08-心と体の回復
目を覚ましたとき、私はどこにいるのかが一瞬わからなかった。
陽の光が藁の隙間をすり抜けてきており、どこか遠くで鳥が鳴いているのが聞こえ、現実感が揺らいでしまった。
(よく寝た……身体痛い……何時だろう)
ゆっくりと空腹と喉の代わりを覚え始め、次第に意識が覚醒し始めた。
生きている。
しかしその事実が妙に気持ちに重い蓋をしているようだ。
藁の山から這い出すと、木窓の隙間から陽が差し込んでおり、小屋の内部を照らしていた。
(もしかして丸1日寝てしまった……の?)
確かこの小屋に来たときも明け方だったのに、差し込んでくる光はまるで夜が明けたばかりのようだった。
「でも……よく寝たわ」
私はぐっと背伸びをし、身体中の痛みを我慢する。
そして小屋を改めて見渡すと、昨日はただ倒れ込んだだけで気づかなかったが、壁際に縄が張られており、そこに干し肉が一切れ吊るされているのが見えた。
誰かが残していったわずかな備えだろう。
近づいて指先で触れると、表面は乾ききっており硬くなりカビが浮いていた。
ずいぶん長い時間、ここに吊るされていたのだろう。
傍らに立てかけられていた斧を手に取り、刃先で干し肉の表面を慎重に削ると、薄く剥がれた繊維がぱらりと落ちた。
それを拾い、口に入れる。
途端に乾いた舌に塩気がじわりと広がる。
噛むたびに唾液が溢れ出て、ふやけた頃にようやく喉を通した。
ほんの少しの量なのに、お腹が熱くなるのがわかった。
「美味しい……でも喉乾いた」
干し肉の塩分のせいで、思い出したかのように身体が水を欲し出した。
雨水でも集めて飲もうと思った時、外から水音が聞こえた。
昨夜は雨音に紛れていたのだろう。
小屋の裏手だろうか、近くを流れる沢の音が静かに響いていた。
「み、水……」
立ち上がり扉の内側で立ち止まり、魔力を薄く流して周囲の気配を探った。
あたりには人の存在はおろか、動物の気配もない。
「だっ、誰もいない……よね」
私は扉を押し開けて外へ出て、水音のする方へと急いだ。
――――――――――――――――――――――
ゆっくりと流れる沢の水は思ってた以上に澄んでいた。
私はしばらく水面を見つめたあと、ゆっくりと足を浸す。
冷たい……それでも身体にまとわりついている泥と血を流せる思えば、その冷たささえ救いに思えた。
「はぁぁ〜冷たぁぁ……でも気持ちいいっ……!」
身を屈めて水を両手で掬い顔を洗った。
頭をじゃぼんと水面につけて髪から肩に水をつける。
泥が落ち、あちこちについた乾いた血が溶け川面に薄く広がっていく。
少し深いところへと進み、頭まで潜った。
水の中で目を開けると、光が揺れて小さな魚が泳いでいるのも見えた。
何度も水を飲み喉を潤し、お腹が痛むほど浴びるように水を飲んだのだった。
――――――――――――――――――――――
「はー……生き返った……」
身体が凍えないよう早足で小屋に戻ると、窓際に絡みついていた蔦が目に入った。
(あの蔦で罠作れるかな……?)
蔦を引きはがして指先で編んでみる。
記憶の断片。
画面越しに見ただけの知識で、まったく頼りないが、食べ物を手に入れるためにはやるしかない。
蔦を網状に組み上げきれたのは、日がてっぺんを超える頃だった。
削った干し肉の破片をかごの中へ放り込むと、沢の浅瀬へ沈め上から石で押さえた。
「これで良し……」
今から火を起こすべきか、一瞬迷う。
魚や干し肉を炙れば、まともな食事にありつくことができる。
だが火の煙は遠くまで届くし、臭いも漂う。
まだ追手が完全に諦めたとは思えない。
「……あたりを確認しにいこうかな」
まだ明るいうちに……と、小屋を見回し、壁に掛けられていた外套を見つけた。
粗末な作りだが、乾いており身体を隠すには十分だ。
私はその外套を素肌に直接羽織り、足には先日脱ぎ捨てていた布を割いて巻きつけた。
ボロ布の内側から例の兵士に書かせたメモが出てきたので、広げて乾かしておく。
「よしっ……」
周囲を探るように森へでた。
木々の並びや地形、遠くに見える山の稜線。
屋敷から見ていたものと随分と違って見える。
北側の森を越えた先の小山を超えた辺りではないかという気がする。
仮にそうなら屋敷からはかなり距離はあり、簡単には見つからない場所でもある。
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あたりの森を簡単に見て周り、人や魔獣の気配がないことを確認して小屋へ戻った。
罠は明日の朝に確認することにした。
私は昨日と同じように藁の山に身を沈めた。
昨夜の泥と錆の匂いとは違う、優しい藁の香りを感じながら目を閉じた。
今日も生き延びた。先のことは何も決まっていないが、まずは生きれた。
その事実だけを受け入れ、私は眠りに落ちたのだった。
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2日目の朝、恐る恐る罠を引き上げると、小さな魚が2匹かかっていた。
銀色の腹が光り、尾がピクピクと跳ねる。
その動きがあまりにも生々しく、しばらく見つめたまま動けなかった。
「これ、殺すんだよね……」
頭ではわかっているのだが、手がなかなか首を折れなかった。
ようやく石で頭を叩き、魚の動きが止まったとき、喉の奥に熱いものが込み上げた。
吐きはしなかったが、しばらく沢に手を浸し続けた。
何度か悩んだが、結局火は起こさなかった。
煙で追っ手にバレるのが怖いという恐怖が上回ったのだ。
古い斧でなんとか魚の腹を裂き、内臓を取り除き、生のまま口へ運んだ。
血の味が広がり、歯の間に小骨が絡む。
飲み込むたびに喉が拒否しようとするが、刺身だと言い聞かせ干し肉のかけらの塩分と共に流し込んだ。
生き延びるための食事は、美味である必要がないことを学んだ気がする。
次話→明日20時頃投稿予定です
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