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06-森から地の底へ

 どれほど気絶したのか分からない。



 目が覚めると誰かに助けられていた……なんて夢物語は存在しない。



 頬に当たる感触が変わったことで、目が開いた。

 雨が止んでおり、木の葉に溜まった重い雨が頬に当たっていた。


 雲の切れ間から、淡い朝日が差し込んでおり朝が来てしまったことに気づいた。



 ……生きている。



 まずそれだけで、胸がわずかに上下した。


 起き上がろうとして、地面が……手のひらの下に空洞があることに気づいた。

 無意識に魔力を流してしまったようだ。


(……洞窟?)


 痛む身体を引きずり周囲を探ると、古木の根元が大きく抉れているのが見えた。


 その奥に暗い穴が口を開けており、魔力でたどると地面の下にある小さな洞窟は続いているのがわかった。



 魔獣の巣かもしれない。

 それでもここで倒れていれば次は目を覚まさない。



 私は大木の根に空いた穴へと身体を滑り込ませた。


 ――――――――――――――――――――――


 内部は思ったよりも広く、光苔が岩肌に淡く光を灯していた。

 湿度がすごくジメジメしているが外よりはましだ。


 期待を持って奥へ進むが、すぐに行き止まりだった。

 丸くえぐられた地面。


 まるで熊が寝床にしていたような形だが、獣の気配はなく、匂いも薄い。



(ここなら……少しだけ)



 私は壁に背を預けるた。

 身体が自分のものではないように重く、指先の感覚は全く無い。


 しかしまぶたは直ぐに落ち、遠くで聞こえる森の音だけを耳に残し、泥のように眠りに落ちた。


 ――――――――――――――――――――――


 地面の下にぽっかり空いた洞窟の奥で目を覚ましたとき、最初に戻ってきた感覚は冷えだった。


 背中に触れている岩の湿り気ではなく、身体の内側からの震えのようなもの。



 眠ったはずなのに……休めたという実感が全く無い。

 その時、外から……私が転がり落ちてきた通路の先から薄らと声がした。



 近い……洞窟の入り口に近い位置だと気づき、鼓動が速くなる。

 低い男の声が2つ、雨音の残りと混じって届いてきた。



「……森のどこかにいるはずだ」

「捕まえたら好きにしていいってよ。どうせ最後は殺すんだ」


 喉の奥がひりついた。


「早い者勝ちだとさ。あんな上玉、そうそういねえ」

「わかる。先輩、つぎは俺に最初に使わせて下さいよ」


「あぁ? だめに決まってるだろ。最初に口のほう使わせてやるからそれで我慢してろ」



 笑い声と靴で泥を蹴る音が混ざり、鎖の擦れるような金属音が響く。



 私は恐怖め息を止め、呼吸の音すら聞こえてしまうような気がして息を潜めた。

 鼓動だけ耳の内側で響き続ける。


(捕まったら……)


 想像しないようにしていたことが、具体的な内容で頭に残る。

 処刑より前に汚され、犯されて殺される。


 その言葉が身体の内側で冷たく広がった。

 そして何人もの足音が近づいては止まり、また遠ざかる。


 犬の低い唸りも混じり始めた。


 ――――――――――――――――――――――


 どれぐらい経っただろう。


 すっかり声も気配も薄れ、あたりは雨上がりの静寂に戻った。

 でも、それでも私はすぐには動けなかった。



(……怖い……助けて……お母さん)



 洞窟の奥で膝を抱えたまま、長い時間、私は呼吸だけを数えていた。


(外に出たら、これで終わりかもしれない)


 恐怖で足が縛られているようだった。



 だが腹の奥が絞られるように痛み、空腹を感じさせる。

 脱走する前に口にした水のようなスープ以来、何も口にしていない。



 洞窟の天井から水滴が落ち、その音がやけに大きく響いた。



 私はのそのそと顔を上げ、滴る水を舌で受けた。

 土の味がするが冷たい。



 それでも喉へと落ちるだけで、身体は少しだけ生き返っていく気がする。

 だが……これではもたない。今日か、明日か……。




(このままここにいれば、追手より先に飢える)




 私は気持ちを落ち着かせ、目を閉じて微量の魔力を流した。


 あたりの土壁を調べると、洞窟の奥の行き止まりだと思っていた土壁の向こうに、わずかな空気の動きを感じた。




(抜け道がある……っ!?)




 私は四つん這いで這い寄り、指先で土を押すと確かに柔らかかった。


 天井に絡みついている根の一部を折り、尖らせて掘り始めた。

 爪が剥がれかけ、土が入り込みズキっとした痛みがあったが歯を食いしばり掘り続けた。



 崩れた土が口に入るが、ペッと吐き出し、掘る。

 ある程度掘ると崩れた土を掻き出した。



 やがて、そこには肩が通るほどの空間が生まれていた。

 腹を地面に擦りつけ、身体を押し込んでみる。



(ぐっ……胸が……いた……いっ)



 背中が引っかかり、息が詰まりそうになる。

 エレオノーラの女性らしい身体に恨み節をぶつけながら身体を押し入れていく。



(これは……戻れない)



 前に進むしかない、モグラの巣穴のような土穴を這っていくる決意をし、奥へ奥へと邪魔な土をどけながら進む。


 土の匂いが濃くなり辺りが闇に覆われてしまう。

 頬に触れる土の冷たさだけが、ここを土の中だと思い知らさせてくれる。


 ――――――――――――――――――――――


 胸と腹を地面に擦りつけたまま、四つん這いで進む。

 進むたびに背中が土に擦れ、崩れた土が首筋から中胸布の中へと入り込む。


 どれくらい進んだのか分からない。

 1時間か、それとも数分か……そもそも朝なのか、夜なのか……時間の感覚が曖昧になっている。



 通路は狭いままで、腕を伸ばすとすぐに土壁にぶつかる。指先に触れる柔らかい土を掘り避けて進む。


 顔を上げることができず、首を少し持ち上げるだけで天井に頭が当たる。




(このまま行き止まりだったら……)




 胸が締めつけられる。

 もし先が塞がっていたら、もう戻ることもできない。


 体を反転させる余裕がなく、このまま土に押し潰され、暗闇の中で息が尽きて終わりだ。


 呼吸が浅くなる。

 空気が足りない気がしてきて喉が焼ける。



 泣き喚きながら『ここから出して』と叫びたくなるが、私は必死に指先で土を掻き膝を押し出し続けた。



 腕の力で身体を引きずり、爪はすでに割れている。根の破片が皮膚に食い込みどこに傷があり、どこが痛いのかもうわからない。



 そして背後で小さな崩落音がした気がして、身体が強張る。


 振り向くことはできない……見ることもできず、ただ前に進む以外の選択肢が与えられていない。



(進むしかない)



 1時間ほど、進んだだろうか。

 腕が震えて肩が抜けそうになり、太ももの感覚が薄れていく。



 もうだめかと心が折れかけたとき、前方の土の質が変わったのがわかった。


 土の硬さがさらに柔らかくなり、空気がわずかに動いているのがわかった。

 さらに少し進むと、急に天井が高くなった。


 ――――――――――――――――――――――


 膝を立て、背が伸ばせる……背筋が伸びる。

 土の圧迫が消えて頭上に空間が生まれた。


 嬉しさと開放感で、私はしばらくその場でうずくまった。



 そして胸いっぱいに空気を吸い込む。

 湿ってはいるが、さっきまでの閉塞した匂いではなかった。



(……生きてるっ、私、生きてる……)



 暗闇の中でも、空間があるというだけで身体が軽くなるのがわかった。



 さきほどまでの圧迫感が嘘のように無くなり、膝の震えが治ったがまだ油断はできない。


 真っ暗な地面の下にいるという事実は変わらないのだが、ほんのわずかに希望という言葉に似た感覚が胸の奥で灯った。


次話→明日20時頃投稿予定です

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