情に流されてはいけない、とさっき言ったばかりですよ」
頼方が鼻から煙を吐きながら、すました顔で周囲を見回す。
「何事にも、例外はあるものだ」
成瀬が力無く首を振ると、神宮と間部瀬が戸惑ったように顔を見合わせる。
何処かで猫が鳴いている。




