第33話 王都から届いた手紙
北東の旧林道を調査した翌朝、エリアスは台所で卵を焼いていた。
昨夜、鈴蘭亭でノアに教わった料理だ。
難しい手順はない。卵を溶き、少量の塩を加え、温めた鍋へ流し込む。あとは火加減に気をつけながら、ゆっくり焼けばいい。
そのはずだった。
「……少し、焼きすぎましたね」
皿へ移した卵は、端の方が茶色くなっていた。
焦げたというほどではないが、ノアが作ってくれたものとはずいぶん違う。
エリアスは鍋の底を覗き込んだ。
火が強かったのだろうか。
それとも、油が足りなかったのか。
原因を考えながら、次に試すときは火を少し弱めようと決めた。
食卓では、先に朝食を終えたリュカが前脚を舐めている。
「あなたの方が、ずっと食事を楽しんでいるようですね」
声をかけると、リュカは一度だけ顔を上げた。
皿の上の卵には興味がないらしく、すぐに毛づくろいへ戻ってしまう。
エリアスは椅子へ腰を下ろし、パンと卵を食べ始めた。
見た目ほど味は悪くない。
ただ、少し固かった。
「……次はもう少し上手に作れそうです」
食事を終えたあと、使った食器を洗い、庭の鉢植えへ水をやった。
昨日の調査で見つけた旧観測施設については、すでにセドリックとレオンハルトへ報告を送ってある。
祭殿から続く可能性のある補助流路。
観測施設の台座に刻まれた文字。
そして、最後にひとつ加わった短い魔力反応。
現地では危険な操作をせず、観測と記録だけで調査を終えた。
次に動くのは、二人から返事が届いてからでよいだろう。
そう考えながら庭の道具を片づけていると、門の外から声がした。
「レインフォード様のお宅はこちらでしょうか」
振り返ると、郵便配達の鞄を肩から下げた若い男性が立っていた。
「はい。私がレインフォードです」
「お手紙をお預かりしています」
差し出された封筒を見た瞬間、エリアスは目を見開いた。
見覚えのある筆跡だった。
整った文字で書かれた宛名。
裏面には、王宮の紋章を押した封蝋がある。
「……オスカーから」
思わず声に出すと、配達人が確認を求めた。
「お知り合いからのお便りですか?」
「ええ。王都にいる、大切な友人です」
エリアスは封筒を受け取り、礼を述べた。
配達人が去ったあとも、しばらくその場に立っていた。
王都を離れてから、何度かオスカーのことを思い出していた。
初めて自分で買い物をしたとき。
生活費の記録をつけたとき。
そして、新しい家を借りる契約書へ署名したとき。
旅立つ前に渡された手帳は、今も書斎に置いてある。
エリアスは封筒を手に、家の中へ戻った。
◇
書斎の窓を開け、机に向かう。
封蝋を傷つけないように外すと、中から二枚の便箋が出てきた。
エリアスは一枚目を広げた。
『エリアス様
お手紙、確かに拝受いたしました。
まずは、無事にフィオーレへ到着されたこと、そしてお元気にお過ごしとのこと、安心いたしました。
お送りいただいたお手紙を読んだときは、正直に申し上げて、少々驚きました。
王都を出発される際には、しばらく人の少ない場所で静養されるものと思っておりましたので。
まさか、到着早々に冒険者ギルドへ登録され、薬草採取の依頼を受けていらっしゃるとは予想しておりませんでした。』
エリアスは小さく笑った。
確かに、オスカーにはしばらく静かに過ごしたいと話していた。
けれど、ギルドへ登録したのは、街の人々の暮らしを知りたかったからだ。
薬草採取も、思いのほか楽しかった。
手紙は続いていた。
『ですが、街の方々と知り合い、宿での食事を楽しまれ、森で出会った小さな獣を保護されたというお話から、充実した日々を送っておられることが伝わってまいりました。
特に、窓辺で薬草を育てているという一節には、思わず笑ってしまいました。
王宮では植物の成長を観察するにも、すぐに魔法の影響を調べようとなさっていましたから。
今度はどうか、普通に水を与え、陽に当てて育ててみてください。
植物にも、それぞれの育つ速さがございます。』
「……ちゃんと水をあげていますよ」
エリアスは誰もいない書斎で呟いた。
もちろん、最初は土の魔力を確かめたこともある。
ただ、成長を促す魔法は使っていない。
その点については、オスカーも安心してくれるだろう。
彼は二枚目の便箋を開いた。
『王宮の近況についても、ご報告いたします。
陛下はお変わりなく、公務に励んでおられます。
先日、エリアス様からのお手紙が届いたことをお伝えしたところ、「ようやく休みらしいことを覚えたか」とおっしゃっていました。
もっとも、冒険者ギルドへ登録されたという話を申し上げると、少々複雑なお顔をなさっておりましたが。
なお、エリアス様の休暇について、現時点で変更の予定はございません。
魔導院では一部の研究計画が見直されておりますが、急ぎお戻りいただくような案件は発生しておりませんので、ご安心ください。』
エリアスはそこで手を止めた。
陛下らしい言葉だった。
休暇を願い出たあの日も、国王アルベルト三世は驚きながら、最後には快く送り出してくれた。
そのことを、今でもありがたく思っている。
手紙の最後には、見慣れた丁寧な文字が並んでいた。
『どうか、お体を大切になさってください。
食事を抜かないこと。
夜更かしをしすぎないこと。
そして、何か問題が起きても、すべてをお一人で解決しようとなさらないこと。
エリアス様のことですから、興味深いものを見つければ、つい調べたくなるのでしょう。
それ自体を止めるつもりはございません。
ただ、今のエリアス様には、その日の仕事を終える時間を、ご自身で決める自由があるはずです。
どうか、そのことを忘れないでください。
次のお手紙も楽しみにしております。
オスカー・リード』
エリアスは便箋を机へ置いた。
窓の外では、春の風が木々を揺らしている。
しばらくの間、何もせずに座っていた。
オスカーは、遠く離れた王都にいる。
それでも、手紙を読んでいると、すぐ近くで話しかけられているようだった。
「……相変わらずですね、オスカー」
エリアスは口元を緩めた。
食事を抜かないこと。
夜更かしをしないこと。
問題を一人で抱え込まないこと。
どれも、王宮にいた頃から何度も言われてきたことだった。
ただ、最後の言葉だけは、以前よりもずっと心に残った。
仕事を終える時間を、自分で決める自由。
王都では、誰かに必要とされれば、できる限り応えようとしていた。
その結果、夜遅くまで研究室に残ることも珍しくなかった。
今は違う。
森の調査が気になっていても、友人と食事をするために切り上げられる。
研究の途中でも、庭仕事を楽しんでいい。
そんな当たり前のことを、少しずつ覚えているところだった。
エリアスは二枚の便箋を丁寧に畳み、机の引き出しへしまった。
返事には、新しい家へ引っ越したことも書こう。
自分で朝食を作り始めたことも。
もっとも、卵を少し焼きすぎた話まで書く必要があるかは迷うところだった。
◇
昼過ぎ、エリアスはクロイス古書店へ向かった。
昨夜の調査記録について、レオンハルトと話す約束をしていたからだ。
店へ入ると、奥の机にはすでに資料が広げられていた。
「来たか」
「こんにちは」
「こっちへ」
レオンハルトに促され、エリアスは奥の椅子へ腰を下ろした。
机の上には、以前調べた祭殿の術式と、新しく見つかった観測施設の記録が並んでいる。
「送ってくれた写しを見た」
レオンハルトは一枚の紙を指差した。
「この『補助流路』という文字だが、祭殿の古い記録にも似た言い回しがあった」
「本当ですか?」
「ああ。ただ、同じ時代のものとは限らない」
レオンハルトは古い書物を開いた。
そこには、魔力を地下へ戻すための補助設備について、簡単な説明が記されていた。
エリアスは身を乗り出した。
「……こちらは、主回路とは別の仕組みですね」
「そうだ。主回路に負荷がかかったとき、一部を別の流路へ逃がすためのものらしい」
「それなら、街の地下に残る魔力の動きも説明できます」
エリアスは手帳を開いた。
新居の庭。
共同井戸。
旧水路。
そして、林の中の観測施設。
いずれも、北の祭殿と何らかの形でつながっている可能性がある。
「ただ、今の流れはずいぶん弱いんです」
「長い間、使われていなかったのかもしれないな」
「ええ。あるいは、中心部分が失われたことで、本来の機能を発揮できなくなっているのかもしれません」
レオンハルトは頷いた。
「問題は、これが何のために残されていたかだ」
エリアスは図面を見た。
魔力を逃がすための補助流路。
その終点が、街の地下へ続いている。
しかし、街へ魔力を流すこと自体が目的とは考えにくかった。
古い結界は、地下の魔力脈を安定させるための仕組みだったはずだ。
ならば、余分な魔力をどこかへ戻す必要がある。
「……もしかすると」
エリアスが呟く。
「補助流路は、魔力を街へ運ぶためではなく、地下の深い部分へ戻すための経路だったのかもしれません」
レオンハルトは顔を上げた。
「深い部分へ?」
「ええ。街の下には、湖へ続く古い地下水脈もあります。魔力脈と直接同じものではありませんが、地形に沿って補助流路を作った可能性はあります」
エリアスは地図を広げた。
北の祭殿から旧水路へ伸びる線。
そして、街の東側から湖へ向かう地形。
もし、この二つがつながっているなら、古い術式の流れは想像していたより大きなものになる。
レオンハルトは腕を組んだ。
「……地図だけでは断定できないな」
「はい。実際の流路をもう少し調べる必要があります」
「だが、調べる価値はある」
レオンハルトは少し考えたあと、机の端に置いていた小さな紙片を取り上げた。
「それと、気になることがひとつある」
「何でしょう?」
「最後に加わった短い信号だ」
エリアスは頷いた。
これまで三度、二度、一度だった反応に、もうひとつ短い反応が加わっていた。
「何かわかりましたか?」
「まだ意味まではわからない。ただ、古い観測術式では、最後に送信元の番号を加える形式があったらしい」
「送信元の番号……」
「ああ。複数の観測施設がある場合、どの施設からの報告かわかるようにするためだ」
エリアスはしばらく考えた。
もし、その考えが正しいなら。
新しく加わった短い反応は、異常を知らせるものではないのかもしれない。
別の観測施設が、再び信号を送り始めた可能性もある。
「……それなら、旧水路の施設が反応したことを示しているのかもしれませんね」
「可能性はある」
レオンハルトは頷いた。
「ただし、符号の対応表が見つかるまでは仮説だ」
「ええ」
エリアスは手帳へ書き留めた。
不明なことは、まだ多い。
それでも、調べるべき方向は少しずつ見えてきていた。
◇
夕方、エリアスが古書店を出ると、中央広場では小さな市が開かれていた。
露店には花や果物が並び、子供たちが楽しそうに走り回っている。
広場の中央では、年配の男性が弦楽器を奏でていた。
エリアスは足を止めた。
軽やかな旋律だった。
聞き覚えのない曲だが、どこか懐かしい雰囲気がある。
演奏を聴いていると、後ろから声がした。
「エリアス!」
振り返ると、カイルが手を振っていた。
「こんなところで何してるんだ?」
「少し、演奏を聴いていました」
「ああ、あの爺さんか。昔から広場で弾いてるんだよ」
「そうなのですね」
「今日は珍しく人が多いな」
カイルは広場を見回した。
「そうだ。これから飯でもどうだ?」
「ええ、ぜひ」
「いつもの宿でもいいし、今日は別の店に行ってみるか?」
エリアスは少し考えた。
鈴蘭亭の料理は大好きだが、ほかの店にも興味がある。
「では、今日は別のお店にしてみましょう」
「よし。いいところ知ってるぞ」
カイルは楽しそうに歩き始めた。
二人は広場を抜け、細い通りへ向かった。
途中、カイルがふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、エリアス。家の方はどうだ?」
「少しずつ慣れてきました」
「料理も?」
「今朝、卵を焼きました」
「お、いいじゃないか」
「ただ、少し固くなってしまいまして」
「最初はそんなもんだろ」
カイルは笑った。
「俺なんか、初めて鍋で肉を焼いたとき、真っ黒にしたからな」
「そうなのですか?」
「ああ。焦げたところを削って食べた」
「……それは、お腹を壊しませんでしたか?」
「大丈夫だった。たぶん」
カイルの返答に、エリアスは思わず笑った。
こんな話をしながら歩く時間も、王都ではほとんどなかった。
◇
夜、新しい家へ戻ったエリアスは、書斎の机に便箋を広げた。
オスカーへの返事を書くためだった。
窓の外には、月明かりに照らされた庭が見える。
リュカは寝台の上で丸くなり、静かに眠っていた。
エリアスは筆を取り、ゆっくりと書き始めた。
『オスカーへ
お返事をありがとうございます。
手紙を読んで、とても懐かしい気持ちになりました。
王都の皆さんもお元気とのことで、安心しています。
陛下にも、どうぞよろしくお伝えください。
こちらでは、少し前に新しい家へ引っ越しました。
小さな庭と書斎のある、静かな家です。
庭には以前いただいた薬草の苗を植える予定で、花の種も少しずつ集まってきました。
それから、料理も始めています。
今朝は卵を焼いたのですが、思ったより難しいものですね。
次はもう少し上手に作れるよう、練習してみます。』
エリアスはそこで筆を止めた。
今日、レオンハルトと話した古い水路のことを書こうかと考えた。
ただし、詳しい術式については、まだ調査の途中だ。
不確かな情報を伝えて、必要以上に心配をかけるのもよくない。
それに、今の自分には、魔法の研究以外にも伝えたいことがたくさんあった。
エリアスは続きを書いた。
『こちらでは、頼れる友人ができました。
冒険者のカイルは、森の道に詳しく、いつも調査を手伝ってくれています。
古書店のレオンハルトとは、古い魔法について話すことが多く、貴重な資料も貸していただいています。
鈴蘭亭のミラさんとノアには、今もお世話になっています。
新しい家へ引っ越すときも、皆が手伝ってくれました。
私ひとりでは、きっともっと時間がかかっていたと思います。
オスカーが手紙に書いてくれたとおり、何もかも自分でしようとしなくてもよいのだと、最近は少しずつわかってきました。』
エリアスは筆を置き、読み返した。
書き始めたときには、もっと短い手紙になると思っていた。
けれど、気づけば便箋の半分以上を使っている。
まだ書きたいことがあった。
『こちらでの暮らしは、想像していたものとは少し違っています。
静かに過ごすつもりで来ましたが、人と話す機会も増えましたし、調べたいことも見つかりました。
それでも、以前よりずっと穏やかな気持ちで毎日を過ごしています。
今日も、友人と夕食を食べてきました。
明日は庭の手入れをする予定です。
こんなふうに、一日の予定を自分で決められることが嬉しいのです。
どうか、オスカーも無理をしすぎないでください。
次の手紙では、庭の花が咲いたことを報告できればと思っています。
エリアス』
書き終えると、エリアスはしばらく便箋を眺めていた。
以前なら、仕事の報告や研究の進捗ばかりを書いていただろう。
けれど、今回は違う。
卵を焼いたこと。
新しい家を借りたこと。
友人たちと過ごしていること。
そんな何気ない出来事が、手紙の大部分を占めていた。
「……これで、よさそうですね」
エリアスは便箋を丁寧に畳み、封筒へ収めた。
明日の朝、郵便を扱う店へ持っていこう。
王都へ届くまでには、少し時間がかかるだろう。
けれど、今度はどんな返事が来るのか楽しみだった。
そのとき、リュカが寝台から顔を上げた。
「……起こしてしまいましたか?」
エリアスが声をかけると、白い獣は小さく鳴いた。
「もう寝ますよ」
机の明かりを落とし、エリアスは立ち上がった。
窓を閉めようとしたところで、庭の北側が目に入った。
花壇の下には、今も古い魔力の流れが残っている。
森の祭殿と、街の地下。
そして、失われた第七標。
調べなければならないことは、まだ多かった。
けれど、今夜は手帳を開かなかった。
エリアスは窓を閉め、寝室へ向かった。
明日の朝は、少し早く起きよう。
花壇の土を整え、マルタからもらった種を植えるつもりだった。
それから、オスカーへの手紙を出しに行こう。
そんな予定を考えながら、エリアスは寝台に横になった。
リュカが隣へ寄ってくる。
彼はその柔らかな背を撫でた。
「おやすみなさい、リュカ」
春の夜は静かに更けていった。
◇
同じ頃、王都の王宮では、オスカーが執務室の片づけを終えようとしていた。
机の上には、翌日の予定表と、いくつかの報告書が並んでいる。
最後の書類を確認したところで、扉が叩かれた。
「オスカー、まだ残っていたのか」
入ってきたのは、国王アルベルト三世だった。
オスカーはすぐに立ち上がった。
「陛下。何かご用でしょうか」
「いや、通りかかっただけだ」
国王は机の上を見た。
「相変わらず仕事熱心だな」
「必要な確認をしていただけです」
「それを仕事熱心と言うのだ」
アルベルトは小さく笑った。
そして、ふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、エリアスには返事を出したのだったな」
「はい。数日前に」
「そうか」
国王は窓の外へ目を向けた。
王都の夜景が、遠くまで広がっている。
「……あいつは、ちゃんと休んでいるだろうか」
オスカーは少し考えた。
「お手紙を読む限り、充実した日々を送っておられるようです」
「それはよかった」
「ただ、魔法の研究から完全に離れられる方ではありませんので」
「だろうな」
アルベルトは苦笑した。
「休暇を与えたところで、面白いものを見つければ調べ始めるだろう」
「ええ」
「まあ、それがエリアスらしいところでもある」
国王は椅子へ腰を下ろした。
オスカーは少し驚いたが、何も言わずに待った。
「……ところで」
アルベルトが口を開いた。
「魔導院から、また古い資料の閲覧申請が来ていたな」
「はい」
「北方の旧式結界に関する記録だったか」
オスカーは頷いた。
「そのように伺っています」
アルベルトは少し考え込んだ。
「……妙な時期だな」
「何か気になることがございますか?」
「いや。昔の研究が急に再開されること自体は珍しくない」
国王は机の上の報告書へ目を向けた。
「ただ、あの資料は、以前にも一度問題になっている」
オスカーは顔を上げた。
「以前にも、ですか?」
「ああ。かなり昔のことだがな」
アルベルトは立ち上がった。
「明日、魔導院から提出された申請書をもう一度確認しておいてくれ」
「承知いたしました」
国王は扉へ向かった。
しかし、出ていく直前で足を止めた。
「……オスカー」
「はい」
「エリアスには、まだ何も伝えなくていい」
オスカーは一瞬、言葉を失った。
アルベルトは穏やかな表情のまま続けた。
「せっかくの休暇だ。確かなことがわかるまでは、余計な心配をかける必要はない」
「……承知いたしました」
国王は頷き、執務室をあとにした。
扉が閉まると、室内は再び静かになった。
オスカーは机の引き出しを開けた。
中には、先日エリアスから届いた手紙が丁寧に保管されている。
彼はそれを取り出し、しばらく眺めた。
フィオーレでの暮らしを楽しそうに綴った手紙だった。
オスカーは小さく息を吐いた。
「……どうか、穏やかにお過ごしください」
そう呟き、手紙を引き出しへ戻した。
その隣には、明日確認する予定の資料が置かれていた。
表紙に記されているのは、短い題名だった。
『北方古代境界術式に関する研究記録』
オスカーはその文字を見つめたあと、静かに引き出しを閉めた。




