15-それは約束の形をした契
焚き火の火勢が少し落ち着いた頃には、3人の呼吸もようやく整っていた。
泣き疲れた目を袖で拭いながら、私は自分の取り乱しようを思い出してわずかに顔を伏せるが、ルナリアは何も言わず、ただ薪を足して炎を安定させる。
シルヴィアは膝を抱えたまま、赤い目でこちらをじっと見ている。
やがてルナリアが、ゆっくりと視線を横へ滑らせた。
「……橋の音は確かに聞こえたけど」
その声に、シルヴィアも小さく頷く。
「その前から、変な感じがしてたの」
ルナリアは私の荷物へ顎を向けた。
焚き火の近く、布の上に丁寧に置かれた木のお守り。
素朴な木片の中央に、銀灰色の石がはめ込まれている。
「多分、それ」
その視線を追い、護符を見た。
胸元から外され、火のそばに置かれているそれは、森の中で拾ったときと同じ形をしているはずなのに、いまは別の意味を持っているように見えた。
「これ……?」
「空気が歪むみたいな音がした。耳に引っかかる」
シルヴィアの耳の先がわずかに動いた。
「橋が落ちる前から、ずっと……変な感覚はあった」
私はお守りを手に取ると冷たい木の感触がする。
「……森の猟師小屋で見つけたの。逃げる途中で、雨をしのぐために入った小屋で。木板の間にこれが挟まっていて」
誰のものかもわからなかったこと、けれどなぜか捨て置けなかったことを思い出す。
「持ってきただけ。特別なものだとは、思ってなかった」
「特別だよ」
ルナリアが静かに断定した。
シルヴィアはお守りをじっと見つめたまま、ぽつりと呟く。
「それ、普通の石じゃない。多分魔力の増幅ができる」
私は無意識にそれを握り直した。
「魔法……使えるの?」
シルヴィアが顔を上げ質問してくるが、探るような質問でもあった。
私は一瞬迷ったが正直に答えた。
「……1つだけ」
「1つ?」
その反応が意外だったのか、シルヴィアの眉が上がった。
「私、落ちこぼれだったから……魔法はほとんど使えなかった。壁の向こう側の輪郭とか、気配が曖昧に解るだけ……」
自分が使える唯一を説明したところで、二人の耳が同時にピンと立った。
ルナリアがゆっくりと身を乗り出す。
「それで逃げられたの?」
「うん……牢の石壁の向こうに、水の流れを感じて……排水路があるってわかったから、そこを通ったの」
石の冷たさの向こう側にある“軽さ”。
それが暗闇の中で感じ取ったわずかな希望だった。
シルヴィアが小さく息を呑んだ。
「……そんな魔法あるんだ。初めて聞いた」
その声には、純粋な驚きがあった。
シルヴィアの目がわずかに光る。
「遺跡の罠も隠し部屋も、だいたいわかるってことでしょ」
「えっ? 遺跡……? わからない、やったことないけど、多分わかると思う……」
「十分」
シルヴィアが即答した。
「その力、貸して欲しい」
その率直な言葉に私は瞬きをする。
そんな私の反応を見てルナリアが静かに捕捉してくれた。
「私たちは各地を回って調査してるの。古い遺跡や、危険な遺物を調査して報告するのが仕事なの」
ルナリアの視線が真っ直ぐ向けられる。
「あなたの力は、私たちにとってとても大きい」
それは2人の評価であり、打算であるが、それでも誠実な言葉だった。
「あなたは、これからどうするの?」
エレオノーラは護符を握りしめる。
「北へ行く予定。後ろ盾を得て、父の罪の証拠を集めて……断罪する」
「一人で?」
流石に無理じゃないかとシルヴィアが正直に言い、ルナリアが穏やかに頷いた。
「なら、私たちが手伝う」
「……え?」
「ただし」
シルヴィアが指を1本立てた。
「終わったら、次は私たちの手伝いもして?」
ルナリアが静かに続ける。
「私たちにも、調べたいことがあるの」
詳しくは語らないが、その赤い瞳がわずかに影を帯びているのがわかった。
焚き火の炎が揺れる。
私はしばらく考え、それから小さく頷いた。
「……うん」
契約書も誓約もない、ただの約束。
しかし、その約束は森の冷たい空気の中で、確かな重みを持って交わされた。
次話→このあと21時頃に投稿予定です
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