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02-脱獄の決意

 その夜。

 定期的にやってくる見回りの松明の火が遠ざかったのを確認してから、壁際に這い寄った。



 鎖の届く範囲を測り、寝台の真横にある石の継ぎ目を指先でなぞる。


 硬くなった砂を削ると同時に爪も削れる。

 指先の皮膚が剥け、血がにじんでくる。


(痛い……でも、殺されるよりまし)


 私は寝台をずらして、床に落ちている少し尖った石片を見つけ、それを使い寝台の足と台を繋いでいる鋳造釘を抜こうと試みる。


(硬……っ……痛……)


 指先に血が滲んでも気にせず、てこの原理手間釘を抜こうとし続け、次に看守が来る前までに終わらせることはできた。


 穴には石片を詰めたところで再び看守が来る音。

 私は寝台を壊さぬようそっと上り、寝ているふりをする。


 看守は牢の向こうから視線を私の身体へ沿わせ、たっぷり数分、私が寝ているのを確認しているのか、他の用事なのか知らないが戻って行った。



(怖かった……牢を開けて入ってこられたら……無理……怖い……)



 そんな恐怖に耐えながら、私は錆びた釘で寝台横の石を削り始めた。


――――――――――――――――――――――



 定期的に看守が来る雰囲気がするたびに、削った石壁を隠すよう壁に近づいて横になった。


 削った跡を身体で隠して、眠るふりをする。


 そんな私を看守が覗き込むのを感じながら私は平静を装い呼吸を整える。


(バレないで……入ってきませんように)


 そんな祈りを捧げていると足音が去っていく。



 翌日も、その翌日も、同じように壁を削る。



 食事のスープに骨の欠片を見つけたので、念のため持っておく。


 すでにいくつかの爪は割れ、手のひらは裂けおり無様なものだった。



 そんなことを続けること3日目の夜。


 ほとんど眠れない一日を過ごしており、そろそろ倒れそうだと思ったころ、ようやく……突然石が一つ外れたのだった。


(外れた!)


 思っていた通り、外れた石の向こうに空間があり水音が聞こえていた。


 私は躊躇しながらもその穴へと腕を突っ込むと、冷たい水が指に触れた。


(あった……けど)


 それはやはり上の……いずれかの階から不要な水を流しているのであろう排水路。





 私は釘を使い無心で石の隙間を広げていった。



 指先に血が混じり痛みで視界が白くなるが、それでも止めるわけにはいかない。


 吊るされる……ここで止まるわけにはいかない。


 3日ほど掘り続けたあたりで、石が崩れ落ち狭い隙間ができた。



 私はその穴へと足から身体を押し込むと、肩が擦れ皮膚が削れ、流れているであろう汚水が口に入り、急激に吐き気が襲ってくる。



(汚いとか……どうでもいい……っ!)



 排水路は少し斜めになっており、這いつくばれば何とか進めそうな感じがした。



 金髪が汚水に沈み、鎖が壁に引っかかった。


 私は一旦牢へと戻り、ぼろ布も使い、穴を隠して横になった。


(経路はできた……あとは)


 私は、自分を拘束する枷に視線を向けたのだった。



――――――――――――――――――――――



(痛い……ジクジクいたい……)


 手首と足首に付けられた古い枷を、釘を使いながら無理やり外した。


 おかげで手首と足首が血だらけだったが、ちぎったぼろ布をギュッと巻きつけた。


 食事からの時間を考えると、おそらく深夜に近い。


(水音が多い……)


 地下水路から、屋敷の裏にある池へ流しているのであろう壁向こうの水路。


 その水音が数刻前からやけにうるさく聞こえてくるのだった。


(雨が降っているはず……だとしたら)


 ここに留まっていても、徐々に体力と精神力が削れ3日後には殺されてしまう。



(行くしかない)



 私は細い釘を握り、長い金髪を片手で束ねて釘の尖りで髪をこじるようにして削り切った。


 切るというより引き裂くように千切り、髪先がボロボロになるが気にせず黙々と続けた。



 髪の長さが半分ほどになり、床に落ちた髪は寝台の稾で簡単に縛った。そしてボロ布で寝台の上に人の形を作り髪だけを出して横たわり寝ているように見せる。



(半日は稼ぎたい……けど)



 懸念点は、毎回私の体を舐め回すように視線を這わしていた看守だ。


 布団にくるまっていると諦めてくれるだろうか。


 私はそんなことを考えながら、裸同然の身体に残ったボロ布を巻き付けた。


 胸と腰を覆うだけで意味はないが、ただ気持ちの問題だ。



――――――――――――――――――――――



石壁の穴へ膝を差し込み、足先に冷たい水の感触……石壁で肩が擦れ皮膚が削れた。

そして完全に排水路へと降りると、泥水と汚水が一気に身体を包む。臭いが強く口を閉じ息を止めて目を細める。

(滑らないように……)

排水路の天井は低く四つん這いで進むしかない。流れてくる水が増えていため、流れに逆らいながら進む。

手首の傷が水に触れ、ひどく沁みるが震える腕を押さえて、天井に頭をぶつけながらも進む。

いつの間にか唇を切ったのか、血の味がする。


――――――――――――――――――――――


 体感で10分ぐらいだろうか、やがて流れが緩やかになり、石壁の隙間から、かすかな光が差し込んでいるのが見えた。


 そして天井部分に格子が見えた。

 おそらく床に開いた排水用の格子だろう。



 そっと近づき人の気配がないことを確認し、手で格子を押し上げると重い金属が擦れる音と共に隙間が空いた。



 そこへ身体を押し出すと転がるように床へ出た。



 はぁはぁと息を吐くが胸が焼ける気がする。

 全身が泥と汚水で塗れており、ひどい有様だった。


(ここは……どこ?)


 そこは見たことのある地下一階にある牢ではなかった。


 石の床は乾いており、空気が違うのだ。

 妙に鼻をつく鉄の匂いが濃い。


(なにここ……)



 壁際に並ぶ木机に乱暴にまとめられた金属の器具。

 縄や刃物……見慣れない形の枷には乾いた血が黒く固まっていた。


 乾いた石床には引きずられた跡が残っており、乾いた赤が線になっているのが見えた。


(……っ!?)


 私は咄嗟に口を押さえ、机の上に散らばっている書類に目を落とした。


 乱れた文字が並んでおり、数値や図……そして人体の輪郭のようなものが書かれていた。


 読める……知らない文字なのに嫌でも読めてしまう。


(これは……)


 この部屋の主が何をしていたかは一目で分かる。



 何のためかは分からないが、ただ人を使って何かを試していたことだけは、理解できる……。




 喉が鳴り吐き気がこみ上げるのを我慢していると、遠くから重い音と共に足音が聞こえてきた。



 硬い靴が石を打つ音。



 2人いるのか、会話のようなものも聞こえ、私は慌てて身を伏せて机の影へ滑り込んだ。


裸の肌が石に貼りつき、ジリジリとした痛みを感じるが、息を止めその時を待った。



次話→この後22時頃投稿予定です

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