01-投獄された伯爵令嬢
私は壁際に水瓶があるのを見つけ、這うように近づいて水面を覗いた。
燭台の灯りに照らされ、揺れる水面に顔が映った。
淡い金の髪に青い瞳。
17か18ほどの少女の顔だった。
(この身体は……この子のもの。でも今は、私)
少し前の記憶が思い出される。
お父様の図書室で見つけたこの城……屋敷の設計図。
それを眺めたのは好奇心からだった。
知らない廊下に……謎の区画。そして地下1階からさらに下へと伸びる階段。
地下一階にある罪人を閉じ込めておく牢の存在は知っていた。
近づかないように言われていたし、私も興味を示すことはなかった。
だがその設計図に書かれていた通路は明らかに長く深かった。
そして地下1階のさらに下に階段の記載しかなく、その続きが地図に記されていなかった空白の区画。
私は……好奇心に負けて……調べに……。
そして父に見つかり……怒声……悲鳴……冷たい床……冷水……闇……。
父に見つかったところで記憶が途絶えていた。
(なぜお父様が地下に……あの地下2階は一体……それにここは……どこ)
あたりを見回すが、見たことのない石造りの牢だ。
無骨な鉄格子で区切られており、こちら側には簡素な寝台にボロボロの布。
水瓶に用を足すためだろうか……異臭を放つ壺が置かれていた。
そして壁に据えられた燭台の灯りが私の裸体を照らしていた。
身体は随分と汚れており、よく見るとあちこち傷だらけ……乱暴されたのかと思い血の気が引いたが、そういうこともなさそうで、少し気持ちが落ち着いた。
(どこなの……もしかして屋敷の? 何故お父様は私を……――っ!?)
その時、鉄格子の向こうで何者かが重い扉を開く音……そして足音が響いた。
しばらくして足音が止まると、鍵が擦れる音が響いてくる。
顔は見えないが辺境伯軍の制服を身につけた男が現れた。
男の持つランプの光に照らされた目が……視線が真っ先に私の身体をなぞる。
腕で胸元を隠そうとするが、鎖に邪魔をされる。
「目が覚めましたか、お嬢様」
「……ここは、どこでしょうか」
喉が焼けるように痛むがそれでも声を捻り出すと男は笑った。
「お嬢様は残念ながら処刑されるそうですよ」
その呼び方に胃の奥が冷えるが、その内容を頭の中で何度か復唱をして、この男が何を言ったのか理解するまで数秒を要してしまった。
「処刑のやり方、知ってるか」
そんなの知らない……私の知る必要のないものだった。
「……存じません」
「吊るすんだよ……」
――城壁の外の梁に荒縄で両腕を縛り吊るす。
――足は地面に触れるか触れないかの高さだ。
――腹か足首を浅く切るんだが、女は腿の内側だな。その方が綺麗だから。
――そして血をじわじわ抜くんだ。
――当然街の奴らは見物で押しかけてくる。
――石を投げる奴もいるが、まぁ、見せ物だな。
――ちなみに、お嬢様の処刑は七日後だ。
男は愉快そうに一方的に、気持ち悪い抑揚で淡々と言った。
「しっかし勿体ねぇ……味見ぐらい……いや最後の晩ならバレねぇか……ふへへ」
気持ちの悪い台詞をこぼしながら男の足音は遠ざかっていった。
――――――――――――――――――――――
吊るされる……見せ物のように処刑……私は足に力が入らなくなり、石床に座り込んだ。
お尻が冷たく……鎖がジャラっと音を立てる。
補足白い指先がブルブルと震え出した。
(7日……後?)
7日後に処刑される?
(お父様に?どうして?)
呼吸が浅くなり胸が締め付けられる。
だが私は泣くことはしなかった。
ずっと涙を飲み込み、泣くのを堪えた。
(泣いても何も状況は変わらない……!)
私は石壁に背を預け、手のひらで壁に触れると冷たい石の感触がしたが、そこにわずかな違和感を感じた。
壁の向こう側に空洞の気配……それに水の流れる感覚がする。
(これは私の……エレオノーラの魔法……?)
辺境伯四女のエレオノーラは、貴族の娘のくせに攻撃魔法も回復魔法も使えず、居ないものとして屋敷に半幽閉されるように生きてきた。
唯一使えるのは、透視……といっても向こうが見えるわけではなく、何があるのかを感じられる程度だった。
(ある……空洞がある感覚がするわ……)
辺境伯の屋敷の構造が浮かぶ。地下一階の牢の排水はどこへ流れるか。水は下へ行く。
(ここは……地下1階より深い……地下2階? もっと下?)
7日後……処刑されるという恐怖は消えそうにない。
人権もなく魔女狩りにあった女性のように……吊るされたまま絶命をする自分の姿を想像してしまう。
(でも……やだ死にたくない))
私はエレオノーラだけど白石凛だ。
大学生の記憶を掘り起こし、辺境伯の娘の記憶と合わせる。
設計図で見た屋敷の構造と、排水路に周囲の地形。
2つの人生が重なったまま、私は逃げ出すという結論に辿り着く。
まだ7日あるのだ。
次話→この後すぐ投稿予定です
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