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21-見習い冒険者の覚悟

 私が見習い冒険者として、この教会で仕事をするようになって3日目。


 私はやっと色々な仕事の手順を覚えていた。


 最初は桶の重さに腕が震え、井戸の滑車の扱いにも戸惑ったが、いまは無駄なく水を汲めるようになった。


 石床の拭き方も、テーブルの綺麗な拭き方、子供たちの食器の洗い方も覚えた。


(慣れた……)


 屋敷では、水を運ぶことも、床を拭くこともやったことはなかった。

 日本ではどうだったかなと思い出すが、あまり思い出せないところを考えると、大してやっていなかったのだろう。



 なるほど、人というのは環境に順応するように出来ているんだなと思う。


 朝の鐘が鳴ると子どもたちが礼拝堂へ集まり始めた。

 靴の音に椅子のきしみ、ひそひそ声がする。


「エレン、きょうはね、ここまでかけた」


 木炭で綴られた歪な文字を見せられる。

 自分のエレンという偽名がゆっくりと周囲の人たちに覚えられていく。


 水汲みをして洗濯物を干して、夕方前に取り込んで畳み、夜ご飯の用意をする。

 それぞれの作業を、担当している子どもたちと共にこなしていく。


 手は常に動いており昨日と今日は目まぐるしく時間が過ぎていった。

 初日は視線を感じるたびに肩が強張っていた。兵が入ってこないか、誰かが手配書と私を見比べていないか……気が気ではなかった。



 だが教会は目がまわるほど忙しい。



 泣く子をあやして、転んだ膝を洗ってあげる。

 誰も私の過去に興味を示さず、今の私にしか興味を示さない環境だった。



 昼過ぎシスターの人たちと短い休憩時間。


「ライゼンベルグの村は兵が増えたらしいよ」

「関で取られる税金が上がったらしいわ」

「向かいの食堂の新しい給仕が可愛らしくて」


 何気ない世間話――。

 自分の家名が出てきたので桶を持つ手が、ほんの一瞬だけ止まった。



 4日目は雨だった。

 屋根の隙間から水が落ちるので、桶を並べて小さな音楽会で、子どもたちと笑いながら過ごした。



 6日目の夜は礼拝堂の長椅子で祈りを捧げた。

 ルナリアとシルヴィアはそろそろ戻ってくるだろうか。


(無事に戻りますように)



 7日目の夕方、教会に見慣れた影が立った。

 待ち望んでいたピンと立った耳が2対。


「おかえりなさい」

「ただいま」

「もどったわ」


 2人の外套は埃にまみれており裾が裂けている。

 この街について教会にそのまま来てくれたようだ。


 2人から話を聞くために私たちはシスターに許可をもらい、一度宿へと戻った。



「決定的な証拠はなかったわ」

「人が消えているという噂も聞かなかった」



 ルナリアとシルヴィアの話を聞くと、あれは……あの地下で見たのは幻だったのではと思ってしまう。



「でも、普通すぎる」

「普通すぎるのに、兵が多すぎる」



 シルヴィアが続きを引き受け説明してくれた。



「兵の動きが昼と夜で違うのも気になる」



 昼間に哨戒をしている兵士たち。

 そして夜に哨戒をしている兵士たち。

 関所や詰め所での出入り。


 その様子が明らかに、それぞれ違う命令で動いているとのことだった。



 2人は領都近郊まで近づいたが、兵士の動きが妙に気になり、これ以上は踏み込まずギルドへ報告をするために一度戻ったそうだ。



「もう一度行く」

「次はライゼンベルグに向かう」



 ライゼンベルグ……父の屋敷ーー領主の城がある街で規模はそれなりに多く、北側の守りとして兵も多い。



「気をつけてください」



 双子は軽く笑い答えた。



「また5日ほどで戻ってくる」

「協会のお仕事頑張って」




 その日の夕方、私は門の向こうへ消えていく2人を見送った。



 ――――――――――――――――――――――



 それから7日が過ぎた。

 私が教会で働き始めてから2週間……14日が経過した。


 夜の礼拝堂がやけに広く感じる。

 帰ってくると言っていた日から2日過ぎたのに、2人はまだ姿を現さなかった。




 10日目――。


 5日で帰ると言っていたのに10日経過した。

 胸の奥に沈んでいた不安が、形を持ち始めた。


 翌朝、私は朝の掃除を終え桶を置いてから、シスターに昼の仕事をお願いし、ギルドへと向かった。

 石畳の足音がいつもより大きく耳に響いていた。



 ――――――――――――――――――――――



 ギルドの開け放たれた入り口扉を潜ると、昼前だというのに中はざわついていた。


 依頼掲示板の前には依頼を見る人が多く、鎧の擦れる音や、革靴の足音が混じっている。

 窓口へと近づくと見慣れた職員の女性が顔を上げた。



「あらエレンさん?」



 偽名で呼ばれることにも、もう違和感を感じなくなっていた。


「ルナリアさんとシルヴィアさんは、戻っていますか」


 受付は記録板をめくると、首を横に振った。


「報告は入っていませんね。最終記録は……10日前に調査報告と再出立の時ですね」



 やはりあれ以来、帰ってきていない。



「連絡も?」

「ありません」



 少し目を伏せた窓口の淡々とした返答をうけ、足の裏から冷たいものが上がってきた。



「あの……ハルトヴィンさんはいらっしゃいますか?」

「いらっしゃいますが……」


「お会いできませんか?」

「難しいと思いますが……聞いてきます」 



 ――――――――――――――――――――――



 おそらく窓口の女性も、ただの見習い冒険者が副監督官と面会を希望することも、自分の上司からすぐに問題ない旨の返答があったことも不思議だったのだろう。



 少し怪訝な表情で案内されたのは、以前と同じ会議室だった。



 石壁は変わらず冷たく、窓から差す光も同じはずなのに今日はやけに景色が薄く見えてしまう。

 ほどなくして扉がノックされ扉が開いた。



「エレンか……どうした」



 私を見る目は静かだが、状況はすでに察しているようだった。



「ルナリアとシルヴィアが戻ってきません……予定から5日経っています」



 ハルトヴィンは椅子に腰を下ろすと、指を組む。


「連絡は入っていない」



 それは確認ではなく、事実の提示だった。



「だがライゼンベルグ方面で、軍が展開しているという噂も他の冒険者から入っている」



 ライゼンベルグ辺境軍が動く――それは外敵への備えか、あるいは周辺領への威圧。いずれにせよ、平時の配置ではない。


 胸がざわめく……。



「ただし、交戦の報告はないし、冒険者が捕縛されたなどという記録も上がっていない」


 つまり公的には何も起きていない。

 冒険時に何かがあった場合、各地にある冒険者ギルドを通じて所属ギルドへ真っ先に情報が入る仕組みがあると聞いたことがある。


「じゃあどうして……」


 どうして戻らないのか。

 自分でも気づかないうちに言葉の端が漏れていた。


 ハルトヴィンがわずかに視線を上げる。


「あいつらの専門を考えると5日や10日遅くなることはざらにある。まずは20日の報告を待つ」

「……わかり……ました」



 20日の報告……つまり依頼を受けて街を遠く離れる場合、帰還予定から20日経過して戻らない場合、冒険者ギルドは正式に捜索依頼を各地のギルドへ出すことになる。


 そして一般的には、そこから90日間連絡がつかなければ死亡扱いとなるそうだ。



 ――――――――――――――――――――――



 会議室を出て重く感じる空気の中、掲示板の前を通り過ぎる。

 依頼書や行方不明者捜索の紙が幾重にも重なって貼られており、その一角に見慣れた肖像が残っている。


 見慣れた自分の顔だ。

 私はそのまま早足で冒険時ギルドをでて、通りを南下し市場を抜け、向かう先は、2人に教えられていた道具屋。



 兎の人形を二つ。

 銀色と――。



 私はふと足を止め、2人が向かった先……自分の生まれであるライゼンベルグへと意識を向けた。



(ルナリア……シルヴィア……無事で居て)



 そう祈りながら目を閉じると、急激に街のざわめきが遠のいた。

 壁の向こう……広く深い森……そして途方もない空洞を感じることが出来た。



 その奥に――。

 微かな炎の揺らぎ……ひとつは、ほとんど動かず、もうひとつは、さらに深く沈んでいた。



 ズキっと頭の奥が痛み、私は目を開けた。



 確かにどこかに2人が『居る』のを感じた。

 感じることができた。



(昔……国境の方を視たときよりはっきりわかった気がする……)



 顔を上げると道具屋の扉はすぐそこにあった。


次話→明日の7時頃に投稿予定です

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