寮と再会
「全員、戻ったな。それじゃあ今日は終わりだ、寮に行っていいぞ、長旅で疲れた者もいるだろうしな。明日の朝は遅刻しないで来るように。以上、解散」
全員が教室に戻り、幾つかのアンケートを記入した後、俺たちは解散となった。
自由時間だが、確かに移動で疲れたし荷物の整理もある。
寮は校舎の裏、すぐそこ。
今の時間は、午後四時過ぎ。
夕食は午後七時だっけな……。
とりあえず寮に向かうとしよう。
あ、その前に集めたプリントを職員室に持ってかないと……書き終わるのが遅い人には各自持っていって欲しいよなぁ。
八巻先生は予想通り人使いが荒いから困る。
「よろしくね華道君!」
「ああ、分かった」
最後までアンケートを記入していた女子からプリントを受け取り、俺は職員室に向かう。それから八巻先生に手渡すと「ごくろう、飴をやろう」とリンゴ味のキャンディを貰ったので舐めながら帰ることにした。
既に外は夕焼け空。
俺も人影がほとんどない下駄箱で帰るために、いそいそと靴を履き替えたのだが、
「……そういえば、二人で一室だったような?」
重要なことを思い出した。
寮での生活は基本的にパートナーと協力するはず。
教育の一環だとかなんとか。
俺だけ一人部屋だったりしないよな?
……ここは素直に、入学案内書を読み直すとしようか。
……あった。
華道龍勢……やっぱり二人部屋か。まあ俺だけ特別措置を設けるわけにもいかねえんだろうな。
危ない危ない。
確認しておいて良かった。でないと先に戻っていたクラスメイトが着替えていたりするかもしれないからな。
女子って分かっているしノックして確認すれば、事故は防げるってものだ。
「こんにちは」
俺は校舎から一分で辿り着ける、そこそこ綺麗な寮の受付に入り、寮母さんに話しかけた。
ちなみに学年ごとに寮は別れているので、三つある。
百ある部屋が十階まであるが……一階で助かった。
エレベーターがあるとはいえ、上に昇るのは面倒だもんな。
「はいこんにちは……って、男の子……? あー、あなたが噂の……? あ、部屋の鍵ね、ちょっと待ってて」
男子なんて来るのは初めてだったからか、ちょっと首を傾げた後に、鍵を渡してくれた寮母さん。
卒業生なのかどうかは知らないが、まだ若い。とはいえ三十はいってそうな感じもした。寮母さんなんてほとんど関わる機会もなさそうだ。
……えっと、こっちの方か?
いつまでも受付にいるわけにいかないので退散しつつ、壁にあるフロアマップを見る。
廊下を一回曲がればいいだけだ。
どんな方向オンチだろうと迷うわけがない。
そんなわけで、俺はこれから自室となる部屋の前に立った。そしてちゃんとノックをした。
「あ、龍勢君? 入ってもいいよ?」
中から声が聞こえてきたので、鍵を開ける。こんな世の中だ、鍵は常にかけておくに限る。
一人一つ支給されているので、俺はさっさと開けて入ることにした。
というか、今の声はちょっと聞き覚えがあるような……?
知り合いかもしれない。
「……」
知り合いなら嬉しいなー、なんて思いつつ中に入って、俺は絶句した。
なにせ裸の女が目の前に立っていたからだ。
そして声に聞き覚えがあるわけだ。なにせ、俺の実家の隣に住む幼馴染なんだし。生まれた頃からの付き合いなんだから忘れるわけがなかった。
「なんでお前がいんだよ……花」
特徴的な花の髪飾りは着けていないが、ふわふわしている短めの黒髪。
鳴瀬花だ。
何故か幼馴染がそこにいた。
いや、男の俺がいる方がおかしいよな。けど同じクラスだったはずだ……。
「えへへ、驚いた? 龍勢君ったら全く気が付かないんだもん!」
そう言うと、花は自らの髪をオレンジ色に染めてみせる。
もう魔法が扱えるらしい。
気付かなかったのは、俺がまともに自己紹介を聞いていなかったのと、花が髪をオレンジ色に染めていたからだろう。
入学初日……正確には明日が入学式だけど、とばしている奴が結構いるなー、なんて考えていた。
まさか知り合いだとは思わなかったけど。
他の人の自己紹介くらいちゃんと聞かないとな……。
「オレンジ色に染めてたら分からねえよ。それにしても、なんでオレンジなんだ……?」
「いやー、サプライズになるかなーって。染めてたんだよね。色に拘りはないよ?」
「そうなのか。そういやここの学校は髪色自由だっけか……」
「うん、そうだよ! 色変え魔法で簡単に変えられるしね!」
「そうか。それは何よりだな……」
嬉しそうに詰め寄ってくる花に、背中を向ける。
やっぱり髪色を変えてたから分からなかったのか。ちゃんと自分でも使えるようになったから、試したのだろうな。
もしかして俺って、既に魔法の勉強に関して遅れてたりするのかな?
……いや、今はそんなことよりも突っ込むべきだよな。
昔から知っているとはいえ、親しき仲にも礼儀あり、だ。
「それよりもまずは服を着ろよ!」
「あ、そっか」
俺はそのまま部屋の中に入らないで、扉を閉めることにした。
まさか俺がこう言うことになるとは思わなかった。入っていいって言われたら、普通は準備ができてると思うし。
……まぁ、花の場合はそもそも俺を家族だと思っているって線の方が高いか。うん。この扉の向こうでは「何意識しちゃってんのきんもー!」とか思っててもおかしくないよな。
「へー、母さんたちから話は聞いてたのか……」
「うん。龍勢君のことをお願いって。寮の部屋割りについても先生に相談されたから、オッケーしたんだよ?」
三十分後。
俺たちは部屋の整理をしながら談笑をしていた。
実家では窓からお互いに部屋が見えるくらいだったし、つい最近まで普通に漫画の貸し借りとかしていた仲だ。
今さら部屋が同じになったくらいで、あんまり動揺することはなかった。
「龍勢君も魔法使いなんだよねー……。うーん、大変そうだね? 男の子一人でしょ?」
「そうか? 今のところは特に問題ないと思うけど」
「今はそうでも、きっと大変になるって」
「そうか」
片付けもすぐに終わると、ベッドに寝転びながら会話をすることもできる。
夕食までの暇潰しにはもってこいだな。相手が無口な女子ならともかく、花の場合は問題ない。
男子と変わらない接し方ができて助かる。
「いや~、だって基本的に女子しかいないんだよ? 恋人とか作り放題だよ?」
「食べ放題みたいに言うなよ……」
「うわー、やらしー。龍勢君サイッテー」
「いやいや、ツッコミにマジになるなよ……。つーかさ、そう簡単にモテたら苦労しねえだろ」
世の中の男子がどれだけ努力してることやら。いやまぁ、女子も同じだけど。
そう簡単にモテたら苦労はしないのである。
「まあそうなんだけど……あ! 私が髪の色を変えてあげようか? それとヘアスタイルもいじろーよ」
「え?」
天井を見上げていると、花が俺の髪に触れてくる。そのまま顔を覗き込んできて、にこっと微笑んだ。
まさか……?
「トゥインクルカラー!」
「おいいいいい!?」
そのまさかだ。花は覚えていた魔法を唱えると、俺の髪の毛を金髪に変えた。
バッと起き上がって鏡を見るも、やはり見事な金髪が俺の頭を支配している。どう考えても似合ってなかった。
「ちょ、戻せよ!?」
「えー、いいじゃん。しばらくはそれで過ごしてみよーよー?」
「いやいや、これはヤバいだろ……そもそも似合ってないだろうし」
「そんなことないと思うけど?」
「……そうなのか?」
女子の意見なので、ちょっと真に受けてしまう。
似合ってる……のか?
鏡に映る俺は怪訝そうな表情のままである。
「うんうん、龍勢君は金髪の方が良く似合ってるって!」
「そ、そうなのか? いやいや、やっぱり似合ってねえだろ。戻してくれ!」
「ダーメ! あ、ご飯できたみたいだよ!」
七時になったのか、寮内全体にうるさい音楽が流れてくる。これが夕食の合図か。朝食の時も流れたら面倒だな……。
「じゃー先に行ってるね!」
「あ、おい花!」
俺も鍵を持って駆け出すが、施錠を任されたせいで追いかけるとはできず……食堂までは一人で行くことになってしまった。