13-双子の兎は過激で
最初に違和感を拾ったのは、姉のルナリアだった。
森の奥……先日から不思議な気配を感じていた。
あたりを探って国境沿いにある谷に沿って走る獣道を移動していたが、ルナリアがふいに足を止めた。
耳がピンと立った。
風の音と川の濁流はいつも通りとして、その奥に混じる『別の振動』を聞いた。
それは乾いた何かが破断した音だった。
おそらく木が裂け……張力が解放される音だと判断した。
「……橋?」
ルナリアが小さく呟くと同時に、隣を走っていた妹のシルヴィアも足を止めた。
こちらも耳が動かし、視線を渓谷の奥へ向けた。
「今の……縄が切れる音だよね」
「うん、この先にあった古い吊り橋だよね」
言葉を交わし終わるより先に、2人は同時に走り出していた。
地面を蹴る音はほとんど無い。
なるべく湿った土を選んで、岩を踏み切る――。
兎人族特有の脚力が、身体を軽く滑るように前へ前へと運んでいく。
その途中でふとシルヴィアが口にした。
「先日から、変な気配がしてたよね」
「……してたね」
空気の歪みというより音の揺らぎでしかなかった。
何かが『ある』としか言いようのない感覚で、普通ではない気配。
それが先程、橋の破裂音とともに急に強くなったのだ。
私たちが急いで駆けつけるには十分な理由だった。
崖の縁に出て向けた視線の先では、ちょうど吊り橋が崩れていた。
板が谷底へ落ち、白い水面に呑まれていくのが写ったのだが、その横……崖の中腹で、ひとつの影が見えた。
「落ちてる」
シルヴィアが短く言う。
そこに迷いはなかったが、助けるには距離がありすぎる。
ルナリアは崖の角度と風の流れを瞬時に測った……真下へ飛び込めば間に合わない、かといって直線では届かない。
「シルヴィア!」
「うん!」
姉が声をかけたとき、すでに妹はすでに半歩踏み出していた。
姉は一瞬だけ膝を落とし地面を強く蹴った。
加速しながら前を行くシルヴィアの背へと回り込む。
「行くよ!」
次の瞬間――ルナリアの脚が、後ろから妹の腰を全力で蹴り抜いた。
その衝撃は射出そのものだった。
シルヴィアの身体が一瞬で真横へ弾き飛ばされた。
崖の向こう……空中へ。
通常なら致命的な判断だが、あいにく彼女たちは通常ではない。
シルヴィアは蹴られた勢いをそのまま推進力に変え、空中で身体をひねった。
そして赤色の視線が落下する少女を捉え、空気の流れを読む。
「――捕まえた」
空中で衝突が起こった。
シルヴィアが落ちる少女を抱き込み、その勢いで垂直から横方向へ力の向きを強制的に変えた。
だが、まだ終わらない……シルヴィアの眼の前にはすぐ岩肌が迫っていた。
シルヴィアは少女を抱えたまま右足を伸ばし、岩肌の出っ張りを捉えた。
その瞬間、踏み込む――。
脚がバネのように靭やかに沈み……爆ぜた。
足場にした岩の出っ張りが粉砕されたと同時に、2人の身体が斜め上へ弾かれた。
――が、崖上には一歩届かない絶妙な距離だった。
そのタイミングに合わせたように崖上から姉のルナリアが落ちてきた。
落ちるのではなく、横向きに跳ねながら下へ向って疾走っていた。
「もっかい!」
「わかってる!」
言葉より早くルナリアがぴったりと、シルヴィアの真下の軌道へと入り込んだ。
――最後の踏み切りは、ほとんど同時だった。
姉が岩を蹴り、跳び上がった瞬間、蹴り上げられた脚を妹が踏み台にする。
二重の反発が重なり、シルヴィアと少女の身体が一気に上へ放り上げられた。
ルナリアが膝を折って衝撃を殺しながら着地し、シルヴィアがその横へ音もなく着地した。
抱えられていた少女の身体は、その腕の中でぐったりとしていた。
一拍の静寂……。
川の轟きが遅れて戻ってくる。
「……息は?」
ルナリアが問うと、シルヴィアは耳を近づけた。
かすかな鼓動に胸がわずかに上下しているのもわかった。
「ある」
シルヴィアの短い返答を聞いた瞬間、ルナリアの肩から力が抜けた。
「よかった……」
彼女はゆっくりと立ち上がり、崖下を見やった。
崩れた橋に濁流……落ちれば助からなかった高さだ。
そして妹の腕の中の少女へ視線を落とす……。
泥と血にまみれて息も浅いが、生きていた。
「運がいいね」
ルナリアが言い、シルヴィアが鼻で笑う。
「違うよ。私たちが疾かっただけ」
その言い方はいつも通りだったが、耳の先がわずかに震えていた。
ルナリアはそれに気づきながらあえて何も言い返さず、静かに言った。
「戻ろう……冷える前に」
シルヴィアが少女を抱え直した。
軽い……あまりにも、驚くほど軽かった。
3人分の影が森の奥へと消えていくのだった。
次話→明日のお昼頃に投稿予定です
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