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その8


 那覇空港に到着した、すもも組の4人は、目の前の巨大ポスターに目を見張った。

「うわあ…すごいね、紗由ちゃん。大きいまりりんが、いる…」奏子が立ち止まってつぶやく。

「ほんとうだ…おっきいね。大地くんもいるよ…」

「おきなわが、やられるでござるな…」

 充が意味不明な意見を述べると、なぜか恭介がそれに中途半端に同意する。

「こわいねえ…おもしろくないねえ、充くん…」


「ちょっと! かってなこと、いわないでよ!」

「まりりん!」

 紗由が振り向くと、雑誌取材のために一足先に着いていた真里菜が腰に手をやり、仁王立ちしていた。傍らには兄の大地もいる。

「こんにちわあ、おきなわあ!」身体をくねくねさせる大地。


「うわあ、おもしろいね、大地くん、おもしろいねえ!」恭介が笑い転げる。

「恭介くんに、おもしろいって言われても、ぜーんぜん、おもしろくない」真里菜が恭介をにらみつける。

「真里菜、みんなに優しくしないと、翼くんに嫌われちゃうじょ」にっこり笑う大地。

「おにいちゃま…」真里菜が大地を見上げる。

「真里菜は本当は優しい子だから、わかるよね」

「…うん」

「恭介くん、充くん、真里菜のこと、よろしくねえ」

 大地が微笑むと、恭介たちより先に奏子が答えた。

「はい! わかってますから。まりりんが、とってもやさしくて、いい子なのは、わかってますから」


「まあ、あねごがいないと、つまらんでござるからな」

「ドイツには、もっとこわい子が、いっぱいいたし」

「こわい子たちには、どうしてたの?」紗由がずんずんと近寄りながら尋ねる。

「にほんごでおこると、ないた」

「へえ…にほんごって、こわいの?」真里菜が聞く。

「ドイツごのほうが、こわいよ」

「じゃあ、どうしてないちゃうの?」不思議そうな奏子。

「ほんきでおこるから」恭介がきっぱりと言い放つ。

「そっかあ。真里菜や奏子ちゃんには、本気で怒ってないもんね。恭介くんは、真里菜たちのことは、仲良しだと思ってるんだよねえ」

「…しらない」


 後ろを歩いていた保護者たちは、子どもたちのやりとりを笑顔で見つめていた。

「すみません、うちの恭介が失礼なことを…」

 真里菜たちと一緒に、紗由たちを迎えに来た夕紀菜に、頭を下げる恭介の母親、崇子。

「いえ、そんな。うちの子こそ、すみません。まったくもう、本当は気が小さいくせに態度だけは強気なのよねえ。誰に似たのかしら」

「そりゃあ、ママでしょう」

 涼一が笑うと、夕紀菜は言い返す。

「紗由ちゃんの性格が父親似でなくて、よかったですこと」

「でも、母親似というより、華織おばさまに似てる気がするわ」響子が言う。

「勘弁してよ。それじゃあ、制御不能じゃないか」眉をしかめる涼一。

「おばさまに伝えておこうか」

 疾人が面白そうに言うと、後ろから聞き覚えのある声がした。


「お話なら、直接うかがってよ、涼ちゃん」

「うわあ!」

「壁に耳ありだよ、とうさま」

「龍…! 何でお前までここにいるんだ?」

「制御棒がないと、とうさまが困るかと思って」

「この言い方…最近、どんどん涼ちゃんに似てきてるわ」不満げな華織。

「もしかして、そっちも団体旅行なわけ?」

「ええ、そうよ。あなたもツアーに入れてあげるわ。楽しみにしていてね」

 華織は微笑むと、子どもたちを追い越すようにして、背筋を伸ばし歩いていった。


  *  *  *


 沖縄のエコリンピック会場では、竹田の後釜に就任した五車堂新大臣と、有川外務大臣を迎え、賑わいを見せていた。

 新大臣が沖縄出身であることに加え、有川は妻が沖縄出身ということもあり、議員になる前から沖縄の自然を守るための活動に力を入れてきていて、現地では人気の議員である。二人は熱烈歓迎の意を持って迎えられていた。

 中でも、紗由たちを交えたパレードは盛況で、集まった人たちが沿道でにぎやかに声援を送っていた。 


「沿道はものすごい歓声です。現場からの中継は私、沖縄中央テレビの袴田と、ゲストに経済評論家の喜屋武良彦さんをお迎えして、お送りいたします」

「よろしくお願いいたします。いやあ、ものすごい歓声ですねえ」

「沖縄にも縁の深い有川外相ですから、地元の人気もかなりのものですね。

 このパレードに使われている、大通りから市民中央会館までへの道、約200メートルは、人が歩くと発電につながるというプレートが組み込まれています。

 そして、大臣と一緒に歩いている5人のお子さんは、東京・青蘭学園幼稚部の年長さんたちです。彼らは、このエコリンピックで大臣たちと様々なエコ体験をし、それを東京に戻ってから別のイベントで広報活動に務める、エコ大使幼稚部の代表です」


「このエコ大使というのは、小学生、中学生、高校生、大学生、それぞれにいるわけですね」

「はい、そうなんです。全国各地から選ばれたメンバーでして、まずですね、有川大臣に肩車をしている男の子が、大臣のお孫さんの恭介くんです。

 大臣とおそろいの青い“かりゆし”を着ています。沖縄の空の青を表現しているんでしょうか。恭介くんはドイツからの帰国子女で、最近帰国されたんだそうです」

「可愛いお子さんですねえ。人の良さそうな大臣に雰囲気がよく似てます。

 環境教育やエコ意識の強い国からの帰国子女のお子さん。その目から見た日本が、どういうふうに映るのかも興味深いです」


「はい。後ほどドイツ環境相とのテレビ電話中継がある予定なのですが、その時に恭介くんが話をするようです。ドイツ語と英語も堪能なようですので。

 そして、大臣の前を歩いている女の子が、西園寺総理のお孫さん、紗由ちゃんです。黄色の“かりゆし”がひまわりのようです」

「これはこれは…いやあ、可愛いお嬢さんですねえ…美しいというか…」喜屋武がしみじみと述べる。

「あの西園寺総理のお孫さんですからねえ」笑う袴田。


「ちなみに、この隊列を考えたのは紗由ちゃんだそうです。

エコリンピックのマークが四角錘、いわゆるピラミッド型のてっぺんに四葉のクローバーが形取られているものですよね。紗由ちゃんは、それと同じに歩きたいと提案したんだそうです。

 有川大臣が恭介くんを肩車することにして、シンボルマークを見事に6人で体現したわけですね。

 そして、紗由ちゃんのお父さんの涼一さんは、夕方開かれるシンポジウムのパネラーとしておいでいただいています。東大准教授です」

「可愛いだけでなく、賢いお嬢さんなんですねえ。

 エコというものは、子どもの未来につながるものでもありますから、子どもの視点も大事にしたいという有川大臣のお志もご立派です」


「さらにですね、大臣の右側、白い“かりゆし”の女の子が、故・四辻外務大臣のお孫さん、奏子ちゃんです」

「これまた可愛いお嬢さんで…お雛様のようだ。面影がありますねえ、四辻大臣の。

 基地問題ではご尽力されていた四辻氏は、沖縄で異例の追悼の儀が行われたという経緯もあります。当時はいろいろと報道されました。感慨深いですねえ」


「それから、有川大臣の左側にいるのは久我真里菜ちゃんです。

 今回のエコリンピックのスポンサー、久英社社長のお孫さんで、今回、久英社のポスターのモデルも務めています。そのポスターと同じ衣装、赤い“かりゆし”姿です」

「なるほど。那覇空港にもポスターがありましたね。またまたキュートで可愛いですねえ。モデルチックというか。いやあ、なんだかミスコンみたいだなあ」喜屋武の顔がほころぶ。


「可愛いお嬢さんたちに囲まれ、心なしか、有川大臣もうれしそうです。

 そして、大臣の後ろを歩いているのは花巻充くんです。黒地にハイビスカス模様を白く抜いた“かりゆし”を着ています。

 おうちは、東京の中継ポイントの一つ、浅草にある人気居酒屋“さけみつる”です。

 何でも、居酒屋でのドギーバッグサービスを推進している団体を主宰しているお店ということで、まさしく食のエコに関わるものと言えます」


「ええ。そのお店なら、私も東京にいた学生時代、よく使わせていただきました。その頃も、野菜の皮のきんぴらやなんかをサービスで出してもらいましたよ」

「ああ、今はやりのエコ料理、その走りというわけですね。

 ご紹介した5人が大臣と一緒に参加するエコ体験イベントには、料理コーナーもあります。主婦の皆さんにもすぐに役立つ知恵が満載ですので、どうぞお楽しみに」


 パレード中継をホテルのテレビで見ていた龍は、途中で腹を抱えて笑い出した。

「どうしたの、龍?」華織が尋ねる。

「すごいよ、おばあさま。紗由が言ってたとおりになった。あれが最強の結界だ」

 華織が見ると、有川は恭介を肩車し、その前後左右を紗由たち4人が布陣している。

「よくこんな組体操みたいな行進を許してくれたものだこと」

「紗由が有川のおじさまに交渉したんだよ。それにしても、紗由たちが色違いで着てる服、売れそうだね」


「久我さんのところがスポンサーだから、あそこで売っているんでしょうね。本当にご商売がお上手」

「まりりんが、着る服を決めたんだって」

「久英社は、いい跡取りがいてお幸せね。当分安泰だわ」

「うん。跡取りって大事だと思う」

「そうね。とっても大事だわ」


 二人が面白そうに笑ったとき、部屋のドアがノックされた。入ってきたのは翔太だ。

「“命”さま。今、パレードの観客に混じって、保先生が映っとりました! 変装してましたけど、ぴかぴかが先生のでした!」

「あら。思ってたより早かったのね。まあ、ちょうどいいわ。龍、皆を呼び集めてちょうだい」

「わかりました。呼んできます」敬語で答える龍。

「俺も行く」

 龍と翔太は部屋をあわただしく出て行った。


  *  *  *


「ミーナ…あなただったの!?…この手紙くれたの…」

「ええ、そうよ、miwaちゃん。お久しぶり」未那は、美智香の母、美和子に微笑んだ。

「でも、ゆうか…ここに書いてあること、いったどこで聞いたの?」誘拐と言いかけながら、咄嗟に周囲を見渡す美和子。「ご、ごめんなさい、ミーナ。10年ぶりだっていうのに、いきなり、こんな…」

「いいえ。こちらこそ、詳しいことも話さずに呼びつけて、ごめんなさいね、miwaちゃん。

 とりあえず、ここでは人目があるわ。私が泊まっているホテルのほうへ来てもらっていいかしら。他の人たちも来ているから」

「他の人?」

「ええ…」未那は目を左右に動かし周囲の気配を確認すると、美和子の耳元でささやいた。


「ミッキーとマーサにも手紙を出したわ。ナユも来る。キック兄弟には連絡つかなかったけどね。

 あとは…たまに先生が連れてきたことがあったでしょう、占いの得意な中学生の女の子。あの子もよ」

「ああ…確か、ミオちゃんね…私も占ってもらったわ。昔の出来事がピッタリ当たってて、びっくりしたことがあったわ。彼女まで?」

「ええ。先生に関わった人たち、皆から話を聞きたいのよ。それが、お嬢さんの一件を解決する鍵になるかもしれない」

「ミーナ…」

「さっきの質問への答えも部屋に行ってからさせてもらうわ」

 未那は美和子の背に手を当て、軽く促しながらホテルの部屋へと戻った。


  *  *  *


 皆が慌しく華織の部屋に集まるや、躍太郎が口火を切った。

「さっそくだが本題に入らせてもらうよ。これから、この一両日で起こることは、正直全貌は見えていない。

 四辻先生の一件が深く関わっているのは事実だが、動いている人間たちの狙いは一種類ではないようだ。

 紗由たちは、有川先生を守ろうと結界を作ったが、それに反応するように別の結界も何種類か存在している。入り組みすぎていて、敵の様子を把握しきれない状況だ」


「でも、それは相手にしても同じことだよね」風馬が言う。

「ああ、そうだ。だから何らかの仕掛けをして、相手の反応を見ることにしたい。

 まず有川先生と紗由たちのパレードで、何かしらの反応が現れるはずだ。それに備えるのが我々の最初の仕事ということになる。

 有川先生を守るのもそうだが、子どもたちは能力者とはいえ、腕力的には大人にはかなわない。むしろ今回は、子どもたちを守ることを念頭に置きながら、相手の様子を探ってほしい」

「具体的な動きとしては?」風馬が聞く。


「風馬と誠くんと澪ちゃんは、今まで通り、奏子ちゃんに集中してほしい」

「でも父さん。国務大臣が3人、現地にいるんだよ。奏子ちゃんだけに、そんなに手を割くというのはどうなの」

「四辻先生がらみで何か起きるとすれば、敵が五車堂先生を狙うことはまずない。竹田先生から急に交代して、元々、ここにいる予定のなかったメンバーだからね。そういう意味では、保くんの動向もまだ知られていないだろう」


「でも、有川先生は狙われる可能性が高いんじゃないのか。四辻先生がらみで、かなり動いている気配がある。あの件に関わった一派、気功塾の元メンバー…敵は一人じゃないかもしれない」

「だが、相手方は今、有川先生には手を出せない。紗由たちが作った結界は思いのほか強力だし、その解き方を知っているなら、とっくに解いているだろう。

 有川先生を狙いたいなら、なおのことだ。しかし狙いが園児たちだったとしたら話は別だ。彼らの作った結界は、作っている人間の一人ひとりを守るものではないからね。

 さっきも言ったように、大人の腕力にはかなわない。そして、もし奏子ちゃんを連れていかれでもしたら、いろいろ面倒になる」


「わかりました」誠が答えた。「ですが…本人の前で言うのも何ですが、僕は奏子ちゃんより、むしろ翼くんの狙われる可能性のほうが高いようにも思えます。向こうは四辻先生直伝の継承者を翼くんだと思っているでしょう」

「だったらそれでいいよ、誠さん」龍が誠を見る。「翼が相手に接触して、直接観察できたほうが本当は都合がいいんだ。翼は相手が過去にやってきたことをたどれるし、僕がそこから行動パターンを予測できる」

「翼くんがおとりになるのもありだということかい? 精査の結果から言うと、危険も伴うよ」風馬が言う。


「でも、パパのところに変な人間が近づいてきていたり、うちを狙っているのは確かだと思います。そして奏子が狙われる可能性が高いなら、奏子を守るには、それしかありません。

 それに、奏子はおじいちゃまが直伝した人間だから、もしかしたら、手を読まれるかもしれません。

 ただ逆に奏子が激怒すれば、おじいちゃまのやり方で反撃したら、おそらく奏子のほうが力が強いだろうから、敵もひとたまりもないはずです。

 使う場面をよく考えるという意味でも、最終兵器は大事に取っておこうと思います」

「そういうことだから、過去をたどるのを得意とする人間たちで、奏子ちゃんに近づく人間を片っ端から精査してくれ」躍太郎が指示する。


「念のため、保ちゃんと五車堂先生は、イマジカの特別部隊が中心にフォローするわ。保ちゃんのほうは、ほぼ全開になってるから、心配は要らないと思うけど」

「賢ちゃんの会社に特別部隊があるんですか?」翼が訪ねる。

「ええ。私の直弟子たちよ。頼りになるわ」

「それ…やっぱり進子ちゃんも入ってますか?」翔太が聞いた。

「どうして、そう思うの?」

「…おととい、電話で話したとき、ぴかぴかが読めへんように、なっとりました。はじかれる感じが、“命”さまのと、よう似とりました」


「遠隔で読むのも、だいぶ上手になったのねえ」

 微笑む華織。

「そう。翔太くんの想像通りよ。…でも、翔太くんを騙していたなんて思わないでね。

 賢ちゃんや、玲香さん、まーくんや、まこちゃんを守るために、彼は影で一生懸命に尽力してくれているの。大好きな弟子の翔太くんに言えないこともあって、彼は彼なりに辛いんだと思うわ」

「はい。わかってます」翔太はうなずいた。「でもあの…“命”さまが教えてくれはったいうことは、今度会うたとき、僕がそのこと聞いても、ええんですか?」

「かまわなくてよ」

「わかりました。でも、玲ちゃんたちには言いません」翔太はそう言うと、少し後ろに下がった。


「じゃあ、澪ちゃんは奏人さんの気功塾のメンバーのところへ行ってちょうだい。未那ちゃんが待ってるわ」

「未那ちゃんていうのは、もしかして充くんがナンパしてたお姉さん…?」大地が華織を見つめる。

「そう。彼がご執心の彼女。そして、西園寺保探偵事務所の最年少メンバー、高橋悠斗くんのママよ」

「充の好きなお姉さんは、西川さんいうお名前だったような?」翔太が首をかしげる

「旧姓なんだよ」躍太郎が答えた。

「今のお名前が高橋さんいうことですか?」

「ええ。そういうこと」

「じゃあ、その高橋さんて…もしかして…」前に歩み寄る翔太。

「本当、高橋さんだらけなのよねえ、イマジカって」

 華織が笑うと、躍太郎も笑った。


「翔太くんは、本当に勘がいいねえ」

「僕は会っておらんのですけど、紗由ちゃんが言うとりました。悠斗くんは“命”さまを守る仮面ライダーだって。3つの頃から、そないに言うのは、おとんも、おかんも、そういうのを、わかってる人ですよね」

「悠ちゃん、私に夢中なの」

 ふふふと華織が笑うと、風馬が苦笑いする。

「3つじゃ、まだ、よくわからないんだろうねえ」

「あら、そんなことはなくてよ。賢ちゃんなんて、3つのときに私のこと、世界で一番きれいだし、とっても大好きだって言ってたもの」

「賢児は昔から優しくて、人に気を遣う子だったからだよ」淡々と言う風馬。

「いや、きっと僕が3つでも、そう言ったと思いますよ」誠が言う。

「兄さんだったら、きっと2歳でもそう言いました」大きく頷く澪。


「わかりました。結論から言うと、“命”さまは世界最強のべっぴんはんで、誠はんは生まれたときからおなごを褒めるのが、えらい上手で、悠斗くんは進子ちゃんと西川はんの子なんですね?」

「その要約の仕方はちょっと何だけど…」少し不満げな誠。

「目が進ちゃんに、よーく似てるのよ」

「悠斗くんも一緒に来てるの?」龍が聞く。

「ええ。今は隣の部屋でお昼寝中。パパとママのお仕事中は私がベビーシッターなの」

「進兄さんて、昔から度胸がすわってるよな。僕なら母さんに子どもを預けるなんて、怖くてできないよ」

「そうねえ。誰かさんみたいな子になっちゃうかもね」

 華織が不機嫌そう言うと、がさごそと隣の部屋から音が聞こえ、静かにドアが開いた。


「かおりちゃま…」

 目をこすりながら、ふらふらと悠斗が歩いてくると、華織は嬉しそうに走りよって、悠斗を抱き上げた。

「悠ちゃん、お目目が覚めちゃったの? 風馬おじさんがうるさくしてごめんなさいね」

「かおりちゃま…ゆめみた…」

「どんな夢かしら。かおりちゃまに教えてちょうだい」

 悠斗を抱っこしたままソファーに座る華織を一同が見つめる。


「あのね、このまえの、わるいやつね、おひげのおじさんと、いっしょだった」

「お髭の小父さん?」

「朝香先生かなあ」龍がつぶやく。

「あとね、じゃがいもみたいな、おんなのこも、いっしょ」

「じゃがいも?」

「美智香ちゃんかな…」翼が龍を見る。「あ、でも、とってもいい子なんです。すごく優しくて、頭が良くて」

「あの、美智香ちゃんて、もしかして竹田大臣のお孫さんの…」澪が話に入る。

「そうよ。ちょっと前に不審者が接触していたらしいわ」


「未那さんが、彼女のお母さんのmiwaさんにも声をかけているはずですから、娘さんも沖縄に一緒に来ているかもしれません」

「じゃあ澪ちゃん。早めにその辺も確認してちょうだい。悪い奴らと一緒というのは気になるわ。母親と一緒ならいいけど…」

「彼女も関係者リストには入れてある。現地に来ている警備の者に、すぐにチェックさせよう」躍太郎が言う。

「わかりました」

 澪は早口で返事をすると、慌しく部屋を出て、未那の部屋へと向かった。


  *  *  *


 澪が未那の部屋をノックすると、中から未那の声がした。

「澪ちゃんね。どうぞ」

 中に入ると、そこには見覚えのある女性が未那の他に3人と、男性が1人、座っていた。

「失礼します。皆さん、ご無沙汰しております。ミオこと西園寺澪です」会釈する澪。


「皆さん、ちょうど今そろったところなの。じゃあ、改めて自己紹介しましょうか。当時はニックネームだけで互いの素性には触れないということになってたから。で、今回お呼び立てした理由は、その後ということで」

 未那が言うと、澪がそれを遮った。

「ミーナさん、その前に、すみません」澪は一人の女性の前に歩み出た。「miwaさん…竹田美和子さんですよね」

「え、ええ」戸惑う美和子。

「お嬢さんとはご一緒ですか?」

「ええ。一緒に来てるわ」

「今どちらに?」

「父の秘書の方にお願いしてあるの。エコリンピックの会場のどこかだと思うけど…」

「すみません。お嬢さんの所在、すぐに確認してください」

「どういう…ことかしら?」

 美和子が怪訝そうに澪を見つめると、美和子のスマホが鳴った。


「ちょっと失礼。…鳴海さん? え? 来てないわ。いないんですか? ご一緒だったんですよね?…ええ、はい。はい、わかりました。とにかく、そちらに向かいます。私からも電話してみますから」

 美和子は電話を切ると、青ざめた顔でどこかに電話をし始めた。

「…出ないわ」

「miwaちゃん?」未那が肩にそっと触れた。

「娘さん、行方がわからないんですね?」澪が聞く。

「ええ。皆さん、ごめんなさい。来てすぐに何ですけど、今日はこれで失礼します」

 美和子が足早にドアに向かうと、澪がメモを彼女の手に握らせた。

「もし見つからないようなら、ここに電話を。義父が要人警護の会社をやってます。そちらからも人をすぐに手配しますので」

「あ、ありがとう。でも、ミオちゃん。何で娘の所在なんて聞いたの? あなたの占い? 何か知っているの?」矢継ぎ早に質問する美和子。


「私、今、ある人たちの行方を捜しているんです。予知夢に長けた人間が、彼らと一緒に女の子がいるようだと言ってまして、その子の特徴が娘さんと一致しているようでしたので、もしかしたらと思って…」

「そう。わかりました。また後で連絡させてもらいます。もし、人手が必要になったら、よろしくお願いします」

 美和子は澪と、その他のメンバーに一礼すると、足早に部屋を出て行った。


「何だか、いきなり大変なことになっちゃったね。探すの手伝わなくてよかったのかな…」

 男性がつぶやくと未那が言った。

「顔がわからない人間が、会場近くのこの人ごみの中で探しても、効率が悪いと思うわ。とりあえず連絡を待ちましょう。

 …ナユは探し物が得意だったわよね。今のmiwaちゃんの様子から何か感じるところはあった?」

「全然。僕はもう、その手のことからは、すっかり足を洗っているし。今日も、エコリンピックで沖縄に来る仕事があったから、おうかがいしたようなものだし」


「そう。じゃあ、こんな時に何だけど、改めてご挨拶ということにしましょうか。miwaちゃんのお嬢さんの件も、もしかしたら私が皆さんへお声をかけた理由とつながっているかもしれないし。

 …まずは私からね。ミーナこと高橋未那です。家族は主人が一人と幼稚園の男の子が一人。3つの会社に非常勤の形で所属している医者です。メインはスポーツクラブのスポーツドクターのほうかしら。週3日は、澪ちゃんの義理のお父様が以前代表をなさっていた会社にいます」


「じゃあ次は僕ね。改めまして、お久しぶりです。ナユこと山階雄飛です。ハンドルネームは名前の真ん中を取りました。

 残念ながら嫁は一人もいません。昨日から仕事でこちらに来てます。イベントスポンサーの久英社営業部にいます。次はミッキーどうぞ」


「あ、はい。ミッキーこと葉山実歌です。私も非常に残念ながら旦那様が一人もいなくて…」

 メンバーが笑う。

「1年ぐらい前までは輸入代行の会社をやってたんですけど、今は兄と一緒に北青山のほうで小さな輸入雑貨店をしてます。はい、じゃあ、隣のミオちゃん」


「はい。ミオこと西園寺澪です。今は静岡に住んでます。主人が画家をしているので、その画廊の管理の仕事をしています。

 東京にも仕事の関係でよく出てくることがあって、未那さんの会社のほうとも、仕事でお付き合いがあるので、未那さんとはたまにお会いしてました。と言っても、ここ2年ぐらいの話ですけど。…マーサさん、どうぞ」


「マーサこと花巻雅です。優雅の雅で“みやび”なので、ハンドルは、その読みを借りて、マーサにしてありました。

 今日は元々、沖縄に息子の晴れ舞台を見に来る予定だったんです。さっき有川大臣と一緒にパレードに出ていたものですから」


「あ、そうなんだ。じゃあ息子さんて、真里菜ちゃんのお友達?」

「ええ。久我さんのお嬢さんには、とても仲良くしていただいてるの」

「そうかあ。最近、今回のイベントの件で、何度か青蘭に行ったんだよ。送り迎えの時間帯とぶつかったこともあったけど、待ってた親御さんたちの中にマーサもいたのかなあ」

「私は今、外務省の外郭団体に出向中で、神戸に住んでいるの。

 だから最近は東京には戻ってなくて。それから、四辻先生が外相時代には、次官の下で働いていました」


「へえ。じゃあ、マーサは四辻先生と、解散後もお付き合いがあったんだ」

「いいえ。当時、先生はいつもサングラスで、お顔もよくわからなかったし、外務省関連のパーティーで向こうからお声をかけてくださるまで、気づかなかったわ」

「そうよね。“カナト”というお名前は最後に教えてくださったけど、苗字なのか名前なのかもわからなかったし、それだけじゃあ、さすがにね」未那が言う。

「塾だって、ご自宅でなさっていたわけでもないし、あんな形でお別れしてしまったら、ただの謎のおじさまだわ」実歌が頷いた。

「僕なんて、ここでミーナから説明を受けるまで、先生が、あの四辻奏人だなんて知らなかったよ。でも、生きていらっしゃるうちに、もう一度、お会いしたかったなあ…」


「お孫さんの奏子ちゃん、先生によく似てるのよ」雅が言う。

「じゃあマーサは、四辻先生のお宅とPTA同士のお付き合いとかあるの?」実歌が聞く。

「私は、青蘭に転園する前に出向になっちゃったから、そういうのは主人がやってるわ。始業式の時に奏子ちゃんのご両親、つまり四辻先生の息子さんご夫婦には、ご挨拶させていただいたけど、普段は全然。

 気功塾のことも、身分を明かさない約束を破るのもどうかと思って伝えてないの。でも、幼稚園での話は息子から電話でよく聞いてるわ」


「へえ、そうなんだ。で、あとはmiwaちゃんか…」

「彼女のことは私のほうから紹介するわ」未那が言う。「彼女は、今回のエコリンピックの主催大臣になるはずだった、前環境大臣の竹田先生の娘さん。お仕事としては、お料理教室をご自宅で開いているようよ」

「ああ…そんなところのお嬢様だったんだ。言われてみれば、顔がそっくりだね。…あ、いや、料理教室なんて、彼女にぴったりで…」

「いいわよ、ナユ。そっくりですもの。あと、ショットは仕事の都合で無理らしいわ。キック兄弟…キックとショウには連絡つかず」


「ねえ、ミーナ。私たち、塾時代は互いの身元を明かさないという条件で参加してたでしょう? 元々、皆、いろんな場所で先生に声を掛けられて集まった人間だし、前から知り合いだったわけじゃないわ。

 しかも1年ぐらいで急に塾を解散されて、先生のフルネームもご自宅もわからない。そんな中

 で、どうやって先生のことや、メンバーの連絡先を知ったの? 実は身元を明かしあってたの?」実歌が尋ねた。

「いいえ。そんな約束を破るようなことをしたら、先生から破門されちゃうわ。ああいう真っ直ぐな方だもの」

「そ、そうよね。ごめんなさい」


「いいの、いいの。不思議に思うわよね。

 実は、澪ちゃんは元々、四辻先生のお知り合いのお嬢さんだったの。

 私たちとは違って、最初から先生の素性を知ってたわ。

 そして今、彼女のご主人のお父さんが、四辻先生がらみで、ある人たちを探していて、そのヒントを得たいと思って、この気功塾のメンバーに話を聞きたいということになったわけなの。

 私は、さっきも言ったように、彼女のお義父さまが代表をしていた会社にいるから」

「はい。ですから、義父のほうで皆さんのこと、調べさせてもらったんです」澪が言う。


「それで、ここからは少々物騒な話にもなるんだけど、四辻先生の不幸な事故に、この気功塾のメンバーが関わりを持っているんじゃないかという話が浮上しているの」

「それって、事故じゃなくて暗殺だったかもっていう、あの噂のこと?」目を見開く山階。

「そう、それ。最近、先生の関係者の周囲に不審なことが重なっていて、どうも特別な力の持ち主が関係しているようなの。

 そこで確認なんだけど、“火”にまつわる訓練を受けたことのある人、この中にいる? あるいはキックたちが受けていたかどうか、わかる?」

「私が疑われているのね…?」実歌が震える声で言う。「私の身元もわかっているんでしょう? 父が四辻先生と対立していたことも」

「どういうこと?」山階が聞く。


「確かに調べさせてもらったわ、ミッキー。あなたが小宮山元総理のお嬢さんで、塾が解散した後も、他の人から、同様のことを学んでいたことも。

 でも、誤解しないで。あなたのことを疑ってはいないわ。おとうさまの敵なら、あなたにはむしろ味方でしょう?」

「ミーナ…」唇をかむ実歌。

「小宮山総理の娘だったんだ…何だかセレブな会合だなあ」再び目を見開く山階。「あのさ、澪ちゃんも西園寺って言ったよね。もしかして総理の関係者なの?」

「はい。保先生は、主人の母の弟です。パレードに出ていた紗由ちゃんは、主人のいとこのお嬢さんになります。今は、四辻先生のお孫さんたちとも、普通にお付き合いがあります。

 何より…四辻先生には、本当にお世話になりました。大切な恩人の一人です。だから私、本当のことが知りたいんです」


「それは、ここにいる全員がそうだと思うわ。さっきのミーナの質問に戻りましょう」雅が言う。「私は“火”の訓練、受けたことがあるわ。というか、全員受けているものだと思ってた。私たちの訓練はすべて、集合訓練と個人訓練の両方があって、後者の内容は明かさない約束だったから、あくまで想像だけどね。

 でも、それなのにキックたちが、“火”の訓練に関してはすごく筋がいいと褒められたって、自慢していたことがあったし…それに、miwaちゃんは彼ら以上にすごいらしくて、かなり嫉妬してたのも知ってる」


「へえ…そうだったんだ。僕、受けたことないよ。“水”の練習なら、したことあるけど」

「私もよ。“水”だけ」実歌も言う。

「キックたち、連絡つかなかったって言ったけど、行方知れずなのかい? 連絡先はわかってるけど、返事が来なかったってこと?」

「返事が来なかったのよ、ナユ。だから、しばらくして訪ねてみたんだけど、私が行く前日に引き払っていたの」

「うーん。ミステリ小説なら犯人確定ぐらいの怪しさだよな」

「はい。おっしゃるとおりです。しかも、miwaさんのお嬢さんと一緒にいる可能性が高いと思われます」澪が言う。

「え? どういうこと? 母親のmiwaが知らないのに一緒って、誘拐じゃない」

「まだ、そこまでは確定できませんけど」


「つまり…」実歌が言う。「“火”の訓練を受けたと思われる人間が、四辻先生の周囲の人に、その力を使って何らかの危害を及ぼしたから、探しているということなのね?…もしかしたら、四辻先生本人にもっていうこと?」

「そう考えている人が私の周囲には、いるわ」未那が頷いた。

「先生本人にって、まさか飛行機事故は“火”の力を使ったテロだったってことかい?」

「でも、あの力は直接その場にいないと使えないはずでしょう。近くで飛行機を爆発させたら、自分の身も危ないわよね」考え込む実歌。


「だよなあ。それに、どうしてmiwaの娘を誘拐するっていうか、接触するわけ?」

「お嬢さんが、かなり強い“火”の力…たぶんmiwaちゃん以上の力を受け継いでいて、それを使いたいんじゃないかしら」雅が言う。

「miwaちゃんを狙っていたけど、お嬢さんのほうが強かったとか」実歌が未那を見た。

「可能性は高そうね。あるいはmiwaちゃんをおびき寄せる撒き餌にしたいのか…」

「いや、誘拐は重犯罪だ。本人の力で間に合うなら、本人に接触したほうがリスクが少ないよ。いきなり娘のほうっていうのは、そのほうが得るものが多いということだよな」

「誘拐もどきのことをしてまで、彼らがお嬢さんに近づいた意味が何かってことよね。お嬢さん自身の力が欲しいのか、誰かをおびきよせるための人質代わりとか。でも、ああいうお家だと利害もいろいろでしょうから、候補者がたくさんいそうね…」雅が考え込んだ。


「そうね。マーサの言うとおり、材料がなさすぎて特定が難しいわ。でも、お嬢さんの件とは別に、四辻先生への弔いという意味で、皆さんそれぞれの力を使って協力してほしいことがあるのよ」

「何?」メンバーが一斉に未那を見つめる。

「実はね…」

 未那は、パンフレットを取り出すと、その中の会場地図を指で指し示した。

「気になる場所をチェックしておいてほしいの。また連絡するわ」


  *  *  *


 未那は華織の部屋に戻ると、華織と遊んでいた悠斗を抱き上げ、すぐに報告を始めた。

「途中、美和子さんが退室して、その後の連絡はまだありません」

 続いて部屋に入った澪も説明する。

「さっき彼女に電話が入った時点で、竹田先生の秘書の方には、不審者から何らかの接触があったように思いますが、詳しいことまでは…たどるには時間が足りませんでした…」

「ですが、エサは蒔けました。確実に動きがあるはずです」未那がフォローする。

「ありがとう、澪ちゃん、未那ちゃん」


「あのね、ママ、みつるくんのママは、あぶないよ」悠斗が未那にしがみつきながら言う。

「大丈夫よ、悠ちゃん。危ないものをどかすのが、かおりちゃまのお仕事なの。何とかするから、大丈夫よ」

「みつるくんはね、おやつわけるとき、ゆうとに、たくさんくれるの。“ひめには、ないしょでござるぞ”って」

「そう。よかったわね、悠斗」未那が悠斗に頬を寄せる。

「ゆうとね、みんなだいすき。たんていじむしょのひとたち、みんなだいすき。いっしょだと、うれしいから」悠斗が笑う。

「じゃあ、皆が頑張れるように、もっと応援してね。かおりちゃまも頑張るから」

「あい!」

 きっぱりと返事をする悠斗を、華織はやさしく見つめた。


  *  *  *


「保さま」

 聞きなれた声に保が振り向くと、そこにはエイサーの衣装に身を包んだ5名がいた。

「進くんか…?」真ん中の背の高い男性に声をかける保。

「はい」

 進はチョンダラーと呼ばれる道化の化粧を顔に施していて、一瞬見分けがつかなかった。

「悠ちゃんにいたずら書きされたような顔だね」まじまじと見つめる保。

「あの子がやると、もう少しカラフルになりますけど」傍らの未那が答えた。

「ああ、未那ちゃん、似合うねえ、その衣装。華やかな顔立ちにぴったりだよ。でも、役目からすると目立ちすぎじゃないのかい」苦笑する保。

「この衣装だと、エイサー大会参加者だと思って、どんなに混んでいる場所でも、人が道を開けてくれるんです」


「保さま、ご無沙汰しております」頭を下げたのは、イマジカ開発室SEの高橋だった。

「ああ、渉くん、お久しぶり。いつも賢児がお世話になってるね。ありがとう。弾くんも」

「とんでもございません」弾も深く頭を下げた。

「それにしても、村上先生までおでましとは、どなたか病人かケガ人が出る予定ですか?」

「ノーコメントです」

「まあ、いいでしょう。姉さんたちも来ているんですよね?」

「それは、まあ」村上医師が笑う。


「保さまも、変装に成功しているようですね。まあ、それでも十分芸能人に匹敵するオーラが出てますけど」

 かりゆしにサングラス、パナマ帽姿の保を見ながら、渉が言うと、保は苦笑いした。

「どうも、翔太くんにバレちゃったようだ。“ぴかぴか”をね、精査されているのを感じたよ。すごいね、彼のチェックは。空港に置きたいぐらいだ」

「ご自身も、もう全開ということですね」進が言う。

「さあ。私は全開という状態を自覚できるよう教育されてないのでね。ただ、明らかに前とは違う。自分の身ぐらいは守れそうに思うから、君たちは肝心の部分に集中してくれ」


「保さま。華織さまから、これを」

 未那がシルクに包んであったルチルクォーツを差し出した。直径2センチほどの小さなものだが、輝きは大型のそれに勝るとも劣らない。

「魔よけかい?」

「保さまに近寄る魔など、魔に値しません。身の程知らずな小童です」進が笑う。「ですが、最近の世の中には小童も少なくないものですから、目障りな気配を感じられましたら、一応、華織さまにはご一報ください」

「小ぶりの携帯電話といったところです」未那が微笑む。

「華織さまの他に、躍太郎さま、風馬さま、龍さま、紗由さまが、兄弟石をお持ちです」


「…義兄さんが実働部隊側なのか。一大事だな」

「20人からを動かすことになります」

「明日は禁忌日だ。姉さんをはじめ、何人かは動けない時間帯がある。その辺も仕切る必要があるだろうしね」

「おっしゃるとおりです。そういう意味では、紗由さまたちの動きにかかっていると言っても過言ではありません」

「私にもできることがあれば言ってくれ」

「もちろん保さまの出番もご用意してございます」

 未那は妖艶に微笑んだ。


  *  *  *


「えーと…それじゃあ、皆、いないってこと?」賢児は怪訝そうに和江に尋ねた。

「左様でございます」

「お義父さまも、急に予定がお決まりになったんですか?」

「はい。急なご公務とのことで、周子さまも、そのお供でございます」

「龍は?」

「華織さまのお供ということです」

「何だか、家の中も会社も、人がいなくなっちゃいましたね…」玲香が大きく頷いた。

「会社もだよなあ。今度の連休は会社のイベントで出勤だからって、出勤予定者は連休前に一斉に休暇取ってるんだよな。

 高橋部長だろ、西川先生、中山くん、えーとSEの高橋くんもだっけ。哲ちゃんもだし。俺も休もうかなあ。どうせ企画室の会議はできないし」

「哲也がご迷惑をおかけして、申し訳ございません。久我様からのご招待ということで…」

「ああ、そういう意味じゃありません。哲ちゃんが久我家の人間として認められたからこそのご招待ですから、僕もうれしく思ってます」


「ありがとうございます。賢児さまのお陰で、哲也も好きなお嬢さんと一緒になれそうで、本当に感謝しております」

「和江さん、僕は何も。哲ちゃんの努力を久我家の方々が認めたということですから」

「いえ、賢児さまのお力添えのおかげでございます…」頭を下げる和江。

「そんな。哲ちゃんの人柄と能力の賜物です。和歌菜おばさまは、けっこう厳しいですからね。それをクリアしただけでも、かなりの倍率突破ということですから」

「ありがとうございます」さらに深く頭を下げる和江。


「でも、こんなふうに、いきなり皆いないというのも、初めてじゃないかなあ…」

「じゃあ賢児さま。ここは逆転の発想で、子どもたちと4人で旅行に出たつもりというのは、どうでしょうか」

「そうだなあ…よし! 2階の客間、カーテン替えて南国風にしよう。ソファーカバーも」

「でしたら、母屋1階の中庭に続く客間のほうが、よろしいのでは。プールに続いていて、まさに南国気分かと。私がご用意しておきます」微笑む和江。

「うーん。じゃあ、和江さんにお任せしようかな。親父や兄貴にはナイショだよ」

「もちろんでございます」

 和江は楽しそうに微笑むと、そそくさと部屋を後にした。


  *  *  *


「さて…どうしたものかしらねえ」

 華織が紅茶を口にすると、進も一口すすりながら言う。

「彼女を早く取り込んだほうがよろしいのでは」

「生乾きのまま取り込むのはどうかしらねえ」

「乾燥機で手早く乾かすだけのことです」

「無駄なシワが増えちゃうのも何だわ」

「では、天気が荒れるとわかっているのに、干したままになさるわけですか?」

「まあ…それも何だわね。では、未那ちゃんに取り込ませてちょうだい」

 華織は窓の外を見ると、二口続けて紅茶を飲んだ。

 

  *  *  *


 娘・美智香の行方を懸命に捜したが見つからず、途方にくれていた美和子に電話が入った。相手の男は娘と一緒にいるとのことだった。

「あなたは誰ですか? 娘は今どこにいるんです? 前に娘を誘拐したのもあなたなんですか?」震える声で美和子が訪ねた。

「名前は保坂。ああ、この名前じゃわからないね。キックと言ったら、思い出してもらえるかい?」電話から流れる声は明るい。

「え?」

「忘れちゃったかな」

「四辻先生の塾でご一緒していましたよね」硬い声になる美和子。

「よかった。覚えててくれたんだ」


「どうしてあなたが、うちの娘と一緒にいるんですか」

「ああ、miwa。そんな怖い声出さないで。お嬢さんには何もしないよ。それに、前にも誘拐だなんて人聞きが悪いなあ」

「お願いですから、娘を早く返してください」

「今、電話を替わりますから」

「美智香! 美智香! ママよ! 大丈夫なの?」

「美和子…」

「え?…その声…幸也さん?…」

「…久しぶりだね、美和子。美智香ちゃんは無事だ。安心してくれ」

「幸也さん、どういうことですの?」


「…おっと。申し訳ないですが、そこまで。あなたの大事なお二人には、我々に力を貸していただくこととします」再び電話を代わる保坂。

「どういうことなの、キック? なぜ私たちに関わるの? あなたたち、何がしたいの?」

「僕らを裏切った四辻先生に、僕らの力をわかっていただくんだよ」

「何なの、それ? だいたい、四辻先生がどうして、あなたたちを裏切ったことになるの? それにもう、先生はお亡くなりになっているじゃないの」

「そう。先生はもういない。だが、先生の跡継ぎは、まだいる。力をわかってもらわなきゃいけない人間は、まだいるんだよ」

「どういうこと? その跡継ぎ…誰のことだかわからないけど、あなたたちのことと、どう関係するの?

 それに、美智香たちに力を貸してもらうって、どういうことなの? 私たちに何の関係があるっていうの?」


「君は先生に可愛がられていたもんなあ。君のことばかり褒めてた」

「そんなことないわ。うまくできなくて、厳しく言われることのほうが多かったもの」

「でも、先生は君を首にはしなかった。お嬢ちゃんの、あの仕上がり具合から言ったら、ずっと教わってたんじゃないの?」

「あなたたちが辞めてからまもなくして、塾は解散したわ。それっきりよ」

 美和子はそう言いながら、だんだん疲れを感じていた。

“この人、何かのタガがはずれている。何を言っても尋常な答えにならない…”

「僕たちはね、エコリンピックにふさわしいショーを考えているんだよ。君たちの関係を公表されたくなければ、僕たちに協力しておくれ」キックは微笑んだ。

「キック…あなた…」 美和子は崩れ落ちるようにソファーにへたりこんだ。


  *  *  *


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