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05-土砂降りの雨は希望も流していく

 貴族用の脱出通路を抜け、狭い階段を登り天井の石蓋を押し上げた瞬間、雨音が全身に降りかかった。



 外は土砂降りだった。



 目の前に広がる夜の森は黒く、輪郭が見えないほどの雨。



 城の裏手……狩り場に続く森の縁だと分かった。

 父が魔獣を追いながら、倒れて血を流して笑っていた記憶が蘇ってきた。


 冷たい雨が胸を縛る布を叩き、腰に巻いたぼろ布は直ぐに重くなった。

 素足が泥に沈み指の間に土が入り込んでくる。


(猟師小屋……森の奥の……確か北の沢の近く)


 2人分の記憶からエレオノーラの記憶を引きずり出す。

 幼いころ馬車で通った山道に……なんとか方向だけは分かる。



 私は土砂降りの中、走りはじめた。



 というより、前へと崩れ落ちながら、次の一歩でどうにか体勢を繋いでいるだけという表現の方が正しいだろう。



 濡れた葉が視界を横切り、細い枝が足に絡みつくように容赦なく脛を鋭く打ちつけてくる。


 脛を弾かれた痛みが遅れて熱に変わり、そこが裂けたのだと気づくころには、もう次の一歩を踏み出していた。



 ――――――――――――――――――――――



 無我夢中。


 外に出られた感動より、一歩でも遠くへ――屋敷から遠ざかる。

 その一心で足を動かした。



 足裏に硬い感触がして、それが石だと理解するより先に、足裏で何かが破れてぬるりとした感覚が広がった。



 だが雨がそれを洗い流し、自分の血か泥水か別のものが流れ落ちているのか判別する余裕はない。



(ぐっ……痛い……寒い……やだ……死にたくない……)



 森の奥から低い唸りが聞こえた。


 風が木々を擦る音か、魔獣の遠吠えかわからない……確かめるために振り向くという選択肢が、頭に浮かばない。




 どちらであっても意味は同じだ……足を止めれば私の人生は終わる。



 追手が来て殺されるかもしれない。

 殺されなくても乱暴をされて、ボロボロになった挙句処刑されるかもしれない。

 犬が放たれ噛み殺されるかもしれない。

 あの看守が恐怖に負けて口を割るかもしれない。



 考えは途切れず湧くが、身体はそれより先に動き、思考が追いつく前に、足だけが森をかき分け続ける。

 雨の冷たさのためか、自分が冷えているのか分からないが、息が白くなり喉の奥が焼けるように痛くなる。


 肺がひりついて吸い込む空気が刃物のように気道を撫でていく。



(猟師小屋……あそこまで行けば、屋根がある。壁がある。ほんの少しだけでも横になれる)



 その想像だけを頼りに、目に見えない道を辿り続けた。


 ――――――――――――――――――――――


 突然、足先が固い根に絡め取られ、身体が前へ投げ出された。



 顔から地面に落ち、泥水が口に入り、鼻の奥にまで流れ込んだ。

 咳き込みながら吐き出すと黒い血が胃酸と共に吐き出された。



 立ち上がるというより、膝と掌で地面を押して、無理やり身体を引き起こした。



 足裏の感覚はもう無い。


 痛みも消えたわけではなく、痛みを感じる余地がなくなっただけだと、どこか冷静な部分が告げていた。



 ふと森の色が変わり始めた。

 夜の黒色が、少しずつ灰色へと変化しており、東の空が薄く滲んでいた。



(まだ暗い……まだ大丈夫……まだ間に合う)



 そう思った瞬間、足が前へ出なかった。



 意思とは無関係に膝が折れ、骨が無くなったかのように力が消え、身体が崩れ、地面に沈みこんだ。


 口や鼻に飛び込んできた泥水を吐き出す力はもう残っていなかった。


(まだ……)


 唇がわずかに動くが声は出ない……。

 起き上がらなければ。



 ここで止まると本当に終わる。

 分かっているのに、腕が上がらない。



 視界の端が暗くなり、雨音が遠ざかっていく。

 私が最後に見えたのは、濡れた土の色だった。



 そしてそのまま、私の意識は静かに途切れた


次話→明日20時頃投稿予定です

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