最終話 After World
まず、見えたのは刃だった。
咄嗟に跳躍して回避し、そこから視覚情報と聴覚情報をフル活用して状況を探る。
真っ白な空間だった。初めてこの世界に呼ばれたときと同じ場所なのかもしれない。そして目の前には、奴がいた。
「よお、水無月。来ると思ってたぜ」
「いきなり御大層な挨拶だな、糞野郎」
かしゃん、と俺の背後でナイフが落ちる音がした。
「奇襲をしてきたのは、てめえらが先じゃねえか」
「はっ、自分のしたことも覚えてないとはな。その年でもう焼きが回ったか」
「ふん、ありゃ俺のしたことじゃねえ。奴らが勝手にしたことさ」
「ほざけ」
俺は刀を構え、ベルナルトに相対する。
奴もまた、俺を見据えて大剣を構える。
結局のところ、俺たちにとってやることは変わらない。幾億の言葉を交わそうが、それはたった一つの刃にも及ばないのだ。
俺たちは、そういう人間だった。そしてだからこそ、この一戦の重みを理解し得る。戦いの熱さも、いかなる過程も一つの結末に収束させてしまう無慈悲さも、なにもかもを共有できる相手だった。
奴がここにいるということは、勝ち残ってきたということだ。当然だと思う反面、俺には別の考えもあった。
「なあ、あいつ……プレイヤーたちをまとめていた男がいただろ」
俺はRUNEのマスターを思い浮かべる。
「ああ。それが?」
「強かったか?」
「他の奴らよりは、な。だが、あれじゃあだめだ」
ベルナルトはつまらないとばかりに、言い捨てた。
俺もその感情がわかってしまうからこそ、「そうか」と返すことしかできなかった。
それから、どれほど時間が経っただろうか。
「嬉しくないな」
俺はつい呟いてしまう。
「あ?」
「あれほど望んでいた、俺が名実ともに最強になる舞台が、こんなしけた場所だってことがさ。冴えねえおっさんと二人きりとはな」
「よく言うぜ、お前は人との付き合いもまともにできねえくせに」
俺は図星をつかれ、言葉を紡ぐのを止めた。
所詮、俺の対話力などこの程度のものだ。奴とは罵り合うだけの関係ゆえか、なんとなく話せただけで。
いずれにせよ、俺は刀を構えて距離を詰めていく。
この状況では、障害物もなにもないため、ただひたすら敵と打ち合うほかない。
ほんの僅かの時間さえ、やけに長く感じられる。
そして俺はスキルを使用。攻撃力を上げるなり、一気に踏み込む。
腕を狙った一撃は、跳躍することで躱される。敵のほうが武器の重みで動きは鈍い、と判断したのだが、それを上回るアジリティーだ。
すぐさま、俺の側頭部目がけて大剣が振り回される。俺は跳躍して跳び越えるなり、「エアリアルステップ」で急降下。一気に脳天を叩き割らんとする。
が、奴は半身を引いてやり過ごすなり、蹴りを放った。
直撃。俺は痛みに呻くよりも早く、反射的に敵へと掌底を放った。
奴が仰け反り、浅く触れるだけにとどまった。しかし、「スラスト」の効果が乗っているため、大きく突き飛ばすことに成功する。
一瞬の隙に、俺はバックステップを取り、ポーションを飲む。
そしてすっと敵との距離を詰めていく。
奴もまた、ポーションを煽ると、大剣を構えなおした。
互いに言葉もなく、相手の動作をひたすらに窺う。フェイトがかけられると、反応しつつも抑え込み、あえて乗ったふりをして焦らす。
そんな攻防の末、奴が足を踏み鳴らした。
瞬間、白い足元が黒く染まり、無数の手が生み出される。
俺に絡みつくように迫ってくるそれらに対し、バックステップで距離を取る。が、ベルナルトは急速に移動し、俺の背後に回っていた。移動系のスキルだ。
そして後頭部目がけて振り下ろされる大剣。
が、俺はそれを見ずに受け止めつつ、側方へと転がり込む。
立ち上がったときには、すでに奴が迫っている。
咄嗟に「ロックショット」で反撃するも、奴は軽々と躱して切り掛かってくる。
「小賢しいスキルなんざ、無意味だ」
「言ってろ。舌、噛むぜ」
俺は「セカンドリーパー」による二刀流で、奴の剣を受け止める。
そして一気に攻勢に出た。
一方の剣を元に「フリーズ」を使用。付近一帯を凍りつかせ、機動力を奪う。そして空いた剣で敵の喉を狙う。
ベルナルトは咄嗟に体を捻るも、刃は首を掠めて赤い血を噴き出させた。
自身が傷を負ったにもかかわらず、奴はにいっと笑みを浮かべた。そして大剣を振る。
俺はさらに受け止めながら、「バレットリンガー」を駆使して相手を攻め立てていく。
残弾数が減るたびに、奴に傷がついていく。
HPはもう半分以下にまで削っただろう。
俺は自分が優位に立っていることを自覚しながら、敵へと切り掛かった。
が、刹那、剣はあっさりと弾かれ、すぐに切り返した大剣が俺を狙ってくる。咄嗟に受け止めるも、衝撃で大きく弾き飛ばされた。
立ち上がったときには、もうすぐそこに敵が迫っている。
このままでは、やばい。本能的に感じ取るなり、「ロングステップ」を使用。
一気に敵との距離を取るなり、「サンダー」を使用して追撃を防ぐ。さらに距離を取るも、敵はすさまじい勢いで攻め込んでくる。
「お前の負けだ、水無月!」
「負け惜しみを!」
言うなり、ベルナルトはなにかのスキルを使用した。瞬間。奴の周りに赤い雷光のようなエフェクトが生じる。
「種あかしをしてやろう。こいつは攻撃を食らうほど、HPが少ないほど、能力が上がるものだ。つまり、お前が何度も浅い傷を付けたのは、俺の力になっただけだ。しかも、時間制限はない」
奴が哄笑しながら言う。
わざわざ自分のスキルを明かすバカはいない。それゆえに、これは動揺を誘ったのか、あるいはなにかを秘匿するために思いこませたかったのか、どちらかだ。
しかし、そんな万能なバランスブレイクしてしまうスキルがあってなるものか。なんらかの弱点はあるはずだ。そうでなければ、ほとんどのプレイヤーがそれを取得するはずだから。
俺が構えなおした瞬間、ベルナルトは地を蹴った。
早い。これまでより20%は性能が上がっていると見ていいだろう。たったそれだけの差だが、実戦となると、大きな差になる。ほんの僅かでも相手を上回っていれば、ただ打ち合うだけでもどんどん差が広がり続けていくのだから。
ベルナルトが、大剣を振り下ろす。
俺は咄嗟に刀で受け止め、「スラスト」を使用して弾き飛ばす。
もう、「セカンドリーパー」の効果は切れている。それゆえに、なんとか隙を見出して攻めていくしかない。
俺は踏み込み、切り掛かるも、奴の切り返しのほうが早かった。
慌てて転がり込んで、頭上を通り過ぎていく剣をやり過ごす。
そこから立ち上がり、スキル「フレア」を使用。しかし、なんの仕掛けもないスキルが当たることはない。
いよいよ、俺のスキルは残り少ない。クールタイムが終わるには、まだ時間があるものばかり。
その中で、できることを探す。
が、小賢しい策など、すべて裏目に出る未来しか予想できなかった。だから、自身の力で切り抜けるほかない。
ベルナルトが迫ってくると、俺は防御に徹する。
そして奴が大剣を振った瞬間、一気に踏み込み、懐に入り込む。そして「フィールドブレイク」を発動。付近一帯が割れ、岩が噴き出す。
これならば回避できないだろう。そう読んでの行動だった。
が、奴は大剣を突き立てると、巨大な蛇を生み出した。そしてそれが壁となり、ことごとくを防いだのである。やがて、蛇も礫も、何事もなかったかのように消え去っていく。
スキルの使い方としては見事だ。しかし、俺は違和感を覚える。
多少の礫など、あたっても大して痛くはないはずだ。それをすべて回避する必要があるということは――。
俺は自ら奴目がけて飛び込んでいく。
そしてまずは一撃。振り下ろした刀は、大剣によって受け止められる。
が、そこで俺は刀を手放し、装備した短剣を敵目がけて一気に突き出す。
今度は奴が片手を大剣から手放し、俺の手首を掴んだ。
この動作で、もう推測は完璧なものとなる。
俺は掴まれていないほうの腕を振りかぶり、「テレポート」を使用。
瞬時に奴の背後に回るなり、思い切り殴りつけた。
クールタイムが短いため、再び使えるようになった「スラスト」だ。しかし、武器もなしで当てたところで、ダメージにはほとんどなりえない。
そのことを知っているからこそ、武器の弱い低レベルならいざ知らず、高レベルになって使うものなどいない戦法だ。
だが、ほんの僅かでも、ダメージを与えられたのならば、それでいい。
俺は刀を拾い上げ、遠くまで飛んでいったベルナルトを見る。もうエフェクトは消えていた。
「さて、御自慢のスキルは消えたが、どうするかね? 単純な力量じゃ、俺に及ばないお前が」
簡単なことだ。有効時間が無制限なのは、攻撃を食らわない間、という条件がついていただけのこと。
確かに、奴の技術と力があれば、並みのプレイヤー相手ならば維持したままでいるのも難しくはないだろう。そもそも、スキルが使用できるようになるまでダメージを受けることもないかもしれない。
けれど、それは普通のプレイヤー相手のことだ。
ここは最強のプレイヤーを決める、決勝戦。すべてのプレイヤーが目指す、頂点なのだから。
ベルナルトは起き上がり、大剣を俺へと突きつけてくる。
「俺が、誰に及ばねえって?」
ポーションを飲む暇は与えない。そんな動作をした瞬間、叩き切ってやる。
俺の気合とは裏腹に、奴は冷静に笑う。いや、俺自身、底冷えするような冷たさが、腹の中にはあった。
きっと、トッププレイヤーたちは皆がそうなのだろう。たしかにどこまでも熱狂する。だが、一方で頭は最善の行動を叩き出す冷静さを持ち合わせているのだ。
「それを決めるのは、この刃だ」
俺は剣先を合わせる。
そして、奴が動く。
先ほどよりも速度は落ちている。だが、それでも俺と変わらぬ技量があるのは間違いない。
数度の打ち合いで、俺は実感する。今、戦いの中にあることを。頂点へと届きそうなことを。そして、生きていることを。
奴が大きく、振りかぶった。
俺は先読みし、輝かしい未来へと手を伸ばすように、大きく踏み込んだ。
手には確かな実感。
大剣は俺の肩口を掠めていったが、それよりも手の中にある感触がなによりも大きくて仕方がなかった。
奴が倒れる。
そしてもう、なにも返ってはこない。
これで、俺はすべての戦いに勝ち、最強のプレイヤーとなったのだ。
しかし、どうしようもない虚しさだけが、俺の胸の内を覆い尽くしていた。
これからどうすればいいのだろうか。最強になった今、もう上はない。そして争いあった者はすべていなくなった。俺を満たす者は、ない。
喜びなんて、どこにもなかった。ただ上を目指していればいい時間。それこそが、かけがえのない幸せなひとときだったのかもしれない。
俺は得てしまったものの空虚さを知りながら、しばらく立ち尽くしていた。
「最後まで勝ち残った者、おめでとう。これで悪は滅び、世界は存続の道を辿るだろう」
外套を被った者が、近くに出現した。アルマの神とやらだろうか。
「しかし、善のプレイヤーたちもまた亡くなった」
「戦いの中、名誉ある死だ」
「死に価値の違いなどあるものか。死ねば皆、ただの骸になる。それが高貴であるならば、すべてのものが高貴であり、無価値なものならばすべてが無価値になる」
俺ははっきりと言い捨てる。
アルマの神は気にした様子もなく、自分の話を続ける。
「さあ。願いを言いたまえ。新たな戦いの場を欲するか? それとも死したものとの再会を望むか」
そういえば、そんなものもあった。俺は願い事などどうでもよくて、ただこの世界が、俺がプレイヤーとして熱中していられる時間が続けばいいとしか考えていなかった。
けれど頂点から見る景色の寂しさを知ってしまった今、もう以前のように熱中することなど、できやしないだろう。
「少し、質問をいいか?」
「ああ」
「この世界は――この戦いの結末を決めるためだけに用意された場所なんだろう?」
「その通り。幾度となく繰り返される戦いの場だ」
俺はその答えを聞き、すぐに願いを決めた。
「俺の願いは――」
あの街で過ごしたこと。一人、見知らぬ場所への探検に心躍ったこと。
きっと、もう戦いに沸き立つことはないだろう。けれど、別の道だってあることを、俺は知っている。
「この世界アルマを、誰かの目的のために利用される世界ではなく、一つの独立した世界にしてほしい、ということだ」
「……それが、なんの意味を持つ? あの世界に住む者は、この目的を達成するためだけに生み出されたものだ。目的を失った彼らに意味などあるまい」
「誰かの目的のために生きるというのなら、俺も変わるまい。お前たちの目的のためにいかされているのだから」
俺の答えに、奴は満足しなかったようだ。
さもありなん、きっと、俺はプレイヤーたちの中で誰よりも戦いを望んでいたのだろう。望んでいたからこそ、そこに希望を見いだせなくなったのかもしれない。
奴の考えとは、違っていたようだ。
「彼らは生きているのだ。人もNPCも、どこが違う? 変わらんさ。仕組まれたように生きるだけだ。それが生じるところが脳であるか、あるいは人工知能であるかの違いだ。だから、俺は俺が思う人という存在と、暮らしていくことに決めたのさ」
「あの世界にお前を満足させる戦いはない。それでもいいというのか」
「無論。もう俺はいかなる戦いだろうと、本心から楽しむことはできないだろう。ならば、かつての感情を抱えて別の人生を歩むべきだ。……それも、悪くないと思うのだよ」
アルマの神は、無感情に頷くばかりだった。
俺には彼らがしたかったことはわからない。この世界のことも、呼び出された理由も、いまだはっきりとはしていない。
けれど、俺はもうそんなこととは無関係に生きるのだ。
「さあ、俺をあの街に戻してくれ」
「ああ。さらばだ、最強のプレイヤーよ。もう会うこともあるまい」
その言葉とともに、俺の視界は暗転した。
†
俺の視界に映るのは、見られた街の景色だった。
先の戦いであれた噴水を、直している者たちの姿がある。そして、誰かを探している女性たちの姿も。
彼女たちは、俺に気付くなり駆け寄ってくる。
今度は、俺も手を振った。
俺はこの世界で生きていく。
このAfterWorldはきっと、まだまだ退屈させてはくれないだろう。
もう、プレイヤーはどこにもいない。
物語は、ただ一人の、かつて強さを求めた男が異世界に取り残されるという、ひどくつまらなくて、そして小さな幸せに満ちた終わりを迎えたのだった。
After World Online <完>
これにて完結です。お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。
思いつきで書き始めましたが、予定通りの文字数で終われました。最後はちょっと駆け足だったかもしれません。
このAWOですが、アイディアの元になっているMMOがあります。途中で気付いた方もおられるかもしれませんが、REDSTONEです。私にとっては2万時間以上プレイした、思い出深いMMOです。
アリエルの薬というクエストがあるのですが、話の中身はまったくの別物になっているので、ほとんど関係はないかもしれませんが。
そんなわけで、ネトゲの中でのめり込む楽しさや、プレイヤー間における疎外感、トッププレイヤーになった後、相手がいない寂しさ。そんなものを思い出しながら書いていたのですが、結局、プレイしない限りわからないものなのかもしれないと思いました。
さて、一作品終わらせたところで、新作も書いております。
「紫電の魔術師 ~転生したら竜王の子になりました~」
こちらものぞいていただけると幸いです。




