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7-1 八月七日

 八月七日は僕の十八歳の誕生日だ。

 誕生日はいつも家族でお祝いをすることになっている。

 横浜にいたとき、小さい頃からそうしてきた。


 そして山梨県民にとっても特別な日。


「神明の花火大会」


 中央市のとなり、西八代郡市川三郷町で行われる花火大会だ。

 笛吹川は中央市を横切るように流れ、北からの釜無川と交わり富士川と名前を変え、太平洋へ向かって流れていく。

 その2本の川がちょうど交わったところに市川三郷町がある。

 富士川水運の要衝として栄えた、この地域は古くから紙の生産が盛んだった。

 また、花火の町として歴史は古く、武田信玄公が戦のときに使った狼煙が起源とも言われている。甲斐市川の花火大会は江戸時代には「日本三大花火」の一つに数えられていたが、近世になって火薬使用の規制なんかで廃れてしまっていた。それを地元の人たちが平成に入って蘇らせて、今では山梨県民に根付いているのがこの「神明の花火大会」だ。

 八月七日は「花火の日」として、二万発の花火が三郡橋下流の笛吹川河畔で打ち上げられる。その小さな町の河川敷に毎年約20万人が訪れ、夏の夜を楽しんでいる。高校生や大学生にもなると、身延線に乗って市川大門駅へ、友達同士、浴衣のカップル、男子グループで夜店を楽しんだりするのが山梨県民の青春っぽいシーンになっている。


 とはいえ、小学校4年生の時に引っ越してきた僕は、毎年この日が誕生日なので、一度もこの花火大会に行ったことはない。家で両親とお祝いをするので、ドン、ドンという花火の音を遠くに聞きながら、ケーキの蝋燭を吹き消すのがお決まりになっている。大和も少し自転車で移動すれば高台から遠くの花火が見えるので、それで十分だと言っていた。


 雨宮は古屋に誘われたと言っていたけど、誰かと行くのだろうか。

 サッカー部の友達からは、村松は今日にはもう旅行から帰ってきていると連絡があった。連絡をとって明日、学校に呼び出す手筈になっている。

 確証はないけど、大和の匂いの能力を手がかりにした村松の動揺をきっかけに、なんとかやつの口から自分が犯人だということを引き出せればいい。


 4時に夏期講習が終わって甲府駅で身延線に乗ると、浴衣を着たカップルや、子供連れや年配の方、多くの人たちでごった返していた。みんながこれから始まる夏の風物詩を楽しみにしているようだ。

 自然に雨宮がこの電車の中にいないかと視線を泳がせている自分に気付き、なんだかおかしくなってしまった。

 僕は東花輪駅で乗ってくる人の群れに逆らうように電車を降りた。

 駅に停めてあった自転車に乗って家まで帰った。

 夏の夕暮れ前はまだまだ蒸し暑くて、田んぼを渡る小さい虫が顔に当たるたびにちょっと嫌な気分になる。

 それだけじゃない、妙に落ち着かない。


 玄関を入ったところで、ポケットの中のスマホが震えた。


「なんだ、大和か」


 カバンを肩から下ろして、スマホに目をおとす。


「遼、十八歳の誕生日おめでとう」

 そんな言葉から大和のLINEのメッセージは始まった。

「ひとりぼっちだった僕と友達になってくれてありがとう。あの日、教室で勇気を出して遼に話しかけることができて本当に良かった。そして、遼も僕のことを受け入れてくれて本当に良かったと思う。」

 いや、最初は全く受け入れてはいなかったけどな、と、くすりと突っ込む。

「そして、たった三ヶ月だけだったけど、僕の今までの人生の中でこんなに充実した日々は初めてだった。帰り道、図書館、碧陽祭、インターハイの応援、そして、体操服を探したあの日。遼はこんな僕をそれでも信じてくれると言ってくれた。それだけでも僕は救われることができたんだ」


 ああ、逆だ。大和が僕を信じてくれたんだろう。

 仮面を被って泣きながら、もがいている僕のことを。


「このままだと、僕は違う星に行ってしまうかもしれないけれど——」


 そこで、指が止まった。


「そうなったとしても、ずっと友達で、信じていてくれるかな」


 ……そんなこと、させるかよ。

 今度は僕が大和を信じてやる番なんだ。


「タルサス星では、大事な人の誕生日には”記憶のしおり”を送るんだ」


 記憶のしおり?

 ああ、緑ヶ丘で駄菓子を食べながらそんなことを言っていたっけ。


 ピロンと音がなった。

 ”記憶のしおり”という名前の動画ファイル。

 動画をひらく。


 音楽とともに、写真が流れはじめた。


 タルサス星の”記憶のしおり”っていってもなんてことはない、ただのフォトギャラリーの動画じゃないか。


 思わず笑みが溢れた。


 いつの間に撮ったのか。

 夕暮れ田んぼの中、自転車で走る僕の後ろ姿。

 雨に濡れる校舎。

 二人で見つけた泥だらけの巾着袋。

 黙々とスタートの練習をする僕。

 御坂山地から立ち上る入道雲。

 誰かが撮ってくれたのか。

 グレイの姿の大和と並ぶ僕

 校庭でひっくり返って見上げた茜色の空。

 緑ヶ丘で取材を受ける僕と雨宮。


 ほとんどの写真に大和は写っていないけど、写真を撮る眼差しに大和を感じる。


 インターハイで走る僕。

 大型スクリーンに映る僕は両手の甲にメッセージを書いている。

 Impossible? Possible! Count On My → Talusəs!


 くそっ、ずりーよ。

 カバンを落とした玄関で静かにつぶやく。

 ただ、自然に涙が溢れてスマホの画面に落ちた。

 左手で涙をぬぐう。

 それでも、次から次へと涙が溢れて止まらなかった。



「遼ー!ちょっとちょっとー、帰ってきてるんでしょ!」

 その時間を破ったのは母の声だ。


「テレビ、テレビ、遼、写ってる」

 リビングから玄関の扉が開いて母が叫びながらやってくる。


「あ、ああ、すぐ行く」

 僕は涙を悟られないように、必死に目を拭って、深く息を吸った。

 リビングに入りテレビに目をやった。


「あら、あなたどうしたの。泣いてるじゃない。それはそうと、ほらこないだの緑ヶ丘の。怪物高校生だって」


 テレビにはアイドルに取材を受ける僕が写っていた。

 怪物なのか、宇宙人なのかはわからないけど、緑ヶ丘で取材を受けた時は僕にも余裕がなかったのだろう。画面を通して、それが伝わってくる。


 富士山をバックにクラウチングの姿勢をとる僕の姿。

 周りからはこんなふうに見えているのだろう。

 次はスタートのシーン。

 真正面からスタートするシーンを望遠で。

 決していいフォームとはいえない。

 僕の後ろはスタンドの壁が途切れて、競技場の外が見える。


 あれ?

 ——見間違いか?

 そう思った。


 どこかで見た人影が競技場の外から中を覗き込んでいる。


 すぐにスタートして場面が切り替わった。


「お母さん!これって録画してる?」


 僕は思わず、叫んだ。


「え?もちろんじゃないの。かわいい遼が映るっていうから、ちゃんと録画してあるわ」

「ほんと?」


 その後も番組を見ていると、雨宮のインタビューのシーンの後ろにも見切れるように、写っている人影があった。


 …やっぱり。

 村松だ。


 10分の緑ヶ丘の取材シーンを見直してみると

 村松と思しき人影は合計三回写っていた。

 公園の方から競技場を撮った場面。

 僕のクラウチングスタートの場面。

 雨宮のインタビューの場面。


 後の二回は小さくてよくわからなかったが、最初の競技場の場面は公園でリフティングの練習をしている一瞬が比較的鮮明に写っていた。

 ジャージにサッカーのトレーニングシューズ。

 今考えてみると、試合もないのにあんなところでリフティングをしているなんてやっぱり変だ。

 雨宮を見にきたのだろうか。


 もう一度そのシーンを見返す。

 画面に顔を近づける。

 スマホなら拡大して見ることができるのだけど、テレビ画面だとそれができないのがもどかしい。

 特徴的な形のトレーニングシューズ。


 母はニコニコしつつも怪訝そうな顔で僕のことを見ている。

 父は何も言わずに食卓でビールを飲んでいる。


 待てよ。


 僕は大和から送られてきた”記憶のしおり”をもう一度開いた。


 音楽と共に、写真が流れる。


 泥だらけの巾着袋。

 見つけた場所の泥の上。

 足跡。

 ボツボツと丸い凹みが規則的に並んでいる。

 農作業で使う長靴の足跡とは明らかに違う


「サッカー、トレーニングシューズ…」

 呟いて、スマホで調べる。


 トレーニングシューズの裏にはスタッズという滑り止めの突起がついている。

 出てきた画像のシューズは、緑ヶ丘で村松が履いていたシューズと一緒だった。

 サッカー部の奴らは練習の後、めんどくさくて履き替えずに帰ることもあると誰かが言っていたことを思い出した。


「あの、小屋に行ったのは、やっぱり村松だ」

 もう、間違いなかった。

 あの雨の日、大和が電車から見たのは村松で、あの小屋のところで、体操服が入った巾着袋を側溝の中に隠したのだろう。

 雨宮は村松の何か異常な雰囲気に気付き、すぐに別れたのかもしれない。

 明日、学校で村松と対決するとすれば、これが決定的な証拠になるはずだ。


 唐揚げのいい匂いが漂ってくる。

 そろそろご飯ができたのだろう。

 毎年恒例、僕の誕生日会が始まりそうだ。

 父はテーブルに両肘をついて組んだ両手の上に顎を乗せている。

 母は嬉しそうに、いそいそとテーブルの上に料理を並べている。


「さて、席に着いてください…」

 どこかのアニメで見たような格好で父が着席を促した。

 そのとき、テーブルに置いてあった僕のスマホから大きな音で着信音が響き渡った。


 ——名取紗奈。


 着信にはそう表示されている。

 なんで名取が?また、いちゃもんをつけようというのだろうか。

 正直、少し厄介だなと思いながらも、テーブルからスマホをとり、隣の部屋に入って通話ボタンをタップした。


「はい、みかさ…」


「あ、よかった。遼、今、どこにいる?」

 いつもの名取とは違う。

 後ろはがやがやとたくさんの人がいるような音が聞こえている。

 どうやら花火大会に行っているのだろうか。


「え、今、家だよ」


「え?なんで?遼、春風を花火大会に誘っておいて?」


 状況が掴めない。

 雨宮は古屋に誘われたけど、断ったと聞いている。


「いや、雨宮を誘ったって?そんなことしてないよ。だって、今日、僕の誕生日だから、毎年家でパーティーしているから…」


「まって、まって、どういうこと…。じゃあ、春風が言ってたインスタで遼から花火大会誘われたっていうのは…」

 電話の向こうの名取は明らかに混乱している。

「いや、だって、インスタやってないし…」

「はあ?いや、春風が…春風が…」

 いつもの名取ではない。


「ちょっとまって、今、どういう状況?全然掴めないんだけど、落ち着いて話してくれる?」


「うん、ちょっとまって…」

 名取が息を整えながらがやがやしたところから少し移動をはじめたようだ。

「ああ、ゆっくりでいいから」

 とにかく、名取を落ち着かせる。


「うん…。えっと…。昨日、春風がインスタのDMで遼、なのかな?えと、とにかく遼だというアカウントから花火大会に誘われたんだって…。あ、ごめんなさい」

 まだ、会場の人混みの中のようだ。

「ああ、それで?」

「そう、それで、春風めっちゃ、嬉しそうだったから私に連絡くれたの。あ、いや、嬉しそうっていうか、ほら、あの子、花火大会に行ったことないって言ってたし、違うんだよ。そういうことじゃなくて…」

「うん、それで一緒に花火大会に来たってわけだよね」

「そ、そう。一緒にね。浴衣でね。春風、めっちゃ可愛かったよ。いや、そんなこと。それで、遼、いや違うか、そいつと、6時半に会場の入り口でって約束したんだって。だから駅までは私と一緒に来てたんだけど…」

「はぐれてしまった?」


 電話の向こうでヒュルルルルルと甲高い音が聞こえた。

 ドン!

 歓声が聞こえる。

 花火の音だ。

 今年の神明の花火大会が始まった。


「……え、何?……聞こえ…い」


 花火と雑踏と音楽の音で、名取の声がかき消される。


 遠くの花火のくぐもった音が僕の耳に届いた。


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