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10-どうしようもなく、どうしようもない

 沢沿いの道は思っていたよりも長く、そして単調だった。

 水は常に同じ音を立てて流れ、歩いてきた方へと消えていく。



 私はその音をBGMに北へと向かっていた。



 沢を見失わなければ少なくとも水には困らず、追手が来たとしても水に沿って歩けば匂いは紛れるはずだと、どこかで読んだ知識を思い出す。



 背負った麻袋が肩に食い込む。

 蔦で縫い付けた紐はまだ固く、歩くたびに擦れて服代わりにしている麻袋を超えて皮膚を削る。



(慣れれば、なんとかなる……!)




 そう思わなければ、肩の痛みや体中の傷の痛みで途中で放り出してしまいそうだった。


 腰にある斧の重みに、松脂が入った布の包み袋に、塩に古い銅貨。

 そして外套の内ポケットに入れたお守りのような木片。

 歩きながら何度か手で触れて、ちゃんとそこにあるかを確かめながら歩く。



 お守りはあまりにも粗末な彫り物だが、触れるたびに指先に当たる銀灰色の石の冷たさが妙に生々しい。



(なんか妙に気になるんだよねこれ……)



 猟師の家族が無事を祈って削ったような、そんな質素なものだ。

 それでも山小屋の床板の隙間に押し込まれていたという事実が、どこか引っかかって離れなかった。



 ――――――――――――――――――――――



 途中で沢の水で顔を洗い、掌で掬った水をそのまま口に含み、喉を通すと胃が小さく鳴る。



「ふぅ……」



 小屋を出てからそろそろ3時間ぐらいだろうか。

 日暮れも近くなるため野宿が出来そうな場所を探しながら歩き始めた直後、下腹部に鈍い違和感を感じ、嫌な予感とともに足を止めた。



(まさか……勘弁してよね……)



 無駄に呼吸が浅くなる。

 沢の向こうに視線をやりながらゆっくりと屈み、外套の裾を押さえて身体を確かめる。



 指先に触れたぬめり……視界がわずかに揺れた。

 赤。



(最悪……っ)




 空腹よりも傷よりも、これが一番気が重い。



(なんでこんな時に……)



 日本にいた頃は、ただ面倒なだけの出来事だった。

 薬も、替えも、何もかも手に入った。


 屋敷では、侍女が何も言わずに用意していた。

 自分で手を汚すことはなかった。


 だが、今は違う……沢の音がやけに大きく聞こえる。

 血の匂いは獣を呼ぶかもしれないという恐怖を覚える。


 止めなければならない。

 隠さなければならない。



 小屋から持ち出した包帯の布を思い出し、沢から少し離れた木陰へ背負い袋を置き、沢へと移動した。



 外套を脱ぎ肩からずり落とすと森の空気が肌を撫でた。

 沢に入り身体を洗うと、冷水に触れ腹の奥がきゅっと縮み、冷たくて歯が鳴る。



 血を流して足の泥を落とし、何度も水を掬って匂いを洗い流した。



 沢から少し離れて背負い袋を引き寄せ、粗い包帯の束を取り出して広げた。

 織り目が荒く指先にざらりと引っかかるので、このままでは使えない。



「……そうか」



 布を歯で咥えて縦に割いて細長い帯を二本作る。

 割いた細い布を腰に二周ほど回して強く結んだ。


 厚く折り重ねた布を身体に当て位置を確かめ、折った布を差し込むと、ずれないようにもう一枚の細布で下から支えるように巻きつけ、腰に回した紐へ結ぶ。


 動くたびに擦れる感触があるが一旦固定はできた。



(はぁ……これで、しばらくは大丈夫)



 立ち上がって一歩踏み出すとわずかに違和感を感じるが問題なく歩ける。



(いざとなれば、走ることもできる……かな)


 外套を羽織り直して腹の布がずれないか確かめ、再び歩き始めたのだった。



 ――――――――――――――――――――――



 日が傾き始めた頃、森は静まり返っていた。



 風が枝や葉を揺らすたびに背中が強張るが、あれから犬の遠吠えは聞こえない。

 だが聞こえないからこそ、突然猟犬が飛び出してきそうで不安が募る。



「はぁっ……はぁっ……」



 気がつけば沢の流れは緩やかになり、石の間を縫うように細く流れるようになっていた。


(北へ……北へ)


 足裏の傷はまだ塞がっておらず、革靴越しでも痛みが伝わってくるが、ゆっくり歩き続けた結果、暗くなる前に少し高くなっている丘のような場所へたどり着いた。


 そこに横たわる枯木の陰に風が遮られる空洞があり、私なら横になれそうだった。



「ここで寝よう……」



 周囲から枯れ葉を集め、なるべく体温を失わないような寝床を作ると、すっぽりと空洞へ体を滑り込ませると外套にくるまって膝を抱えた。


 お腹がきゅうと鳴り始めたので、麻袋から干し肉の欠片を取り出し小さく削って、口に入れた。

 しょっぱいが、ゆっくり唾液を含ませながら噛んで、溶かすように飲み込んだ。



 火も起こしていないせいで、日が暮れるとあたりは闇に包まれた。



 空には星が輝いて見えるが、あたりには耳が痛くなるほどの静寂が広がっており、時折遠くで梟や獣の遠吠えが聞こえてくる。


(眠れるうちに寝よう……)


 外套の内ポケットに入れてあるお守りを取り出し、指先で転がしながらそんなことを考える。


(どうやって国境を越えようかな……)


 まだ先が見えない事だらけだが、北に向かう以外に道は無い。

 今日も生き延びた。


 その事実だけを握りしめて私は浅い眠りに落ちていった。


次話→明日はお昼に投稿予定です

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