29 敵地へ
悪のカルマチームの三つ目のエリアは、街だった。
さすがにこれでは町の人に見つかるし、なにより迷惑だ。そう思ったのだが、どうにもおかしい。街から血の匂いしかしないのだ。
辺りをぐるりと見回すと、すぐに原因がわかる。
人が血を流して倒れている。武装した人も、ただの住民も、見境なく。武器をもって立ち向かった跡があるから、おそらくは抵抗したのだろう。彼らはmobではないため、死体が消えないのだろう。
これは奴らがやったのだ。
街の人ならば経験値もおそらく入らない。だというのに、なぜ。
理由など、問うだけ無駄なのかもしれない。そもそも快楽的に、殺戮を行っていた者たちだ。ただそうしたかったから。それ以上の理由などありはしないのかもしれない。
よくもこのようなことを。
先ほどプレイヤーを打ち倒してきたばかりの俺が、そんなきれいごとを思うのは間違っているのだろうか。
『街だ。しかも住民は皆殺しにされていて、見つかることはないから、奇襲をかけるには絶好かもしれない』
『わかった。すぐに行こう』
前のエリアで待機していたプレイヤーたちが、すかさず移動を開始。俺はその間、物陰に潜んでじっと動かず、音から情報を収集する。
そして一分と経たないうちに合流。
俺たちはメッセージでやり取りしながら、敵の位置を探っていく。
奴らの場所はすぐにわかった。明かりがついている家があったからだ。そして外には誰もいないことも。
街の外れには建設中の門が見える。あれも建設のクエストだろう。
もし、俺たちが建設するのが遅れていれば、逆に奴らから攻め込まれることになっていたのだろうか。それとも、どちらにせよ殺してしまった以上、進むことなどなかったのか。
仮に奴らが攻め込んできていたならば、あの真っ白な天上の街も、赤く染まっていたに違いない。
俺はいつになく、苛立っていた。けれど、行動は至って冷静なものだ。
『いた。奴らだ』
レストランと思しき店の中で怯える女たち十数人を侍らせて、酒を呷っている。彼女たちの衣服はすっかり乱れていた。
十人ほどの男たちの中にはベルナルトの姿もあった。こんな状況なのもあって、すっかり油断しきっているようだ。
『どうする? フレアで焼き払うか?』
誰かが提案した。確かに合理的で確実な方法かもしれない。
だがそれでは、奴らと何も変わらないじゃないか。あそこにいる人たちはどうなる。
自分でも馬鹿げた感情だった。あの女性たちは、俺の知り合いでもなんでもない。もしかすると、悪のエリアなのだから敵対する可能性だってある。
それでも、俺はその行動を認めたくなかった。
『俺が一人で突っ込んで撹乱する。慌てて逃げた奴らを仕留めてくれ』
しばらく、間が空いた。相手のほうがやや数は多いのだから、あまり望ましいものだとは言えない。けれど、一方で俺ならば奴らを圧倒できるとも思ったのだろう。
『ならば、俺も一緒に行こう。他の者は援護を頼む』
RUNEのマスターがそう言った。他のものはもう何も言わず、賛同するばかりだ。彼は相当に求心力があったのだろう。きっと、俺には絶対身につかないものだ。
それから、宴は夜遅くまで続く。奴らがすっかり酔っぱらったところを襲う予定だったのだ。
しかし、敵の様子に変化があった。もしかすると、先ほど倒した奴がいつまでたっても帰ってこないことに気付いたのかもしれない。
いよいよ、これ以上待つことはできない。女たちが奴らから離れた瞬間、メッセージが伝えられる。
『決行だ』
補助スキルをすべて身に纏い、RUNEのマスターとともに、俺は飛び出した。
店のガラス窓をぶち破って中に侵入。
「なんだ!」
「どうして奴らがここに!?」
困惑しながら慌てて武装する奴ら目がけて、俺たちは切り掛かる。すかさず立ち上がって向かってきた男もあったが、外から放たれる矢などを浴びて、後退していった。
俺は思い切り刀を振るう。着衣の乱れた男の胴体から、赤い血が噴き出した。
逃げ出さんと店から飛び出した男たちだったが、一歩外に踏み出した瞬間、転倒した。足元が凍り付いていたのだ。
発動が早くない魔法系スキルの使い方の一つだった。もちろん、相手が酔っぱらっていなければ、すぐにでも気付いただろう。
それが命取りとなり、集まってきたプレイヤーたちに討ち取られる。
これで二人。いきなり減らすことができたのは大きい。しかし、それでも相手は八人はいる。
まだいける。そう判断して俺は敵へと切り掛かる。が、それを阻む者があった。
「ベルナルト!」
「よお水無月。よくてめえが善のカルマに選ばれたな」
「俺でも不思議なくらいさ!」
「はっ! だろうな。こんな奇襲を仕掛けてくるような奴はいねえとばかり思ってたぜ。お前がここまで汚い手を使うとは」
「おっさんに褒められてもうれしくねえな!」
軽口を叩き合いながら、俺たちは相手の命を奪わんと刃を突きつける。
奴は俺の剣戟を防ぐも、普段の冴えはない。だから、俺もここで一気に攻めていく。
刀を振るうたびに、敵が後退する。
そして奴は大きく飛び退くと、地面に斧を突き立てた。刹那、どろりと地面が溶けて黒みがかった紫に染まり、中から無数の手が伸びてくる。
俺は避けるために一旦下がった。
「てめえら! 後退するぞ!」
ベルナルトは叫び、他のものも追従する。飛び道具による追撃が行われるも、やがて街の外れにあるポータルの向こうに消えてしまうと、もう届きはしない。
「どうする、追うか?」
「いや……こちらも負傷した者がいる。幸い、死者は出なかったがな」
「倒したのは、三人か。これで相手は七人。こちらは八人。やや有利になったってところだ」
しかし油断はできない。
彼らがそんな話をしているうちに、俺は女性たちのところに行って声をかける。
「ご無事ですか?」
「え、ええ……」
「それはよかった。辛いでしょうが、お答えいただけますか。ほかに生き残った方は?」
彼女たちは首を振った。
生き残りなし。きっと、奴らは街を移動するたびに、こんなことをしてきたのだろう。もしくは、抵抗したからこうなったのか。
いずれにせよ、この場所にいつまでもいられないだろう。
「近くの街にご案内いたします。そこならば安全でしょうから。道中のモンスターは、俺に任せてください」
そう宣言すると、少しだけ彼女たちは安心したようだった。
そんな俺のところに、RUNEのマスターがやってくる。
「やけに饒舌だな」
「だめか?」
「いや。俺たちも帰る予定があったんだ。というか、こんなところで寝てられるかよ、いつ寝首をかかれるかもわからねえ」
そういって、彼は他のメンバーをまとめていく。
天上の街ならば、見張りくらいはしてくれるとのことだったから、そこを拠点にすれば背後を取られることはないだろう。
敵もしばらくは追ってこないはずだ。
そうして俺たちは歩き出す。十数人の女性たちは、おっかなびっくりしながらついてきたが、やがて天上の街に入ると、ようやく一息ついた。
入ってきた俺たちを出迎えたのは、警備兵と街の人々。
中には、カトリナちゃんの父の姿もあった。彼はこの門の製造に関わっていたから、その責任を感じているのかもしれない。
「水無月くん、向こうは――」
「街を滅ぼしている者たちが七人。仕留め損ないました。いずれこの街にも向かってくるでしょう」
「そうか……」
「奴らが来たときは、俺が追い払ってみせます」
「すまないな、頼む」
俺は頭を下げられると、ひとまず宿に戻ることになった。プレイヤーたちは一か所にまとまるべきだと判断したからだ。
そうして、俺たちの木曜日は終わる。明日は金曜日。またもや命の奪い合いが行われるのだ。
明日が最後になるかもしれない。
だから俺は街を眺めた。忘れてしまわないように、と。




