30 最後のPvP
数度の襲撃を経て、善のカルマのプレイヤーたちは二人減り、向こうのプレイヤーも一人いなくなった。
これで同数の6対6だ。
俺は欠伸をしながら、宿の前でうんと伸びをしていた。もう夜も明けて、すっかり安堵していたのかもしれない。
それはこの街の人々には被害がでなかったことが大きい。敵はプレイヤーたちにしか興味を示さなかったからだ。
そんなことばかりを考えている俺は、やはり善人とは程遠いのかもしれない。そもそも、参加プレイヤーたちを善悪で二つに分けただけであって、もともとろくな人間はいなかった可能性だってある。深く考えるほうがどうかしている。
そして今日、これからPvPが行われる。
《PvP開始1時間前です。30分前になると自動的にフィールドに転送されるため、準備してください》
もう準備は万端だ。そもそも、いつだって敵が襲ってくる可能性はあるのだから、呑気にしてもいられない。
けれど、そのせいでプレイヤーたちは皆、ぴりぴりしているようだった。通常通りの行動ができなくなっていたり、気が立っていたり、色々だ。
しかし一方で俺は、平常通りの振る舞いをしていた。なんとなく、体を動かさずにいるのが奇妙な感じがして、俺は門を通り抜けて悪のカルマのエリアに侵入する。
悪のカルマ、と言うが、もうそんな区別も無意味だろう。どちらも互いに自由に行き来できるのだから。
俺は寂しげな荒れ地を見回す。敵プレイヤーの姿はない。さすがにPvPを前にして、争うつもりはないのだろう。
むしろ、これで終わらせるつもりでいるのかもしれない。いや、終わってしまう、といったほうが正しいか。
敵との人数差がついた時点で、一方の負けが決まる。いかに奇襲をかけようとも、数人に囲まれてしまえば、もうどうしようもない。
だから、ここで命運がわかれるのだ。
もちろん、どちらも同じだけ減り続けていく、というのもあるかもしれないが、すっかり苛烈さを極めたこの戦いで、そんなことを期待するだけ無駄だろう。
俺は最後の時間も、ただひたすらに狩りを続ける。
《シャドウウルフ レベル99》
向こうに見えた真っ黒な狼だ。
俺はずっと距離を詰めていき、背後から切り掛かる。
敵はこちらに気付くなり、体を捻って飛び退く。しかし、俺の刀はすでに敵の胴体を捉えていた。
腰のあたりを切り裂くと、敵の動きが悪くなる。俺は立て続けに切り上げ、僅かに宙に浮いたところに、勢いよく踏み込んだ。
刃は敵を貫き、胴体の向こう側から飛び出した。
血が噴き出すも、すぐに敵の姿は消えてしまう。
獲得経験値322.1
次のレベルまで514.6
今のレベルは93で、装備の新調するようなものもなければ、覚えられるスキルもない。もうスキルポイントを使い切って、ひたすらステップの系列を上げたのだ。おかげで距離の長い「ロングステップ」と、短距離を瞬間移動できる「テレポート」を習得している。後者はエフェクトが出るものの、俺以外のプレイヤーは習得していないため、初めの一発ならば有効に使えるだろう。
そんな状況なのだから上げたところでどうにもならないのかもしれない。
けれど、俺はそれからmobを狩り続け、ようやくレベル94に達する。
と、そこで俺はこのマップで手に入れた装備を思い出す。
Uダークコート
重量730
防御280
◇移動+300
◇HP+630
◇闇属性防御30%
◇全属性防御10%
◇迷彩(闇)
これをつければ丁度、最大重量9400に達する。
善人でもない俺ならば、悪のマップで手にした装備をつけるのもきっと悪くないだろう。感傷的なことを思いながら、俺は真っ黒な外套を纏った。
それから数分と経たずに、俺はPvPエリアへと転送された。
†
「ここは……」
俺は数度瞬きをする。見間違いではない。
街の中心にある噴水。見慣れた街並み。
ここは、始まりの街だった。
そして、噴水を挟んだ向こうには、すっかり見慣れた奴らが三人。
俺の近くには、プレイヤーが二人。
3対3ということになるのだろう。となると、残りのプレイヤーたちは別の場所に転送された可能性が高い。そこがこの街の中か、それともまったく別の場所なのかは不明だが。
もしかすると、ここと対になる悪のカルマのエリアに転送されたのかもしれない。いずれにせよ、それらは憶測に過ぎない。
「あら、水無月さん。しばらく見なかったので、心配していたんですよ」
と、女性の声が聞こえ振り返る。そこにはアリエルさんがいた。
にこやかに微笑みながら近づいてくるも、俺は咄嗟に叫ぶ。
「ここは危ない、避難して!」
「え――」
戸惑う彼女。そしてすでに動き始めた敵のプレイヤー。
一人の男がこちらに剣を突きつけてくると、俺と彼女のいる場所目がけて、真っ黒な蛇が飛び出した。
とりわけ太いものが一匹。それに絡みつくように、十匹ほど。
俺は咄嗟にアリエルさんを抱きかかえ、攻撃を回避すべく跳躍。
考えるよりも早い行動だった。
「家の中に非難してて。すぐに終わるから」
「は、はい」
彼女はここから走り去っていく。その姿が路地裏に消えると、俺は安堵していた。
あの人を、見殺しにした俺が、こんなことを思うのだ。無事ならいい、と。
自嘲めいた笑みを浮かべながら、俺は抜刀し、スキル「ロックショット」を発動する。これといった能力があるわけではないが、発動が早く狙いも付けやすい。
岩の塊が生じ、俺の刀の先端を掠めるように飛んでいく。
そして敵のプレイヤーの頭部へと接近するも、さすがにこの距離ではいとも容易く回避される。
しかし、俺も命中するのを期待したわけではない。すぐさま距離を詰め、敵へと切り掛かる。
敵は三人が集まって、それに対抗する。むざむざそこに飛び込むほど、俺はおろかではない。
ぎりぎりのところで踏みとどまり、「サンダー」を使用。地面に電流が迸り、這うように広がっていく。
奴らは咄嗟に飛び退いた。
そこに、背後から切り掛かる二人のプレイヤー。
いいタイミングだった。しかし――
「伏せろ!」
俺の叫びに反応できたのは、一人だった。
刹那、男の頭部が紫の塊に呑まれた。蛇だ。
先ほど放った蛇は、二つのスキルを用いていたということらしい。一つは単純な遠距離攻撃。そしてもう一つは意のままに操る高度なスキル。
血を流しながらも、まだHPが残っているプレイヤーに、彼らが襲い掛かる。二人のうち、先ほど回避した者が防がんとするが、一対三となっては、どうしようもない。
俺は「パワーチャージ」と「セカンドリーパー」、そして「シャドウエッジ」を使う。遠距離用の「バレットリンガー」ではない。それはすなわち、彼らを見捨てたことと同義なのかもしれない。
けれど、やはり俺はこう思ってしまうのだ。このタイミングで仕掛ければ、まず間違いなくやれると。
悪の男が、剣を振り下ろした。善のプレイヤーが辛うじて受け止める。
そして俺は刀を振り上げると同時にスキル「テレポート」を使用。
敵のすぐ近くと、俺の足元に円形の輪が広がる。
そして視界が一瞬にして切り替わるなり、俺は刀を振り下ろした。
一撃で、男の頭部が割れる。
一方、敵のプレイヤー二人もまた、善のプレイヤーたちにそれぞれ、刃を突き立てたところだった。
俺はすかさず切り返し、「ステップ」を使用して近くにいる敵との距離を詰める。
俺が刀を突き立てた男と、味方を必死で守ろうとした善のプレイヤー。二人の姿が消えると同時に、俺は刀を振るう。
視界が広がって、敵は俺の姿を視認する。
一撃目は、体をのけ反ることで致命傷を避けられる。しかし、俺はそこをさらに「エアリアルステップ」を用いて追いかけ、もう一本の刀を振るった。
今度はもう、逃げられることはなかった。
血がしぶき、やがて男の姿も消えていく。
俺は残った敵プレイヤーに視線を向ける。奴もまた、先ほど致命傷を負った善のプレイヤーに止めを刺しているところだった。
すなわち――
「お前で最後だ」
俺は冷淡に告げた。俺と奴。どちらかが生き残り、どちらかが死ぬのだ。
この街の中で逃れる場所なんてないだろう。
「くそ、いい気になりやがって!」
男は小型のメイスをぶん回しながら、俺へと飛び掛かってくる。そこには焦りが見て取れる。多くのプレイヤーはそうだ。こうなると、冷静な判断ができなくなる。感情に任せて腕を振るうことしかできなくなる。
だから、俺は素早く敵の武器を捌くと、一方の刀で片足を切り裂いた。
機動力を奪われると、敵は片膝を付き、防御に徹しようとする。
だが、この状況でそれは悪手だ。俺よりも技量で劣っているのみならず、傷も負っている。そこは起死回生の一手を打たねば、じりじりと差が詰められていくだけだ。
俺は距離を取って、スキル「フリーズ」を使用。敵のいる場所が、どんどん凍り付いていく。
慌てて飛び退くも、無理な体勢からの行動だ。俺は「ロングステップ」を使用して、凍りついた地面を超過して敵の背後に回る。そして一閃。
敵の腕が飛び、痛みに呻く顔目がけて刀を振らんとする。が、そこで「セカンドリーパー」の効果が切れた。
それゆえに、ただの掌底にスキル「スラスト」を乗せて敵を打った。
衝撃に倒れ込む男に、俺は刀を突き立てる。
そして、俺の勝利が確定する。
プレイヤーたちが誰もいなくなった街で、俺は佇む。血の匂いがやけにこびりついていた。
他のプレイヤーに連絡を取ろう。そう思った瞬間、俺の視界が切り替わった。




