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16-仲間の暖かさ

 翌朝、私が寝かされていた洞穴を出ると、そこは森の中だった。

 崖が崩れて洞穴になっているところを利用していたらしい。



「ここは……どこ?」



 冷え切っていた肺に湿った森の匂いが流れ込んだ。

 木々は高く、朝なのか夕なのかわからないオレンジ色の光が差し込んでいた。



「国境を超える前……エレオノーラから見たら国境を越えた先。アイゼンヴァルト王国のドルン」


「近くにあるドンヴァルトっていう街を目指そうと思うのよね」



 ルナリアが辺りを一瞥して淡々と答え、妹が続く。

 私はその地名を頭の中でゆっくり反芻した。

 国境をすでに過ぎている……つまり父の、ライゼンベルグ辺境伯の力が届きにくい土地だ。



「本当に……超えた?」



 自分でも驚くほど小さな声が出て、シルヴィアが肩をすくめた。


「昨日のうちにね。だから、少なくともしばらくは安全だと思うのよ」


 安堵はすぐには来なかったが、胸の奥で何かが吹っ切れたような感覚だけが先にきた。


(もう……簡単には戻れない)


 辺境伯令嬢という肩書きは、あの牢に置いてきた。

 次に使うのは父を断罪するときだけだろう。


 もう戻る屋敷も、部屋も、すべて渓谷の向こう側だ。

 シルヴィアに借りた胸当てが鎖骨に当たった。


 麻の上着とズボンは動きやすいが、どこか他人の体のようだ。

 それでも麻袋を改造した服のようなナニカと比べると天と地だった。



「寒くないかな?」

「……平気です」


「ごめんね、サイズがあってないと思うのよ」



 姉のルナリアはそう言うが、正直ありがたい。

 サイズがあっていないことは確かなのだが、それはこの身体が――エレオノーラの身体が女性らしいのが悪いのだ。



「でも……その格好のままだと、男に狙われると思うのよ」

「街についたらまずは服を買いましょう」



 そんな話をしながらも、私たちは沢の音を頼りに北へ進んだ。

 どこか近くに街道があるはずだが、わざわざ森を縫うように北に向かっているのは、私に気を使っているからだろうか。



「そういえば、エレオノーラって……っ!?」



 突然空気がわずかに撓んで、シルヴィアが会話を中断し茂みの方へピンと立った耳を向けた。


 感じているのは風ではなく、こちらに害を与えようとする目に見えない圧だった。

 鼻を刺す湿った毛皮と古い血の鉄臭が空気が鼻に届いてきた。



「――シルヴィア!」

「わかってる!」


 双子が地面を蹴るのと、藪を裂いて魔獣が飛び出してくるのはほぼ同時だった。


 私の肩ほどの高さのある狼のような魔獣……牙が不自然に長く、目は濁っており口からは泡を垂らしている。



 飛び出した2人は迷いなく踏み込むと、魔獣の前足を足で払い飛ばす。

 巨体が傾いたところへ、顎に正確な蹴りが入った。

 骨の軋む音が森に響く。



 そして宙に浮いた頭部を、ルナリアの足が躊躇なく踏み抜いた。

 鈍い破裂音と鉄の臭い。


 魔獣は二度痙攣すると静かになった。

 森は何事もなかったように静かになり、沢の音だけが続いている。



「すご……い」


 思わず口に出た。


「このくらいはね」

「この辺じゃ珍しくない」



 これぐらいは普通だとシルヴィアが息を整えながら言う。


(本当に……私とは住む世界が違うんだ)


「匂いで寄ってくるから、移動するよ」



 ルナリアが足裏の血を草で拭いながら短く言い、私たちは沢に沿いながら北へと歩を進めたのだった。



 ――――――――――――――――――――――



 夜。

 焚き火は小さくし煙を立てないよう枝を焚べる。

 干し肉を噛みながら、シルヴィアが火を見つめていた。



「私たちも最近ちょっと狙われてるかもしれない」

「狙われている?」



 私が聞くと、姉のルナリアが頷いた。


「うん。何日か前に北西の遺跡に潜ったよ」


 崩れかけた地下の洞窟と最奥にあった石の台座。

 そしてそこに置かれていた透明な球体。


 シルヴィアが袋から布包みを取り出して見せてくれた。

 掌に収まる大きさの水晶のような透明な球だった。



「オーブって呼んでるのよね」



 火の明かりに照らし表面を観察するが、何で出来ているのかよくわからない。

 ただの透明な球だと言われれば、そうとしか思えないのだが――。



「なにかの鍵かもって思ってる」

「正直よくわからないけどね」



 シルヴィアが肩をすくめ、ルナリアが付け加えながら火に小枝を足した。

 炎がわずかに揺れ、透明な球の内部に赤い筋が走ったように見える。



「でもこれを手に入れてから、妙な男がね……」



 そう言って、視線を闇の向こうへ滑らせる。

 森は静まり返っており、少し先から沢の音だけが低く続いている。



「何度か、私たちの周りをチョロチョロしてるの」



 軽い口調のはずなのに言葉の端に緊張が混じっていた。

 焚き火の光が双子の横顔を不安定に照らしていた。



「気の所為ならいいんだけど」



 ルナリアが短く息を吐き、膝に置いた手が強く握られている。


「尾けられている確証はないけれど、たまに視線を感じるのよね」


 火の爆ぜる音がやけに大きく響く。


(オーブそのものより……)


 狙われているのはオーブという『物』か、それともそれを『持つ者』か。

 その違いは大きいと考えながらも、現段階では何も確証は持てない。



「じゃあ、今夜は気を抜けませんね」


 緊張のためか自分の声が少しだけ低くなってしまった。

 外套の内側で胸元のお守りに触れた。


「交代で見張ろうか」

「じゃぁ最初は私。次がシルヴィア、最後がエレオノーラでいい?」


「はい、起こしてくれれば、すぐに起きます」



 火は小さく保たれ、煙はほとんど立たない。

 森は暗く、深い闇が広がっていた。


 まずはルナリアが起きたままシルヴィアと私が並んで横になった。

 しばらくすると足先が冷えてきて、ゆっくりと感覚が遠のいた。


 シルヴィアの可愛らしい寝息がすぐ近くで耳に届いてきた。

 それだけで、いま完全な孤独ではないとわかり、気持ちが緩くなったのだった。

次話→明日の20時頃に投稿予定です

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