表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/48

第46話 英雄と累との再契約③

 激突する「矛盾の刃」と「裁きの剣」。

その均衡を破ったのは、律の肉体から溢れ出した、血よりも濃い「言葉の泥」だった。


「……ぐ、ぅ……あぁぁぁ!!」


律の右腕はすでに感覚を喪失し、白紙化の浸食は肩を越えて胸元にまで達している。存在が削られていく激痛。だが、律はその痛みを笑うかのように、さらに深く堂々の剣を押し返した。


律の背後、ノイズの光に触れた群衆の中から、小さな、しかし確かな変化が起き始めていた。

怪異に変じかけていた人々が、その「醜い欲望」を、再び自分の声として叫び始めたのだ。


「死にたくねぇ……!」

「まだ、あいつに謝ってねぇんだよ!」

「全部壊れちまえ、だけど俺は生きていたい……!」


それは組織が定義する「正しい物語」には決して記述されない、無様で非論理的な生存本能の叫び。その膨大なノイズが、律という「依代」を中継地点として、一つの巨大な奔流となって堂々廻へと叩きつけられる。


「……馬鹿な。このゴミのような情報の羅列が、法の記述を……押し返しているというのか……!?」


堂々の仮面が、律の放つノイズに耐えきれずピシリとひびが入る。

律は血走った瞳を堂々に固定し、一歩、また一歩と、法の剣を押し戻しながら前進する。


「堂々……あんたの法には、一つだけ足りないものがある。……それは『責任』なんかじゃない。……明日への『悪足掻き』だ!!」


「黙れ、不法占拠者……!!」


堂々がさらなる『大剥奪』の力を強制徴収しようとしたその時。

律の影の中から、累がその実体を半分だけ現した。少年の姿をした神霊は、律の心臓の鼓動に合わせるように、黄金の波動を極限まで圧縮する。


「――累! これが、俺たちの『再契約』だ!!」


律が叫ぶ。

これまでの「依代」と「神霊」という、支配と被支配の関係ではない。

「不法な存在」である律が、「正当な神」である累の力を、自分という器を壊しながら現世に引きずり出す。それは組織の回収リストにあるあらゆる項目の上から、真っ赤なインクで「生存」と書き込む暴挙。


「応よ、律!! オマエという泥棒が盗んだ命……オレが最高の価値に変えてやる!!」


律の矛盾の刃が、累の黄金を吸い込み、漆黒から「虹色の極光」へと変化した。

それは世界に存在するあらゆる「正論」を、一瞬で「未確定の可能性」へと分解する、究極の論理崩壊。


「術式・二律背反――『英雄への葬送レクイエム・フォー・ヒーロー』!!」


律の刃が、堂々の裁きの剣を真っ二つに叩き割った。

粉砕された法典の影。飛び散る文字の礫。

その中心を、律の拳が突き抜ける。


「……っ、が……っ!?」


堂々の腹部に、律の白紙化した拳がめり込んだ。

衝撃波が新宿の空を覆っていた文字の雲を一掃し、一瞬だけ、灰色の空に月光が差し込む。


堂々廻の仮面が完全に砕け散った。

その下から現れたのは、無機質な執行者の顔ではない。

かつて律が青年の体を盗んだあの日、同じように雨の中で何かを失った、一人の男の「苦悩」の表情だった。


「……堂々。あんたも……組織の法に、縛られているだけなんじゃないのか」


律の声は、もはや怒りに震えてはいなかった。

ただ、同じ「不自由な世界」を生きる者としての、静かな同情さえ混じっていた。


堂々は血を吐きながら、力なく膝をつく。

彼が守っていた「正義」という名の檻が、律という矛盾によって、今まさに解呪されようとしていた。


だが、その代償は非情だった。

堂々を撃退した瞬間、律の身体を支えていた無理な論理が解け、白紙化の浸食が一気に全身へと広がった。


「……あ……、累……」


視界が真っ白に染まる。

累の手を握っている感覚さえ、砂のように崩れていく。

律は崩れ落ちる意識の中で、雨の向こうから近づいてくる、あの男の足音を聞いた。


黒いコート。黒い記号。

全ての始まり、そして全ての終わりの鍵を握る男――「ワニ」が、ついに沈黙を破る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ