07-眠れる場所
やがて通路は少しずつ広がってきた。
ついに膝を立てられる高さになり、そして立てるぐらいまで天井が高くなった。
壁に手をつき立ち上がると、小さな空間が見えた。
淡く光苔が生えている岩の隅に、木の実が山のように積まれているのが見えた。
乾いた殻……噛み跡のあるものもある。
(……栗鼠?)
だが、何が集めた食料なのかを深く考える余裕はなかった。
私はどんぐりのような木の実をひとつ掴み、殻ごと噛み砕いた。
苦みと渋みが口の中に広がり、喉が飲み込むことを拒む。
それでも私は涙を浮かべながら飲み込んだ。
2つ……3つ……。
噛み砕き嚥下し、吐き気が込み上げても胃酸と一緒に押し込んだ。
木の実の下には、真白く太い幼虫が見えた。
私はしばらくソレを眺めていたが、躊躇した時間は短かかった。
目を閉じて何かの幼虫を口に入れた。
歯が触れ、弾力が潰れ、どろっとした感触と苦味が口に広がり吐き出しそうになるが、手で口を塞ぎ飲み込んだ。
胃が動き、身体がわずかに熱を取り戻したのがわかった。
――――――――――――――――――――――
そこから通路の先へ少し進み、座り込み、壁に背を預けて短く眠りに落ちる。
夢は見ない。
再び歩き出す。
通路の先は緩やかに傾斜しており、足裏に触れる土の感触が少しずつ変わっていくのがわかった。
湿り気が減っていき、代わりに小石が混じっているのがわかった。
天井はところどころ低くなっているが背を丸めたり、首を傾けたりしながら進める高さだった。
だか、突然前方に壁が現れた。
岩ではなく土だが、触れてみると硬く削れるような土壁ではなかった。
私は足を止めた。
(行き止ま……り……?)
膝の力が抜け、崩れ落ちてしまった。
ここまで来てまた閉じ込められるのかと、喉がひくりと鳴り、涙がこぼれ頬の土汚れを湿らせた。
だが顔を上げ周りを見回した時、土壁の上方がわずかに明るいことに気づいた。
薄く灰色の輪郭が見えたのだった。
私はそっと近づき指で土に触れると、削れるように柔らかかった。
根が絡んだ土で、上から水が染み込んでいた。
残り少ない魔力を流してみると、この向こうにとてつもなく広い空間があるのがわかった。
広い……風がある……。
(っ、地上……!?)
私は両手で土を押し上げ、爪の間に土が入り込むのも気にせず根を千切り、塊を洞窟内へと落としていく。
不意に隙間から冷たい空気が流れ込んだ。
湿った森の匂い……腐葉土と苔、それに雨上がりの森の匂いだ。
(外だ……!)
肩をねじ込み、土の天井を身体で押し上げた。
背中と胸がが引っかかる息を止め、肋骨を縮めるようにして、もう一度押す。
突然……視界が開けた。
地面に転がり出たとき、まだ青白く夜と朝の境目の色が目に飛び込んできた。
森は静まり返っており、枝先から雫が落ちる音だけが響く。
見覚えはない場所だ。
だが城の外だということだけは分かる。
私は泥だらけの身体のまま柔らかな草地に倒れ込むと、しばらくそのまま仰向けで空を見上げた。
雲の切れ間から淡い光が差しているのが見えた。
――――――――――――――――――――――
身体を起こすと小さな沢が見えたがその横に小さな建物が見えた。
丸太で組まれた壁に苔むした屋根と低い煙突。
猟師小屋だろうか。
ゆっくり立ち上がると、足裏が焼けるように痛むが、それでも一歩ずつなるべく音を立てずに小山へと近づいた。
……煙はない。
軒先の薪は濡れて黒くなっていいるが、扉前の木板に新しい足跡はないようだった。
地面は昨夜の雨で泥地になっていたが、誰も踏み込んだような形跡がない。
(使われていない……)
そっと扉に手をかけ力を込めて押すと、木の軋む音が森に響いた。
中は暗く、空いた扉から差し込んだ光でようやく見える程度だった。
簡素な寝台と思われるモノがひとつ。
壁際に干しされた飼い葉の束。
それに隅に古い桶と鍋が転がっており、暖炉は冷え切った灰が広がっていた。
(……誰もいない)
少なくとも数日は誰もきていないようだ。
誰もいないとわかっているが、扉に閂をかけ室内を見回し、胸と腰に巻き付けていた泥まみれの布をほどいた。
水と泥を吸い、重くなった布が床に落ち、その音がやけに大きく響いた。
私は裸足で藁に近づくと、無言で指先で触れてみた。
藁は奥の方まで乾いており、わずかに温もりが残っているような錯覚を覚えた。
そしてそのまま身体を沈めると、藁が軋み背中を受け止めてくれる。
(寒くない……暖かい)
それだけで氷が張っていたような胸の奥が温かくなり、身体の震えがゆっくりと収まっていった。
外で鳥が鳴き始めて空が少しずつ明るくなっていくが、瞼が容赦なく重くなる。
今度は土でも泥でもなく、乾いた藁の上で眠れる。
そう思った頃には意識は沈み、深い眠りへ落ちていったのだった。
次話→明日20時頃投稿予定です
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