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7-2 告白

 しまった。

 と、思った。


 村松を追い詰めようと焦るあまり、サッカー部の友達や村松と仲のいいやつを通じて僕がやつの動向を探っていることをみすみす教えてしまった。彼らも悪気があって、やつに伝えたわけではないのかもしれない。ただ、遼が聞いてきたけど、とあいつに連絡するだけで、わかる。心当たりがあるなら、なおさらだ。

 明日、学校に呼び出す手筈にもなっていたから、やつが行動を起こしたことは想像できる。


 僕が動いたせいでやつも動き出した。


 僕の名前でインスタでアカウントを作って、雨宮に接触をした。インターネットで今なら僕の画像は手に入る。インターハイの画像とかなんかでそれっぽいアカウントを作ったのだろう。


 背筋が、すっと冷えた。

 思ったよりも狡猾だ。


 それよりも、やつが雨宮を呼び出した理由?

 ——ただ会うため?


 僕は、大音量で聞こえない名取の通話を切って、メッセージを送った。


「すぐ、行く」


 ここから会場までは約10キロ。

 交通渋滞や規制で車では行くことは無理だ。身延線は増発便が出ているにしても、すぐに乗れるかどうかはわからない。

 家から会場までは平らな河川敷を走っていける。僕のクロスバイクなら30分で着くことができる。

 なによりも、自分の脚で雨宮を探しにいきたい、その気持ちのほうが強かった。


 自然と大和に電話をしていた。

 いつものちょっととぼけた声で大和は電話に出た。

「大和、花火大会で雨宮がいなくなった」

「え?ほんと?」

「ああ、事情はあとで話すけど、どうやら僕を騙るアカウントに呼び出されたらしい。それで、多分犯人は…」

「村松?」

「うん、そう思ってる」

「そうだよね。僕も思い出したんだ。あの、巾着袋拾ったときのこと。匂いをかいで、汗と砂の匂いだと思ったんだけど、ちょっと違った。あれは汗とグラウンドの土の匂い…」

「サッカーのグラウンドか。ああ、大和の記憶しおりありがとう。あれにも、映ってた。巾着袋を撮った写真、泥の中の足跡、サッカー部のトレーニングシューズだった。」

「え、ほんと?」

「ああ、緑ヶ丘のテレビ放送みたら村松が映っていて、同じトレシュー履いてた」

「そっか、決まりだね」

 心なしか大和の声が明るくなった気がした。だけど今はそのこととは別だ。

「とにかく、雨宮探さないと。今すぐ出るからチャリで30分ぐらいかかる」

「うん。僕も、行くよ。何か手伝えるかもしれない。僕は下りだけだから15分ぐらいで着くと思う」

「わかった。じゃあ会場の入り口で」

「会場まで行くと混んでいてわからないから、途中のコンビニで待ち合わせようよ」

「そうだな。爆速で行く」

「うん、イプコム星人なら20分で着くよ」

「ああ、タルサス星人の鼻をもう少し使わせてもらうかもしれない」

「この団子鼻が役立つなら、どれだけでも使って」

「よし、決まりだ。市川大門のコンビニで集合な」

「うん。雨宮さん、見つけよう」


 ショルダーバッグにスマホと財布だけ入れて玄関でスニーカーを履こうとしていると、父に呼び止められた。

「遼。大事な話がある。こっちに来なさい」

「え?今、めちゃくちゃ急いでいるんだけど」

「ダメだ。今じゃなければ、いけない」

 そこまで言われて、はやる気持ちを抑えながらしぶしぶと促されるまま、ダイニングに戻った。

 ケーキといつもの唐揚げやサラダなどの料理が並んでいる。

 思わずごくりと唾を飲み込んだが、今はそんなことは言ってられない。

 父はテーブルに座り、その隣に母もエプロンで手を拭きながら腰を下ろした。

 僕も豪華な料理を挟んで向かい合ってゆっくり座る。

 大事な話ってなんだろうか。

 少なくとも今の僕にとっては、雨宮を探しに行く以上に大事なことはない。


 いつも何を考えているかわからない父も、明るい母もいささか緊張しているように見える。


「遼、十八歳の誕生日おめでとう」

 父がゆっくりと口を開く。

 その演技的な口調に少しイライラしてきた。

「あ、ありがとう」


「それでだな…。ええと、そうだな」

「ちょっとお父さん、しっかりしてよ」

 いつも、笑顔が絶えない母も真面目な顔で父の次の言葉を促す。


「あ、ああ。お前が十八歳になったら、伝えなければいけないと思っていたことが、あるんだ…」


 ——ええ?

 今、それか?


 まさか、僕は両親の子供じゃないとか、両親が離婚するとか?

 ——それとも?


 こういうシーン、ドラマでは見たことあるけどまさか自分に降りかかろうとは思ってもいなかった。

 早く飛び出して行きたい気持ちと、次に来る“大事な話“に、頭が追いつかない。


 ごくりと唾を飲み込む。

 これは料理を目の前にした反応ではない。

 僕だって、混乱している。


「お前は、宇宙人だ」


 ——何を言っているんだろう、この人。


「正確にいうと、我々は宇宙人だ」

 背筋を伸ばして父が言う。

 母は口をパクパクして「われわれは宇宙人だ」と言っているようなジェスチャーをしている。


「だから宇宙人から生まれた、お前も宇宙人だ」


 ——ああ、そうか。

 力が一気に抜けた。

 今まで張り詰めていた風船の空気が一気に抜けるようだった。


「なんだ、そんなことか」

 思わず声に出してしまった。

 今度は、父と母の緊張が一気に萎んだようだった。


「え?何、遼?お前びっくりしないの?」


「びっくりしないよ。さんざん、宇宙人って言われてきたんだし。宇宙人ぐらい、その辺にいっぱいいるでしょ」

 そう答えて、頭の中には寝癖と、平たい顔と団子鼻でヒョロヒョロの自称宇宙人が思い浮かんだ。

 あいつが宇宙人なら僕だって宇宙人で何がおかしい。


「マジで?普通、もっと驚くだろ」

 父は目を丸くして驚いている。

「遼って、最高よねー!」

 母は手を叩いて喜びながらケラケラと笑っていた。


 ——なんなんだ、この家族。

 まあ、宇宙人なんだからしょうがない。


「それだけ?ちょっと急いでるから、行っていい?」


「ん?ああ…」


 少し椅子からずり落ちるような父が口を開く。


「イムコプ星人だって言われても、びっくりしないのか?」


「そりゃあ、少しは驚くけど…今はそれより大事なことがあるんだ。お母さん、豪華な料理作ってくれたのに、ごめんね。帰ってきたら食べるから、もう、行くよ」


「うん、待ってるわ。だって今日は遼の誕生日だもの」

 母が優しい顔で言った。

「ほら、お父さん。遼が大事な用事をしてくるんだから、送り出してあげて。さっきの電話、聞いていたでしょ」


「あ、ああ…」

 父が椅子に、座り直し背筋を伸ばす。

 僕も、立ち上がりかけた腰を再び椅子に下ろして、まっすぐに向き合った。


「お前は、イムコプ星人だ。そして、われわれの能力は…」


「お父さん、大丈夫。僕は」

 僕は少しひきつった笑顔を作って父の顔を見つめた。


「これまでの成績が宇宙人の能力だったからって、なんとも思わない。僕は僕だから」


 父の顔が、緩む。


「そうか、これから大事な用事をしていくんだからな」


 大きくひとつ息を吐いた。


「ただ、これだけは言わせてくれ。お前の成績、運動能力は、イムコプ星人の能力ではない。ただ、お前の努力の結晶なんだ」


 僕は父のまっすぐな目を見つめた。

 決して、能力に頼って仕事をし続けてきた人の目ではない。そして、僕がそのことを受け入れるために嘘をついている顔ではないことがわかる。

 静かにうなずいた。


「ああ、行ってこい。友達を助けてやるんだぞ」


 父は力強く言った。

 いつも笑わない父が笑ったような気がした。


「うん」

 僕は立ち上がってショルダーバッグをかけなおす。

 父と母を置いて、リビングを、飛び出した。


 玄関を出て行こうとする僕の背中に、父が声をかける。


「イムコプ星人の本当の能力はな…」


 シューズを履きながら、立ち止まる。


「“絶対に諦めない“という能力だ」


 僕は振り返らずに、片手をグーにして強く突き上げる。


「行ってきます」


 扉を開けて、夜空を見上げる。

 僕の進む方向には色とりどり花火が打ち上がっている。遠くから花火の音が空気を揺らしていた。


 まるで僕の18歳の船出を祝福しているようだった。


 僕はクロスバイクにまたがり、昼間の熱が冷め切らない夜の道へ向かって、思いっきりペダルを踏み込んだ。


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